ZERO【完結】

Lucas’ storage

文字の大きさ
上 下
61 / 96

モモの回想 ―人魚の初恋―

しおりを挟む
 わたしはモモ。ピンチに陥ったにも関わらず冷静に切り抜ける事に成功した人魚です。どうやって切り抜けたかって? すんっっごい大声出して通り掛かった人に助けて貰いました。冷静どころか平常心皆無で軽くパニック状態に陥った人魚です。
「あんなに叫ばなくても、あれだけ大きな音がしたんですから、誰かしら助けには来てくれたと思いますよ」
「だからお前そういう事は先に言えや」
「すみません。さてと、どうします?」
 わたし達は階段に座り込んで話していた。もう何か疲れたわ。ダイスケ助けに来なかったし。
 さらに、さっきのロッカー事件で何気に心折れたわ。狭い所、コワイ、トテモ。
「お昼まだでしたよね。神社は放課後に行くとして、何か食べます?」
「んー、うん。あ、でもイルカどうしよう?」
「おれが探しますよ。先輩、何か疲れてるみたいだし。ちょっと待ってて下さいね」
 キリはそう言って立ち上がると、止める間もなく廊下を走って行った。マジで置いていくのかよ。めっちゃ不安。
「姫!」
「え、イルカ?」
「いやあ、危なかった! 見つかる所でしたよ! でも、たまたま入った場所が演劇部の部室だったんです! で、この被り物を拝借しちゃいました! これで見つかっても安心! 似合います? 大仏の被り物!」
 驚きすぎて叫びが声にならない。何この化け物。
「おや? あの人間はどこ行きました?」
「お前を探しに行ったんだよ! ていうか、それよく被れたな! 本当にどういう構造なのお前の顔!」
「ちょっときついですけどね!」
 ちょっとどころじゃないだろ。
「これなら神社に行けますね!」
「行けねーよ。お前もうマジで一生ロッカーに隠れてろ」
「一生ロッカーに隠れる事になりそうだったのは姫じゃないですか! ププッ!」
 見てたのかよ。じゃあ助けろよ。
「でも人魚が祀られていない神社なんかに行って何か分かるんですかね?」
「えー、だって他に手掛かりねーじゃん」
「ところがどっこい!」
「おい、立つな。目立つから。座れ。落ち着け」
「手掛かりになるかも知れないものを見つけたんですよ!」
 イルカ改め大仏は自慢げに言った。大仏って初めて見ましたが、こんなに鼻が前に出てるお顔なんですか? いや、鼻が高いんじゃなく、鼻が、前に。
「後ろを見てください!」 
「後ろ?」
 わたしは階段を見上げた。そこに立っていたのは……。
「来ちゃった」
「ア、アンズお姉ちゃん!」
 フワフワのショートカットの髪を耳にかけながら、何故か白衣にスリッパという格好で現れたお姉ちゃん。
「モモってば遅いんだもの。お姉ちゃん心配しちゃった」
 お姉さん……それ、確実にこの学校のものですよね。保健室からパクってきましたよね?
「さすがに二日連続で制服を拝借すると騒ぎになりそうですからね! 白衣だけですみません!」
 実行犯はお前かイルカ。
「いいわよー。ちょっとスースーするけど」
「お姉ちゃん、どうやってここに……」
「ニシノさんの魔法で足を貰ったのよ。モモを連れ戻す為にね」 
 お、お姉ちゃん……わたしの為に。
「あ、じゃあお姉ちゃんは海に帰る方法を……」
「でも、人魚に戻る方法がよく分からないの。どうしましょう? うふふ」
 うん、どうしましょうかね。
 とりあえず、さすがに目立つので旧校舎の保健室に引き返して来た。お姉ちゃんの頭オレンジだからね。わたしはピンクだし。大仏は大仏だし。
「お姉ちゃんまで戻れなくなってどうするんだよ」
「大丈夫。お姉ちゃん心当たりがあるんだから」
 やたらと自信満々に笑うお姉ちゃん。黒い椅子に座ってくるくると回っている。
「ほう! それは何ですかアンズ姫!」
 大仏はベッドに横になっていて相変わらず態度がクソでかい。
「王子様とラブラブになるの!」
「王子様?」
「ほら、おとぎ話でそういうの聞いた事ない?」
「いや、あるけど。それってラブラブになれなくて最後泡にならない?」
 わたしはベッドの上で座り直した。
「ラブラブになれば大丈夫よ」
「ラブラブになったら人魚に戻れなくね?」
「王子様を刺せば大丈夫!」
 何この人怖い。ウインクしながらすげー事サラっと言ったよ。つか、それ王子様不憫すぎるだろ。
「姫! それですよ!」
「黙れ大仏。お姉ちゃん、それ以前に王子様なんていないから無理だよ」
「あら? じゃあモモは何で陸に来たの? 誰かに恋したからじゃないの?」
「そうですよ! じゃあモモ姫は何しに来たんですか!」
 黙れ大仏。当初の目的忘れてんじゃねーよ。
「まあ、それは色々あって。でも、もう解決したから海に帰りたいんだよ」
「お姉ちゃんまだいたいわ」
 居ろよ勝手に。
「ニシノ魔女が言うには迷子じゃなくなればいいらしいんだけど」
「…………」
 ギシッと椅子が鳴る。お姉ちゃんは神妙な顔つきで口元に手を当てていた。
「お姉ちゃん、何か分かるの?」
「モモ……何かに迷ってないかしら?」
 基本的に道に迷っていて、今は更に人生に迷っています。大仏は自分の方向性に迷っています。
「モモは海に帰りたい?」
「まあな」
「陸に未練はない?」
 その時、ダイスケの顔が浮かんだ。
「……ねーよ」
「本当かしら? 今、海に戻っても後悔しない?」
「……しないよ。お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんはモモを迎えに来ただけだから。でも、モモが選んだ道ならお姉ちゃんは一緒に歩くわよ」
 お姉ちゃん……。
「厄介な小姑付きだと王子様も逃げちゃいますね!」
 大仏……とりあえず黙ろうか。
 わたしが『迷っている』事が解決すれば人魚に戻れるのか?
 でも、ダイスケの顔は浮かんだけど、好きかどうかは分からないし。一回会っただけだし。……もう一回会ってみたら、何か分かるかな。
「うーん、まあ王子様の話は置いといて。一応さ、手がかりっぽいのは見つけてるんだよ」
「手がかり?」
 わたしはお姉ちゃんに神社の事を話した。
「そう、それよ! きっとそれが答えよ。その人魚は王子様の愛を手に入れたから海に帰れたのよ。ラブラブね」
 ラブラブじゃないです。生き別れてるじゃないすか。
「さっそく神社に行きましょう。これでお姉ちゃん達人魚に戻れるわね」
 何この切り替えの速さ。ん? ていうか、何か忘れて……。
 ガラッと、お姉ちゃんが保健室の扉を開けた。そこには……。
「モモ先輩? 今の話……人魚って……?」
 ごめん、キリ。素で忘れてた。
 

