ZERO【完結】

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モモの回想 ―人魚との約束―

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「ぶっつけ本番はさすがに緊張するという事なので練習しましょう!」
「そうね。キリちゃん、相手役頼めるかしら?」
「はい、分かりました」
 わたしはモモ。全力でみんなにおちょくられている姫です。
 何だよ告白の練習って。そんなこっぱずかしい事できるかよ。ていうか、絶対お前ら楽しんでるだろ。
「それではどうぞ。おれをダイスケ先輩だと思って」
「やかましいわ。大体お前みたいなチビをダイスケだと思えるか」
「失礼っすね。おれはこれから伸びるんです」
「あと、髪がキモい」
 わたしはキリの前髪に留められたヘアピンを指差す。
「これは妹からのプレゼントなんです」
 妹? こいつ妹いるのか。そうそう、視界の端に映るイルカは無視していいのかな? シャカリキに踊る奴は無視していいのかな? 
「キリちゃん、妹いるの? 実は私もなのよ」
 お姉ちゃん、知ってるよ? わたしだよ。わたし目の前にいますよ。
「アンズさんの妹だったらきっと可愛いんでしょうね」
 キリ、お前わざとだろ。その可愛い妹さんなら今目の前にいますよー。
「僕も実は妹なんですよ!」
「嘘つけイルカ。無理矢理話に入ってくるなよ。ていうか、お前さっきからワシャワシャしててウザい」
「演出ですよ演出! 風です、風!」
 そのまま吹き飛んでいけばいいのに。
「キリちゃんの妹さんはいくつなの?」
「三つ下なんで十歳です」
 という事は、キリは十三歳か。
「フッ、ガキだな」
「モモ先輩は?」
「十六ー。わたしの方がすっごいお姉さんだしー」
「いくつ下までならアリですか?」
「二つまでー。つーわけでお前は圏外だ!」
 ビシッと言い放つわたし。おい、やめろ。そんなに生温い目で見るなお前ら。 
「可愛いでしょ? 頭の中はキリちゃんより下よ絶対」
「モモ先輩、本当に可愛いです」
「うっせ馬鹿! 可愛くねーし! バーカバーカ!」
「姫! 何か見ていて痛々しいです!」
「お前にだけは言われたくないんだけど!」
 ていうかイルカ何? 次は何? 何でY字バランス?
「木の役です!」
「聞いてねーし!」
「でも心の中では気になっていたでしょう!」
 気になったけども! すげー腹立つそのドヤ顔!
「でも、意外だわ。モモってば年下が好きだったの?」
「え? 何で?」
「ダイスケ先輩は二年だから、モモ先輩の二つ下っすよ。ギリギリ圏内っすね」
 へー。あ、そうなんだー。ダイスケでかいから分からなかった。
「……ダイスケって年上大丈夫かな?」
「おれは全然オッケーっす」
「お前には聞いてねーよ。あ! そういえば、ダイスケって付き合ってる奴とかいたりしない?」
 もしいたら百パーセント玉砕決定じゃん。
「さあ? そこまではさすがに知らないですけど、ダイスケ先輩に彼女がいたらきっと噂になっていると思いますよ」
「じゃあいない?」
「多分」
 多分か。頼りないなあ。 
「そうだわ、それも確かめてくればいいのよ。今からついでに聞いてきたら?」
 何のついで? 告白のついで?
「そうっすね。モモ先輩、ファイト!」
 いやいやいや、結局練習もしてなくね? お前らめんどくさくなったんだろ?
「姫、慰める準備はしておきますから安心して下さい!」
「フラれるって決めつけてんじゃねーよ! あー分かったよ! 行ってきてやんよ! お前らの力なんか借りなくても完璧に告白してきてやっからな!」
 で、息巻いてやって来たのはいいんですが、雨の為サッカー部はすみやかに帰宅しておりました。あいつら絶対知ってたよね。


「先輩、頑張って下さいね」
「う、うん。なあキリ、わたしどこも変じゃないか?」
「大丈夫ですよ。今日は第三の目も開いてませんし」
「うるっせーよ! お前ら次やったら目からビーム出してやっからな!」
「見たーい! お姉ちゃんそれ見たいわ!」
 腹抱えて笑ってんじゃねーよ諸悪の根源が。今日から本気でビーム出す修行したるわ。
「姫、今日は肩にワカメ装備しなくていいんですか?」
 お前にワカメ叩きつけてその肩破壊してやろうか? 
