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【soar】集合

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 数週間振りに登校して来た真那の事は全学年の全クラスに知れ渡り、一目見ようと一年生から三年生までが教室に押し寄せそれはもう大変だったらしい。最終的に先生がブチ切れてどうにかなったみたいだけど、昼前に水島さんのお迎えにより下校した真那はそのまま機種変しに行ったらしく、オレのスマホに『教室しんどい』とメッセージが送られて来ていた。

 真那はクラスで浮いてる…というか、アイドルだからおいそれと近付けないみたいな雰囲気がみんなにあって、基本的に一人で過ごしてるみたいだ。
 二年生までは仲が良い友達もいたんだけど、みんなクラス離れちゃったんだよな。だから今のクラスはアイドルになってからの真那しか知らない人ばっかだから、気にかけてくれる人がいなくて余計に殻に閉じこもってるらしい。
 まぁ真那自身も自分から行くタイプじゃないし、仕方ない部分もあるけど。

「よし、下拵えはこんなもんか」

 真那から二十時には行けると連絡があり、あとは焼くだけ状態にして先に風呂に入る事にしたオレはキッチンの片付けもそこそこに、部屋着を手に浴室に向かった。真那が入るかどうかは分からないからお湯張りはせず、シャワーだけで済ませて出て来ると洗面台の上に置いていたスマホの通知マークが点滅している事に気付く。
 身体を拭いて衣服を身に着けてから確認すると真那からで、一言『ごめん』とだけ送られて来ていた。

「? 何が?」

 たまに主語が抜けたメッセージ送って来るけど、もしかして今日行けなくなったごめん? それとも時間が遅くなりそうっていうごめん?

「ちゃんと何のごめんかを書けよなー」

 仕方がない、電話をしてみるかと頭にタオルを被せて真那の番号を表示させ発信ボタンを押そうとした時、玄関が開く音がして目を瞬いた。
 あれ、オレの予想した〝ごめん〟、どっちも当て嵌らなかったな。

「真那、メッセージ分かりにく…い……」

 洗面所から出てすぐ見える玄関を見ながら文句を言おうとしたオレの口も顔も足も身体も、全部固まる。

「あ、君が陽向くん? 初めまして、露桐志摩です」
「俺は道下風音、よろしく!」
「……ごめん、ヒナ。撒けなかった」
「…………そ、そそ…そ……【soar】────!?」

 オレの家の玄関が光輝いてる! ダウンライトなんてなくていいくらい眩しい! 眩しすぎる! ってか、何でここに露桐さんと道下さんがいるんだ!? 撒けなかったって何!?
 不動となったオレの頭の中がテンパっているのが分かったのか、真那は勝手知ったるで上がってくると肩を押して洗面所へ押し戻す。

「前からヒナに会いたいって言われてて、ずっと断ってたんだけど今日はこっそりついて来られたみたいで……ごめん」
「いや、別にそれはいいんだけど……え、何でオレに?」
「俺がずっとヒナの話をしてるから」
「オレの話?」

 あの二人に話せるような事、オレにはないと思うんだけど。そもそも何でただの幼馴染みの話を仕事仲間にするんだ?

「それよりヒナ、何でお風呂に入ってるの?」
「へ? 何でって、入りたかったから」
「そんなヒナ、あの人たちに見せたくないんだけど……」
「あ、ごめんな。そうだよな、いくら何でも失礼過ぎるよな。着替えるから…」
「違う」

 確かに、風呂上がりの姿なんていくら仲が良くてもみっともなくて見せたくない気持ちは分かる。少しだけ胸が痛むのを感じながらも慌てて髪を拭けばその両手を掴まれた。

「今のヒナ、色っぽいから見せたくないだけ」
「色…っ…!? そ、そんな訳ないだろ…っ」
「無自覚なのは俺の前でだけにしてよ。いいから、ちゃんと髪乾かして、ズボンは長いの履いてから出て来て。分かった?」

 チビガリな地味男を捕まえて色っぽいとか万に一つどころか兆に一つもないのに、真那のこの有無を言わせない感じはなんだろう。
 綺麗な顔に至近距離で問われオレは何度も頷いた。
 前から思ってたけど、真那はオレの格好に厳しい気がする。

「二人は俺がリビングに案内するから」
「う、うん」

 扉から出る間際、チラリとオレの足元を見た真那はほんの少しだけ眉間にシワを寄せてから二人が待つ玄関へと向かった。
 ハーフパンツは真那的にアウトらしい。

「仕方ない。確かここらへんに綿素材のやつがあったはず……あ、あったあった」

 時期的にはあったかいんですよ、今。まぁこれもペラッペラだけどさっきよりは長いズボンなら許されるだろう。言っても七分丈だけど。これ以上長いのは暑いって突っぱねる事にして、オレはお客さんもいるしとさっさと髪を乾かす事にする。ある程度でいいや、もう。

「それにしても……今うちに【soar】が三人揃ってるのか……ヤバくない?」

 こんな事がファンにバレたら……ひぇ、想像するだけでも恐ろしい。たぶんもれなくボコられコースだろう。
 ……あれ? そういえばあの人たちも夕飯食べるのか? ハンバーグ足りなくない?
 他に何があったっけ。パパっと作れるもの……確か春巻き冷凍してたよな。ハンバーグと春巻きだと合わないけど、この際仕方ない。真那はともかく、露桐さんと道下さんがどれだけ食べるか分からないんだから、ある物でとりあえずは凌がないと。
 そうと決まれば早く戻らないとな。
 って急いでリビングまで来たら、何やらみなさん寛いでいらっしゃる?

