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第180話 NAGI
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次の日から僕はリサさんに毎日言葉を教わった。
自分でも不思議なくらいどんどん言葉を覚えていった。
綺麗って何と尋ねれば、リサさんは僕を連れて木に登ると空を指差した。
空がこんなにも高くて広いものだなんて知らなくて、心が震えて、やっぱり涙が溢れた。
寂しいって何かと尋ねれば、リサさんは目を瞑って耳を塞いでと言った。
一人ぼっちが寂しい事を教えてくれた。
自分がその感情を知っていた事に驚いた。
あの家で、言葉も知らない僕がずっと感じていたあの気持ち。
あれは『寂しい』って気持ちだったんだ。
相変わらず祖父は冷たい現実を教えてくれる。
するとリサさんは暖かい現実を教えてくれる。
両親が死んだという悲しい現実を優しさで癒してくれた。
だから、僕はすべてを受け入れる事にしたんだ。
僕はどんどん大きくなり、力も強くなって、馬の世話もするようになった。成長するにつれ、どんどん仕事は増えていって、朝は一番に起きて、夜は村のみんなが誰も出歩かなくなってからも畑仕事をした。でも、動物はすごく可愛くて癒されるし、畑仕事も嫌いじゃなかった。何より。
「ナギー、遊べー!」
「フロルも遊ぶフロルも遊ぶー!」
タキとフロルが、毎日こうやって遊びに来てくれるから。
タキとフロルは五歳になった。僕が初めて家の外に出た時と同じ。あの時の僕とは比べ物にならないくらい小さい。でも、これが普通だって。みんなはそう言った。
「うん、遊ぶ。……待ってて」
そして、言葉は覚えたもののいまだに上手く話せない僕をみんなはやっぱり『おかしい』と言った。僕はおかしい。それでもいい。
「ナギ、ぐるーんってやつやって!」
「じゃあフロルもフロルもフロルもー!」
僕の周りを二人がぐるぐると回り出す。
「うん」
僕は二人を抱っこしてぐるぐる回る。二人は楽しそうに高い声で笑う。本当に可愛くて可愛くて仕方ない。どんなに仕事が遅くまでかかっても、二人が笑ってくれるなら構わなかった。
「ナギおんぶー!」
「フロルもおんぶフロルもおんぶー!」
「うん。じゃあ、タキは、おんぶ。フロルは、抱っこ」
タキを背中にフロルを前に。
村の中をそのままゆっくり散歩する。
それだけなのに二人はすごく喜んでくれた。
僕にとっての幸せな時間。でも。
「フロル! 何をしているの?」
「あ、お母さん!」
フロルのお母さんだ。一直線に走って来て、僕の手からフロルを取り上げる。
「この子と遊んじゃダメって言ったでしょ! 帰るわよ!」
「やーだー! 遊ぶ遊ぶ遊ぶ遊ぶー!」
腕の中で暴れるフロルを下へ下ろすと、パァンと平手打ちをした。
「いい加減にしなさい! 馬鹿みたいに大きな声出さないの!」
「遊ぶ遊ぶ遊ぶ遊ぶー!」
それでもフロルは泣きもせずに叫び続ける。
「あ、あの」
お母さんがまた手を振り上げようとしたので僕は止めようと声をかけた。フロルのお母さんはキッと僕を睨む。
「何よ? あなたもね、何度言えば分かるの? うちの子に近づかないで! 気味が悪い!」
「……で、でも、た、叩く……のは」
「フロル! 静かにしなさい! あなたが騒げばお母さんまでおかしな目で見られるでしょ?」
フロルのお母さんはフロルを抱き上げてツカツカと歩いて帰って行った。フロルの声は村中に響いて僕はとても悲しくなって涙が出た。
「ナギー、フロル遊べない?」
背中からタキの声が聞こえてきて僕は涙を拭ってタキを下に下ろした。
「今日は、遊べない」
僕はしゃがんでタキの頭を撫でる。タキは両手でごしごしと目を擦った。泣いてるのかなって思ったけど違うみたいで、僕はタキのおでこに自分のおでこをくっつける。
「……タキ、またお熱あるよ。帰ろう」
僕はタキを抱っこしてリサさんの家へ向かった。
「リサ」
扉をノックして声をかけると、すぐにリサさんが飛び出してきた。
「ナギくん! こんにちは」
「……こんにちは、リサ。タキ、またお熱がある」
「あらあらー、大丈夫? 姉さん、タキ熱があるみたい!」
リサさんがそう言うと、奥からタキのお母さんが出てきた。
「まあ、本当。かわいそうに。さあ、ベッドに行きましょう」
タキのお母さんはまた奥へ戻っていく。できるだけ僕の方を見ないようにしていた。
「…………」
「……ナギくん、ちょっとお散歩しよっか?」
