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【四十二ノ月】墓参り
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数時間の二度寝のあと、眠そうに目を擦る詩月を着替えさせ洗面所に押し込んだ龍惺は、脱ぎっ放しにしていたスーツ一式を拾って苦笑を漏らした。汗と体液で汚れているし、投げ捨てたせいで皺も寄っている。
まぁクリーニングに出せば問題ないだろうと適当に纏め、着替えが入っていたボストンバッグへとしまっていると、詩月が興奮しながら何かを手に戻って来た。
「龍惺、ここ、アメニティすごいね。このブランド知ってる」
「持って帰って使えよ。肌に合うなら買ってやるし」
「買わなくていいんだけど、ホントに持って帰っていいの?」
「それは持って帰っていいやつだから」
案の定お断りされてしまったが、もしその商品で柔らかく滑らかな詩月の肌質がより良くなるならこっそり買ってやろうと決めて、ポーチで纏められたアメニティを取るとこれもバッグにしまう。
ブランド物を何一つ持っていない詩月に気付かれないように日々細々した物を少しずつ増やしているのだが、彼の知らないブランドにすればまず分からないため今ではそれなりに数も増えた。
たまに「こんなのあったっけ?」と言われて焦る時もあるが、貰い物とでも言えば信じるから誤魔化しもしやすい。そのせいでたまに心配にはなるが。
「チェックアウトの時間来るから、ホテル出てからどっかで飯食うか」
「ちょっとだけルームサービス頼んでみたかった」
「また今度な」
「そう言われるといいかなって思っちゃう」
「何でだよ」
もう少し早く起きていれば頼めたのだが、残念ながら二度寝の魔力に負けてしまいギリギリの時間になった。熟睡している詩月を起こすのが可哀想だった、というのも龍惺の中に理由としてはあるが。
だからリベンジの意味も込めて言ったのに、そこで遠慮する詩月に思わず突っ込んでしまった。
自分が如何に経済を回せる立場にいるのか、詩月はもう少し自覚するべきである。
「慎ましいのはいいけど、たまにはあれこれ欲しいってねだって欲しいんだけど?」
「じゃあ抱き締めて欲しい」
「……そういうんじゃねぇんだわ」
と言いつつも可愛らしいおねだりには屈するしかなく、龍惺は華奢な身体を抱き締めて息を吐くと仕方ないなと微笑んだ。
これが詩月なのだから、無理強いして欲しくもない物を選ばれても意味がない。
「そろそろ出るぞ。忘れもんないな?」
「ちょっと待って……うん、大丈夫」
荷物を持ちぐるりと室内を見回しつつ問い掛けると、寝室を確認しに行った詩月が頷いて戻って来た。それに礼を言って肩を抱き寄せ、今度は降りるためにエレベーターに乗り込む。夜とは違い、街並みが良く見えて詩月は地上に降りるまでずっと眺めていた。
ホテルを出て遅めの朝食を軽く摂った後、二人が向かったのは花屋だ。詩月の母親である葉月の墓前に供える為の花と、生前好きだったという大福を購入し誠一から聞いた霊園へと向かう。
管理者に墓地の場所を聞いた詩月の後ろからついて行くと、少ししてから足を止めふわりと微笑んだ。〝安純家之墓〟と掘られた墓石が鎮座しており、どうやらここに葉月が眠っているようだ。
数日前に誠一が墓参りに来て掃除はしたらしが、詩月たっての要望でもう一度掃除をし、打ち水で清めてから花を花立に、大福を飲食に供えた。詩月が火をつけた線香を龍惺にも渡して来るが、息子である詩月の後にしようと待っていると一緒にと言われ、いいのかと思いつつも共に線香を立て手を合わせる。
前日に仏壇傍の写真に挨拶はさせて貰った時にも思ったのだが、出来る事なら龍惺ももう一度会いたかった。詩月に良く似た優しい笑顔の綺麗な女性。仮に詩月が女性だったなら、姉妹と言われてもおかしくないほどそっくりに育っていたのではないだろうか。
頭にロングヘアーの詩月が浮かび上がり、龍惺は気まずそうに墓石から目を逸らした。