「じゃあ行ってくる。おめーら絶対ついて来るなよ」
「はーい」
 揃い過ぎてる返事が逆に怪しいんですが。
「ついて来たらぶっ飛ばすかんな」
「あんまり言うと、振りだと思ってついて行っちゃいますよ!」
 わたしは無言で校庭へと走って行った。
「あ」
 いた。ダイスケだ。しかも一人だし。
 足でボールをポンポンとしている。すごいな……わたしなんか、歩いたり走ったりするのがやっとなのに。
「え? モモ先輩?」
 ダイスケがわたしに気づいた。
「お、おはよう」
「おはようございます。早いッスね。どうしたんスか?」
 ダイスケはボールを片手にこっちに来る。わたしはダイスケを見上げた。
「朝練見に来た!」
「え、わざわざ見に来てくれたんスか?」
 ダイスケはビックリな顔をする。
「迷惑だった?」
「どうしたんすか?」
 もっと喜んだ顔してくれると思ったから、しゅんってなった。
「朝練の邪魔だった?」
「え? そんな事ないすよ。逆です逆」
「逆?」
 ダイスケは笑顔で、両手をヒラヒラと振った。
「こんなに朝早いのに見に来てくれてマジ嬉しいです。部員でさえ、今日は昨日の雨のせいで来なさそうなのに」
 ダイスケは、もっと明るい笑顔でわたしに笑いかけてくれた。それを見て、わたしの中で何かが弾けた。
「ダイスケ!」
「え? あ、はい!」
「わたし……ダイスケの事が好きだ!」
 言った。わたし……言った!
「会ったの最近だし、喋ったのちょっとだけだし、そんなだけどダイスケの事がすごく好き! 何か、もう、よく分かんないけど好きなんだよ!」
 言い切った。ダイスケの顔が直視できない。俯くわたしの耳に、こっちへ近づいてくる足音が聞こえた。
「モモ先輩、ありがとうございます」
「…………」
「だけど、俺……好きな人がいるんです。俺も、まだ同じクラスになったばかりで、そんなに喋った事もないけど、よく分からないくらい好きなんです」
「…………」
「一目惚れって……認めるのも、気持ち伝えるのも、すごく勇気がいりますよね。俺、モモ先輩の気持ちすっげー嬉しかったです。それに、勇気を貰えました。ありがとうございます!」
 ダイスケはわたしに頭を下げた。やっぱかっこいいな、ダイスケ。わたしも、今すっげースッキリした。
「おう。聞いてくれてありがとう。ダイスケ、もし、今度また会えたら……さっきのそれ教えてくれよな」
「……リフティング? ええ、是非!」
 笑顔で。お互い笑顔で手を振りあって、わたしは校庭を後にした。
 スッキリした。でも、わたしは……。


「元気出して下さい」
 わたしはモモ。階段に座り込んでいる傷心中迷子です。
 キリはわたしの隣に遠慮がちに座った。
「……うん」
 パキッと音がして見てみたら、キリは茶色い四角い板を割ってわたしに差し出した。
「何?」
「はい、あーん」
 食べ物なの? その板。 
「チョコレートです」
 わたしが中々食べずにいると、キリがそう言った。
「チョコレート?」
「甘くておいしいですよ」
 差し出されたチョコレートに、おそるおそるかじりつく。
「……あま」
 モグモグしてたら、キリが嬉しそうに笑った。
「おいしいでしょ?」
「……あまい」
 何だか涙が出てきた。
「キリは、甘いもの好きなの?」
「まあ、わりと」
 キリはまたチョコレートをパキッと割って差し出す。わたしはそのチョコレートもパクッと食べた。
「……ジャムパンとか、ジュースとか、チョコレートとか、いつも甘いものくれるから」
「甘いもの食べると、何だかほっとしません?」
 キリはチョコレートを自分の口にも運ぶ。わたしは頷く。
「はい、あーん」
 チョコレートの甘さと、キリの優しさが体に染みる。
「……うまい」
「モモ先輩の食べてる姿って可愛いですね」
 またコイツは恥ずかしげもなくそんな事言う。
「うっせ馬鹿。それより、お姉ちゃん達は?」
「ここよ」
「いるのかよ」
 例のロッカーから現れる奴ら。そのままロッカーぶっ倒れれば良かったのに。 
「いますよ! でも気を使って席を外してたんです!」
 肩が引っ掛かり、ロッカーから出られないイルカが言った。
「それは席外したって言わねーんだよ!」
「席よりまず肩外せって言いたいんでしょう! ププッ、うまい事言った!」
 あのね、とにかく今一番言いたいのはね。イルカがね、ウザい。
「ねえ、モモ。お姉ちゃんね、これで道が開けた気がするの」
「道が?」
 お姉ちゃんもわたしの隣に座る。