「え?」
リサさんは家から出ると、僕の手を引いて村の中を歩き始めた。
自分でも不思議なくらいどんどん言葉を覚えていった。
綺麗って何と尋ねれば、リサさんは僕を連れて木に登ると空を指差した。
空がこんなにも高くて広いものだなんて知らなくて、心が震えて、やっぱり涙が溢れた。
寂しいって何かと尋ねれば、リサさんは目を瞑って耳を塞いでと言った。
一人ぼっちが寂しい事を教えてくれた。
自分がその感情を知っていた事に驚いた。
あの家で、言葉も知らない僕がずっと感じていたあの気持ち。
あれは『寂しい』って気持ちだったんだ。
相変わらず祖父は冷たい現実を教えてくれる。
するとリサさんは暖かい現実を教えてくれる。
両親が死んだという悲しい現実を優しさで癒してくれた。
だから、僕はすべてを受け入れる事にしたんだ。
僕はどんどん大きくなり、力も強くなって、馬の世話もするようになった。成長するにつれ、どんどん仕事は増えていって、朝は一番に起きて、夜は村のみんなが誰も出歩かなくなってからも畑仕事をした。でも、動物はすごく可愛くて癒されるし、畑仕事も嫌いじゃなかった。何より。
「ナギー、遊べー!」
「フロルも遊ぶフロルも遊ぶー!」
タキとフロルが、毎日こうやって遊びに来てくれるから。
タキとフロルは五歳になった。僕が初めて家の外に出た時と同じ。あの時の僕とは比べ物にならないくらい小さい。でも、これが普通だって。みんなはそう言った。
「うん、遊ぶ。……待ってて」
そして、言葉は覚えたもののいまだに上手く話せない僕をみんなはやっぱり『おかしい』と言った。僕はおかしい。それでもいい。
「ナギ、ぐるーんってやつやって!」
「じゃあフロルもフロルもフロルもー!」
僕の周りを二人がぐるぐると回り出す。
「うん」
僕は二人を抱っこしてぐるぐる回る。二人は楽しそうに高い声で笑う。本当に可愛くて可愛くて仕方ない。どんなに仕事が遅くまでかかっても、二人が笑ってくれるなら構わなかった。
「ナギおんぶー!」
「フロルもおんぶフロルもおんぶー!」
「うん。じゃあ、タキは、おんぶ。フロルは、抱っこ」
タキを背中にフロルを前に。
村の中をそのままゆっくり散歩する。
それだけなのに二人はすごく喜んでくれた。
僕にとっての幸せな時間。でも。
「フロル! 何をしているの?」
「あ、お母さん!」
フロルのお母さんだ。一直線に走って来て、僕の手からフロルを取り上げる。
「この子と遊んじゃダメって言ったでしょ! 帰るわよ!」
「やーだー! 遊ぶ遊ぶ遊ぶ遊ぶー!」
腕の中で暴れるフロルを下へ下ろすと、パァンと平手打ちをした。
「いい加減にしなさい! 馬鹿みたいに大きな声出さないの!」
「遊ぶ遊ぶ遊ぶ遊ぶー!」
それでもフロルは泣きもせずに叫び続ける。
「あ、あの」
お母さんがまた手を振り上げようとしたので僕は止めようと声をかけた。フロルのお母さんはキッと僕を睨む。
「何よ? あなたもね、何度言えば分かるの? うちの子に近づかないで! 気味が悪い!」
「……で、でも、た、叩く……のは」
「フロル! 静かにしなさい! あなたが騒げばお母さんまでおかしな目で見られるでしょ?」
フロルのお母さんはフロルを抱き上げてツカツカと歩いて帰って行った。フロルの声は村中に響いて僕はとても悲しくなって涙が出た。
「ナギー、フロル遊べない?」
背中からタキの声が聞こえてきて僕は涙を拭ってタキを下に下ろした。
「今日は、遊べない」
僕はしゃがんでタキの頭を撫でる。タキは両手でごしごしと目を擦った。泣いてるのかなって思ったけど違うみたいで、僕はタキのおでこに自分のおでこをくっつける。
「……タキ、またお熱あるよ。帰ろう」
僕はタキを抱っこしてリサさんの家へ向かった。
「リサ」
扉をノックして声をかけると、すぐにリサさんが飛び出してきた。
「ナギくん! こんにちは」
「……こんにちは、リサ。タキ、またお熱がある」
「あらあらー、大丈夫? 姉さん、タキ熱があるみたい!」
リサさんがそう言うと、奥からタキのお母さんが出てきた。
「まあ、本当。かわいそうに。さあ、ベッドに行きましょう」
タキのお母さんはまた奥へ戻っていく。できるだけ僕の方を見ないようにしていた。
「…………」
「……ナギくん、ちょっとお散歩しよっか?」
「え?」
リサさんは家から出ると、僕の手を引いて村の中を歩き始めた。
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