恋人の母親の墓前で何を想像しているのか。
(でも可愛かった)
想像の範囲だが、赤面してしまうほどには似合っていた。
小さく息を吐いて詩月に視線を移すと、まだ目を閉じて手を合わせていて龍惺は僅かに微笑んだ。たくさん話す事があるのだろう。
詩月の気が済むまで待ってやる事にして、龍惺は墓石を見たあと目を伏せて項垂れた。
(本当はお二人には恨まれてるんじゃないかって、今も不安なんです。男の俺とこうなって、あんなに傷付けて、今も女々しく詩月の優しさに縋り付いてる…)
誠一だって本当なら許したくなかっただろうに、詩月が幸せならそれでいいと譲歩してくれたのだ。
ならばこれから龍惺がするべき事はただ一つ。
(俺のすべてを懸けて必ず詩月さんを幸せします)
二人にとって詩月が大切なように、龍惺にとっても詩月は何よりも大切な存在だ。幸せな事が当たり前であるように、自分が出来る精一杯を詩月に与えようと思っている。
それこそ二人に恥じないよう、人生を懸けてでも。
「龍惺?」
「……ああ、ちゃんと話せたか?」
「うん。待たせてごめんね? ありがとう」
「これくらいどうって事ねぇよ。良かったな」
いつの間にか終わっていたらしい詩月が腕に触れ声を掛けて来た。ハッとした龍惺は顔を上げて笑い、申し訳なさそうに首を傾げる詩月の頭を撫でて立ち上がろうとしたのだが、不意に腕を引かれて危うくコケそうになり手をつく。
「ね、お母さん。すっごく優しいでしょ? いっつもこうやって言ってくれるんだよ」
「?」
「さっきお母さんに自慢してたの。龍惺はカッコ良いだけじゃなくて、本当に優しい人なんだよって」
「……そうか」
「それに、たまに寝惚けて壁に寄り掛かって寝てたり、甘えてくれたりして可愛いところもあるって」
「…………」
「あとね、エッチなとこもキザなとこも好きなんだよって。龍惺の全部が大好きだって話したの」
それはさすがにあけすけ過ぎないだろうか。
だが詩月の事だから、母親が健在の時はこうして何でも素直に話していたのだろう。
恥ずかしさで途中から顔を覆っていた龍惺はにこにこと嬉しそうに話す詩月に苦笑し抱き締めた。
「俺の事たくさん話してくれたんだな。ありがとう」
「お母さんはあんまり龍惺の事知らないから……」
「きっと葉月さんも、詩月と話せて喜んでるよ」
「……うん」
内容はほとんど自分の事のようだが、それでも子供の声が聞けて嬉しくない親はいないはずだ。
小さく頷く頭を撫で腕を離すと、そのまま詩月の脇に手を差し込んで一緒に立ち上がる。キョトンとしていた詩月だったが、子供のように立たされたと知ると膨れっ面に変わった。
「龍惺、たまに僕の事子供だと思ってない?」
「思ってたら制服持って帰ろうなんざ言わねぇよ」
「……!」
葉月に向けて言われっ放しも癪なためそう反撃すると、詩月は一気に赤くなり無事に逆転勝利を収めた龍惺はニヤリと笑って柄杓の入った手桶を持ち、反対の手で詩月の手を握る。
「お供え物持って」
「うん」
「失礼します」
「また来るね、お母さん」
詩月が大福の箱を持ったのを見てから頭を下げて墓前を後にし、手桶と柄杓を返して車に戻るとシートに凭れて息を吐いた。
「疲れた? ……僕も免許取ろうかな」
「ホッとしただけだから気にすんな。っつか、お前乗せて運転すんのは全然苦じゃねぇからそれだけはやめてくれ。免許取ったお前が俺の知らねぇとこで事故にでも遭ったら耐えらんねぇ」
「遭わないかもしれないよ?」
「いや、お前は遭う。だから大人しく俺の隣に座ってろ」
「龍惺がそう言うなら…」
言わなくてもぜひそうして欲しいし、本当に心の底から詩月を隣に乗せて運転するのは何時間でも楽しいのだ。それを奪うのだけは勘弁して欲しかった。
龍惺は「こっそり取ろうとかするなよ」と釘を刺し、神妙な顔で頷いた詩月の頬を撫でてから帰宅するべく車のエンジンを掛けるのだった。
────────────────────
あけましておめでとうございます!