「ええ。だから、今から海に行きましょう」
 わたしの髪を撫でながら、お姉ちゃんはそう言った。チョコレートを割っていたキリの手が止まる。ロッカーに挟まったままのイルカの動きも止まる。お前は止まるな。出る努力をしろ。
「やっぱり、わたしは……」
 『人魚』に戻るんだな。
「青年は、不老不死になれなかったんじゃないかな? きっと出来なかったのよ、好きな人を永遠に縛るなんて」
 お姉ちゃんはそう言って立ち上がる。白衣がフワリと揺れた。
「でも、青年は実際に歳をとっていなかったって……」
 キリの言葉は、最後の方は消えていく。
「人魚は愛を、限りある命を青年に返したのよ。きっと。自らも海へ帰る為に」
 お姉ちゃんは振り返らない。わたしとキリはお姉ちゃんの背中を見つめる。お姉ちゃんは本当は始めから分かっていたんじゃないかな? 告白が上手くいってもいかなくても……人魚と人間は結ばれないって。
 わたし達四人は海岸への道を歩いていた。先頭にお姉ちゃん。その後ろをわたしとキリ。さらにその後ろを、ガタンガタンと音を鳴らしながらついて来るロッカー。気にしたら負けだ。
 しかし、海についたわたし達はそれ以上に驚愕する出来事に出くわす。
 海が真っ二つに割れて道が出来てるんですけど。
 なぜかモーセの十戒みたいになってますよ誰か説明して。
「な、何だよこれ?」
 わたし達は警戒しながら海へ近づく。
「姫! 見て下さい! 入れますよー!」
 ごめん約一名警戒してなかったわ。ロッカーが勢いよく海の壁へ飛び込んだ。
「あ……!」
 その瞬間、ロッカーの化け物はみるみるうちに元のイルカへと姿を変えた。
「この中へ入れば元へ戻れるみたいね」
 お姉ちゃんが海へと手を伸ばす。
「何のために海割れたんだよ。てか、これ誰かに見られたらヤバくね?」
「『道』を表したかったんじゃないかしら? でも、そうね。誰かに見られる前に海へ戻らなくてはね」
 お姉ちゃんがキリをチラッと見る。別れを惜しむ時間はないって事か……。
「キリちゃん、ありがとう。さよなら」
「あ、さよなら……」
 お姉ちゃんはそう言ってあっさりと海の中へ入った。
 わたし達は、二人っきりになった。
「本当に……人魚だったんすね」
 遠ざかって行くお姉ちゃんを見て、キリが呟いた。
「うん。わたしも帰らなきゃ」
「……モモ先輩」
 キリがわたしの腕を掴む。
「帰らないで下さい」
「は?」
「おれ、やっぱりモモ先輩の事が好きです! ここにいて下さい!」
 キリの腕が振り払えない。両側の海の壁がわずかに揺れた。
「キリ、離せ。道が狭まって来てる……」
 それでもキリは首を横に振る。
「おれは、これからもモモ先輩といたいです!」
 さらに壁が押し寄せる。
 道が消えそうになる。わたしが迷ってるから?
「……わがまま言うなよ、キリ。わたしは、人魚だから、キリとはずっといれないんだよ」
 波しぶきがわたし達の頬を濡らした。
「我が儘だなんて言わないで下さい。いい加減な気持ちで言ってるんじゃないんです……モモ先輩の本当の気持ちを聞かせて下さい」
「わたしは」
 もうすっかりずぶ濡れで、一歩動くだけで海に触れそうな距離。
「わたしは、キリといて楽しかった。ちょっとの間だったけどさ、会えて良かったし、もう少し一緒に遊びたいって思う。でもさ、でも、キリがわたしの事好きっていう気持ちと、わたしがキリを好きって気持ちはさ、また違うんだよ。キリがいい加減な気持ちじゃなく言ってくれてるのは分かるからさ。だから、わたしもちゃんと向き合いたいんだよ。わたしは、キリとはずっと一緒にいられない」
 甘くて、おいしくて、癒される。そんなのだけじゃダメだから。迷って、頼って、フラフラしてるだけじゃダメだから。
「陸に来て、良かった」
「キリ、ありがとう」
 キリの力が緩んで、手がわたしから離れる。
「モモ先輩、会えて、出会えて良かったです」
「うん」
「もし、人魚を見たなんて言い触らす奴がいたら、おれがシメときますんで安心して下さいね」
 ん? ああ、白髪の事か。本気で忘れてたわ。
「キリ、もう行け。溺れるぞ」
「はい……モモ先輩、もし、もしまた会えたら」
「ん?」
「友達になって下さいね」
「もう友達だし」
 キリは、笑って、大きく手を振った。わたしも、笑って、大きく手を振った。
 そして、波は閉じた。
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