 わたしはモモ。やっと神社に着きました。もう夜です。大事なことなのでもう一度言います。もう夜です。
「夜の神社こわ」
「仕方ないですよ。日中この四人で出歩くとかなり目立ちますもん」
 キリがしれっとそう言った。確かにそうだけど、不気味すぎるだろこの光景。結局お姉ちゃんがすべてペロッと話しちゃって、キリはそれをするっと信用しちゃいました。
 わざわざ陸まで口止めしに来たわたしの苦労は?
「キリちゃん、ここに王子様が祀られているの?」
 お姉ちゃんはまったく怖がってないな。
「王子様ではないですが、不老不死になった青年が祀られています」
「不老不死なのに? もしかして生き埋め?」
「いや、そうじゃないと思います。ただ、おれも詳しい事は分からないんです」
「王子様だけって事は、結ばれなかったのかしら?」
「でも、そうなると人魚は海に帰れたって事ですよね?」
  ああ、なるほど。うーん、どうやって帰ったんだろう。
「簡単ですよ!」
 何か大仏がしゃしゃりでてきた。くだらない事だったらぶっ飛ばすぞ。
「青年は人魚によってここに封印されたんです!」
 よし、ぶっ飛ばすぞ。
「そっか! それで王子様への想いを断ち切った人魚は、自分の進むべき道を見つけて海へ帰ったのね!」
 あれ? お姉ちゃん? 
「モモ、当たって砕けて来なさい。それで人魚に戻れるわ」
「いやいや、こじつけも甚だしいだろ」
 人魚がどうやって青年を封印したかとか、その辺のくだりは無視ですか。
「……モモ先輩、好きな人いるんですか?」
「は? いねーし」
 キリは不満そうにわたしを見てくる。何なんだよ。
「ほら、手がかりねーなら帰ろうぜ。こんなとこ、いつまでもいても仕方ないじゃん」
 わたしはそう言って道を引き返す。うん、わたし達何しに来たんだろう? 肝試し?
「じゃあ、学校まで競争よ!」
「望むところです!」
 お姉ちゃんと大仏が走り出した。お姉ちゃん今日人間になったばっかなのにすげーな。もう走れるのか。
「元気ですね、先輩のお姉さん」
「わたしより子どもっぽいだろ?」
「可愛らしいですよ」
 気のない返事をしながら、キリはわたしの隣をゆっくり歩く。
 何か気まずいし。
 しばらく黙って歩く。
 大仏の姿はすでに見えなくて、お姉ちゃんはすでに飽きて前の方をのんびり歩いてる。
「何か言えよ」
「ダイスケ先輩の事何で知ってたんです?」
「は? 知らないし」
「隠さなくていいですよ。好きになっちゃったんじゃないですか?」
「はあ? なってねーし。あんな奴好きじゃねーし」
「ほら、知ってるじゃないすか」
「でも好きじゃねーよ馬鹿! つか、昨日会ったばっかで好きになるわけねーじゃん」
「一目惚れは悪い事じゃないですよ」
「だからちげーし」
「おれはモモ先輩を一目見て好きになりました。おれじゃ駄目ですか?」
 立ち止まったキリがわたしの手を握る。すかさずカウンターで捩り伏せた。
「痛い痛い痛い! ちょ、え? 何するんですか?」
「いや、ごめんごめん。何かものすごいイラっときた」
「えー、ひどいなー」
 キリのピアスやヘアピンが月明かりを受けてキラキラ光る。
「やっぱりモモ先輩って可愛いですね」
 キリはそう言って笑った。とりあえず何かまたイラっと来たから捩じ伏せといた。 