本日より更新再開致します!
今年はもっと精進の年として頑張りたいと思いますので、よろしくお願い致しますm(_ _)m
まぁクリーニングに出せば問題ないだろうと適当に纏め、着替えが入っていたボストンバッグへとしまっていると、詩月が興奮しながら何かを手に戻って来た。
「龍惺、ここ、アメニティすごいね。このブランド知ってる」
「持って帰って使えよ。肌に合うなら買ってやるし」
「買わなくていいんだけど、ホントに持って帰っていいの?」
「それは持って帰っていいやつだから」
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ブランド物を何一つ持っていない詩月に気付かれないように日々細々した物を少しずつ増やしているのだが、彼の知らないブランドにすればまず分からないため今ではそれなりに数も増えた。
たまに「こんなのあったっけ?」と言われて焦る時もあるが、貰い物とでも言えば信じるから誤魔化しもしやすい。そのせいでたまに心配にはなるが。
「チェックアウトの時間来るから、ホテル出てからどっかで飯食うか」
「ちょっとだけルームサービス頼んでみたかった」
「また今度な」
「そう言われるといいかなって思っちゃう」
「何でだよ」
もう少し早く起きていれば頼めたのだが、残念ながら二度寝の魔力に負けてしまいギリギリの時間になった。熟睡している詩月を起こすのが可哀想だった、というのも龍惺の中に理由としてはあるが。
だからリベンジの意味も込めて言ったのに、そこで遠慮する詩月に思わず突っ込んでしまった。
自分が如何に経済を回せる立場にいるのか、詩月はもう少し自覚するべきである。
「慎ましいのはいいけど、たまにはあれこれ欲しいってねだって欲しいんだけど?」
「じゃあ抱き締めて欲しい」
「……そういうんじゃねぇんだわ」
と言いつつも可愛らしいおねだりには屈するしかなく、龍惺は華奢な身体を抱き締めて息を吐くと仕方ないなと微笑んだ。
これが詩月なのだから、無理強いして欲しくもない物を選ばれても意味がない。
「そろそろ出るぞ。忘れもんないな?」
「ちょっと待って……うん、大丈夫」
荷物を持ちぐるりと室内を見回しつつ問い掛けると、寝室を確認しに行った詩月が頷いて戻って来た。それに礼を言って肩を抱き寄せ、今度は降りるためにエレベーターに乗り込む。夜とは違い、街並みが良く見えて詩月は地上に降りるまでずっと眺めていた。
ホテルを出て遅めの朝食を軽く摂った後、二人が向かったのは花屋だ。詩月の母親である葉月の墓前に供える為の花と、生前好きだったという大福を購入し誠一から聞いた霊園へと向かう。
管理者に墓地の場所を聞いた詩月の後ろからついて行くと、少ししてから足を止めふわりと微笑んだ。〝安純家之墓〟と掘られた墓石が鎮座しており、どうやらここに葉月が眠っているようだ。
数日前に誠一が墓参りに来て掃除はしたらしが、詩月たっての要望でもう一度掃除をし、打ち水で清めてから花を花立に、大福を飲食に供えた。詩月が火をつけた線香を龍惺にも渡して来るが、息子である詩月の後にしようと待っていると一緒にと言われ、いいのかと思いつつも共に線香を立て手を合わせる。
前日に仏壇傍の写真に挨拶はさせて貰った時にも思ったのだが、出来る事なら龍惺ももう一度会いたかった。詩月に良く似た優しい笑顔の綺麗な女性。仮に詩月が女性だったなら、姉妹と言われてもおかしくないほどそっくりに育っていたのではないだろうか。
頭にロングヘアーの詩月が浮かび上がり、龍惺は気まずそうに墓石から目を逸らした。
恋人の母親の墓前で何を想像しているのか。
(でも可愛かった)
想像の範囲だが、赤面してしまうほどには似合っていた。
小さく息を吐いて詩月に視線を移すと、まだ目を閉じて手を合わせていて龍惺は僅かに微笑んだ。たくさん話す事があるのだろう。
詩月の気が済むまで待ってやる事にして、龍惺は墓石を見たあと目を伏せて項垂れた。