「あ、陽向くん。おかえり」
「た、ただいまです……あの、これは一体」
「あー…ごめんね。お邪魔するから夕飯くらいは自分たちでって言ったら、風音があれこれ買っちゃって。ほら、こんなに広げたら迷惑だろ」
「えー、全部食べるだろ?」
「食べ切れるのか?」

 リビングのテーブルの上には、おおよそ一般家庭には似つかわしくないお惣菜が所狭しと並んでいてオレは途方に暮れる。イクラとかウニとか大トロとかの高級そうなお寿司まであるし、あのお肉には松阪牛って書いてある。
 ここにオレのハンバーグ並べるの? 無理じゃない?
 露桐さんと道下さんの食べられる食べ切れないの応酬が飛び交う中、ソファから立ち上がった真那が近付いて来て首を傾げた。

「ヒナ、ハンバーグは?」
「え? あれ食べないの?」
「あれは二人の夕飯。俺のはヒナが作ったやつ」
「…焼いてくるから、もうちょっと待ってて」
「分かった」

 何だ、食べてくれるんだ。真那の当然と言わんばかりの言葉に嬉しくなったオレは、ニヤけそうになる口元を引き結んで堪えながらハンバーグを焼き始める。その間にも露桐さんと道下さんは何かを話してたけど、不意に静かになった事に気付いて顔を上げればいつの間にか隣に道下さんが立っていて驚いた。

「陽向、イクラ好きか?」
「へ? あ、はい」
「じゃあほれ、あーん」
「……あー」
「あ」
「あ! こら、風音…!」

 そう言いながら差し出されたのは例の高級お寿司のパックに入っていた大粒イクラの軍艦巻きで、その真っ赤でツヤッツヤな球体に誘われるように口を開けると遠慮も何もなく押し込まれた。
 遠くで二人分の声が聞こえたけど、思ったより大きくて半分しか食べれないオレはそっちを気にも出来なくて。フライ返しを置けばいいだけなのにその事が頭から抜けて、イクラが落ちそうでワタワタしてると道下さんの後ろから手が伸びてその半分が持って行かれた。
 手の持ち主は言わずもがな真那で、珍しくあからさまにムッとした顔で半分になった軍艦巻きを食べるとジロリと道下さんを睨む。

「何してんの、風音」
「え? いや、陽向も食いたいかなーって」
「ヒナにあーんってしていいのは俺だけだから、勝手な事しないで」
「わ、悪い…」
「ヒナも、俺以外のあーんは……」
「うんまー…え、何これ、めちゃくちゃ美味しいんだけど…! な、真那、食べたよな? 美味しくない?」
「…………」

 何ていうかイクラそのものがすっごく美味しくて、口の中でプチプチって弾ける食感がちゃんと感じられてこれぞ正にイクラって感じ。
 興奮してたから真那の言葉を遮った事にも気付かず問い掛けると、しばらく押し黙っていた真那は長く息を吐いて頷きオレの口端を親指で拭った。

「うん、美味しいね」
「な! ありがとうございます、道下さん!」
「へ? あ、あー、うん。ってか、風音でいいよ。苗字で呼ばれんのこそばい」
「え、でも…」
「俺も志摩って呼んで、陽向くん」

 お、恐れ多すぎる。オレは確かに【soar】の一人である真那と幼馴染みだけど、ただそれだけの一般人なのに。

「ほらほら、呼んでみ?」
「……か、風音さん、志摩、さん…」
「よし!」

 何となく気恥ずかしくてつっかえながらだし小さな声だけどどうにか名前で呼ぶと、風音さんはにかっと笑って頷いてくれた。本当に良かったのかと真那を見上げると小さく笑って頭を撫でてくれる。
 夢みたいな出来事が俺の身に起きてるなぁ。

「あ、ハンバーグ!」
「手伝う」
「ありがとう。じゃあそこにあるお皿取って貰っていいか?」
「ん」

 中まで火を通すために弱火だったから焦げずに済んだけど、あと少し放置してたら危なかった。オレはハンバーグに竹串を刺して肉汁の色を確かめると、真那が持って来てくれたお皿へと乗せていく。
 好きな物なら物凄く食べる真那のお皿には手の平サイズのハンバーグがとりあえず五個乗っかった。まぁ他のおかずももちろん食べさせるけどな。
 自分の分を焼くべくキッチンペーパーでフライパンを軽く拭いて、新しく成形した肉だねを並べたオレはその様子をじっと見ている真那に気付いて微笑んだ。


「あんなに表情豊かな真那は初めて見るな」
「アレが陽向効果って奴か」
「でも、真那の気持ち分かるなぁ。ここ、すごく居心地が良い」
「それは俺も分かる」

 真那と一緒にハンバーグを盛り付けてる後ろで二人がそんな話をしていた事など、オレは全くもって知らなかった。
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