「ありがとうございます」
「い、いやいいよ別に」
 わたしは『自転車の鍵』とやらを手渡した。
「えっと、先輩何でここに? 旧校舎は立入禁止っスよ」
「ダイスケこそ」
「何で俺の名前知ってるんですか?」
 わたしはモモ。今の状況を説明しよう。
 昨日神社から帰って来て、またもや旧校舎の保健室に泊まったわたし達。で、目が覚めたら昼過ぎで廊下に誰かいて。
 それが何とダイスケで。何か探してるっぽいなーって見てたら、わたしの目の前に何か落ちていて。
 それこそがダイスケが探していた『自転車の鍵』だったというね!
 で、現在に至る。
「えっと……それは」
「あ、もしかしてあいつに聞きました? 確か、知り合いなんすよね?」
 あいつ? キリじゃないよな。ああ、白髪の事か。
「いや、違う。ダイスケ、サッカー部のエースだから有名だよ」
 キリから聞いた事をそのまんま言うわたし。
「そうなんスか? 何か照れますね」
「で、ダイスケ何でこんな所に鍵落としたの?」
 イルカ達はまた起きてきていない。ダイスケといっぱい話すチャンスだ!
「いや、さっきまであいつとここにいたんですけど、その時これ落としちゃったみたいで」
 ダイスケは鍵をヒラヒラと振った。
「あいつまた倒れて、今保健室なんですけど一緒に行きます?」
「え? 何で?」
「いや、知り合いって……まあ、記憶は戻ってないけど」
 記憶戻ってないのか。じゃあ尚更会う必要ないや。
「いい。あいつと知り合いっつーのは嘘だから」
「え?」
「あの時は、ダイスケに用があって」
「俺に?」
「……まあ」
「何スか?」
 自分で言い出しといて何だが完全にノープランだわ。どうしようこの状況。
「えーっと」
 ダイスケはじっとこっちを見てわたしの答えを待っている。どうしよう……。
「……サ、サッカー部楽しい?」 
 サッカーて何か知らんけど。てか何聞いてんだわたし。
「え、まあ楽しいっスよ。朝練は大変ですけどね」
「朝練?」
「はい。毎朝七時には学校来て練習してるんスよ」
 へー。ていうか、何かいい雰囲気じゃない? 普通に話せてるし。
 わたしが聞くと、ダイスケは何でも答えてくれた。何かすげー楽しい。
「あ、そういや先輩の名前は?」
「わたし? モモ!」
「モモ先輩スね。じゃあ、俺そろそろ戻ります。ここに入った事はお互い内緒で」
「うん!」
 ダイスケは一度背中を向けた後、また振り向いてこっちに歩いて来た。な、何だ?
「先輩、言うか言うまいか迷ったんですけど……」
「え?」
「ちょっと言いづらいというか……でも、やっぱり言った方がいいと思って……」
 なに? 何だよ? 何かドキドキする。
「あの……」
 ダイスケがわたしの前髪に触れた。
「額に……『貝』って書かれてますよ」
 イルカーーーー! 絶対お前だろ! ていうか貝って何だよ貝って! 