(本当はお二人には恨まれてるんじゃないかって、今も不安なんです。男の俺とこうなって、あんなに傷付けて、今も女々しく詩月の優しさに縋り付いてる…)
誠一だって本当なら許したくなかっただろうに、詩月が幸せならそれでいいと譲歩してくれたのだ。
ならばこれから龍惺がするべき事はただ一つ。
(俺のすべてを懸けて必ず詩月さんを幸せします)
二人にとって詩月が大切なように、龍惺にとっても詩月は何よりも大切な存在だ。幸せな事が当たり前であるように、自分が出来る精一杯を詩月に与えようと思っている。
それこそ二人に恥じないよう、人生を懸けてでも。
「龍惺?」
「……ああ、ちゃんと話せたか?」
「うん。待たせてごめんね? ありがとう」
「これくらいどうって事ねぇよ。良かったな」
いつの間にか終わっていたらしい詩月が腕に触れ声を掛けて来た。ハッとした龍惺は顔を上げて笑い、申し訳なさそうに首を傾げる詩月の頭を撫でて立ち上がろうとしたのだが、不意に腕を引かれて危うくコケそうになり手をつく。
「ね、お母さん。すっごく優しいでしょ? いっつもこうやって言ってくれるんだよ」
「?」
「さっきお母さんに自慢してたの。龍惺はカッコ良いだけじゃなくて、本当に優しい人なんだよって」
「……そうか」
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「…………」
「あとね、エッチなとこもキザなとこも好きなんだよって。龍惺の全部が大好きだって話したの」
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だが詩月の事だから、母親が健在の時はこうして何でも素直に話していたのだろう。
恥ずかしさで途中から顔を覆っていた龍惺はにこにこと嬉しそうに話す詩月に苦笑し抱き締めた。
「俺の事たくさん話してくれたんだな。ありがとう」
「お母さんはあんまり龍惺の事知らないから……」
「きっと葉月さんも、詩月と話せて喜んでるよ」
「……うん」
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小さく頷く頭を撫で腕を離すと、そのまま詩月の脇に手を差し込んで一緒に立ち上がる。キョトンとしていた詩月だったが、子供のように立たされたと知ると膨れっ面に変わった。
「龍惺、たまに僕の事子供だと思ってない?」
「思ってたら制服持って帰ろうなんざ言わねぇよ」
「……!」
葉月に向けて言われっ放しも癪なためそう反撃すると、詩月は一気に赤くなり無事に逆転勝利を収めた龍惺はニヤリと笑って柄杓の入った手桶を持ち、反対の手で詩月の手を握る。
「お供え物持って」
「うん」
「失礼します」
「また来るね、お母さん」
詩月が大福の箱を持ったのを見てから頭を下げて墓前を後にし、手桶と柄杓を返して車に戻るとシートに凭れて息を吐いた。
「疲れた? ……僕も免許取ろうかな」
「ホッとしただけだから気にすんな。っつか、お前乗せて運転すんのは全然苦じゃねぇからそれだけはやめてくれ。免許取ったお前が俺の知らねぇとこで事故にでも遭ったら耐えらんねぇ」
「遭わないかもしれないよ?」
「いや、お前は遭う。だから大人しく俺の隣に座ってろ」
「龍惺がそう言うなら…」
言わなくてもぜひそうして欲しいし、本当に心の底から詩月を隣に乗せて運転するのは何時間でも楽しいのだ。それを奪うのだけは勘弁して欲しかった。
龍惺は「こっそり取ろうとかするなよ」と釘を刺し、神妙な顔で頷いた詩月の頬を撫でてから帰宅するべく車のエンジンを掛けるのだった。
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あけましておめでとうございます!
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