「歯ァ食いしばれやコラァ!」
「姫! 言葉遣い!」
「やかましいわ!」
「姫! 僕に掴める胸倉はありませんよ!」
「あんだろが! 今は胸倉あるだろうが!」
 わたしはモモ。イルカとの鬼ごっこに時間を費やす事丸一日。
 ようやく旧校舎の屋上まで来て追い詰めました。
 ちなみに一睡もしておりません。
「何をそんなに怒ってるんですか!」
「てめえの胸に聞いてみろや!」
「そんな愉快な額をしてチンピラのように怒鳴り散らす姫の怒りの理由なんて思い当たる事ありませんよ!」
「その愉快な額にしたのはお前だろうが!」
「ごめん、それやったのお姉ちゃん」
 お前かい! ていうか、二十四時間前に言ってください。
「だって退屈だったんだもん」
「どこの世界に退屈だからって妹の額に貝って書く姉がいるんだよ!」
「似合ってますよ」
「キリてめえいい加減な事言うな。笑ってんじゃねえかよ!」
 わたしはキリが差し出したハンカチを受け取って額を拭く。
「取れたか?」
「取れましたよ。それより、雨降りそうですし、中入りません?」
 確かに曇って来たな。わたし達は校舎の中に戻った。
「それよりどうだったの? あの人がモモの好きな人でしょ?」
「は? 違うし。別に好きとかじゃないし」
「あの人とラブラブになれたらきっと呪いが解けるわよ」
 そもそも呪われてないし。まあ、ある意味呪いだけども。
「モモ先輩は人魚に戻りたいんですよね? だったら、ラブラブになってしまうとまずいんじゃないですか?」
「そもそも姫にラブラブになれるとは思えませんけどね!」
 世の中の執事って大体こんなんなんですか? こんなにくそ失礼で偉そうなものなんですか?
「海には帰りたいよ。やっぱり、わたしのいるべき場所は海だよ」
「…………」
 キリ、そんな目で見るなよ。お前の気持ちは嬉しいけどやっぱり人魚と人間は結ばれないんだよ。あの神社の伝説だって、それを物語ってるじゃないか。
「じゃあやっぱり当たって砕けろ作戦ね。モモ、サクッと告白して来て」
 黙ろうか姉上。
「貝の時点で既に自爆してるでしょう!」
 黙れカス。
「……でも、おれもそれがいいと思います。気持ちを伝えないままだと、それはまだ『迷っている』状態という事になるんじゃないですか?」
「そ、そうかな?」
 迷子状態継続か……なるほど、一理あるな。
 でもさ、でも、もし、万が一上手くいっちゃったら? 告って成功しちゃったら?
「モモ、何ニヤついてるの?」
「いや、別に?」
 うわ、そうしたらどうしよう。両想いとかになっちゃったら。
「姫、もしかして上手くいっちゃったらどうしようかなんて考えてませんか!」
「は? 考えてねーし。馬鹿じゃね? イルカ馬鹿じゃね?」
 三人が一斉にわたしを見る。
「上手く行った場合、モモ先輩は陸で暮らす事を選ぶんですか?」
「そ、それは」
 分からない。帰りたいけど、帰りたくなくなるかも知れない。わたしは唇を噛んで俯いた。
「…………」
 沈黙が流れる。
 そうか、確かに『迷子』だな。
 でもな、道は見えてるんだ。進むかどうかで迷ってるだけなんだ。
 だから、わたしは決めた。
 『進む』って。
「みんな、わたし……」
「プッ、あはははは! もう駄目!」
「あ、ちょ、アンズ姫笑わないで下さいよ! 僕まで……アハハハハハハ!」
「ご、ごめんなさい先輩。言い出しにくくて……とりあえずこれ見て下さい」
 わたしはキリから手鏡を受け取って覗き込んだ。
 わたしの額には、貝という字の点だけ取れて、『目』という字が刻み込まれていた。
 お前ら、そんなにわたしをおちょくって楽しいか?
しおりを挟む

処理中です...