DEAREST【完結】

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第146話 語り部

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「へ? ベル? どしたの?」
 フロルは首を傾げてきょとんとしています。
「ていうか、みんなでお出迎え? フロルね、今日は早めにお仕事上がれたの! で、コケシとバッタリ会ったから一緒に来ちゃった!」
 コケシの腕にしがみつくフロル。コケシはじっとカモメの目を見つめます。
「今日はコケシも一緒にご飯食べる約束だったもんねー!」
「…………」
 コケシも、みんなも、何も答えません。
「はい! フロル黙ります!」
 フロルはパッとコケシから離れて敬礼をしました。
「察しがいいね! ありがとう!」
 カモメはニコニコ笑ってコケシに近づいて行きます。そんなカモメの様子を不思議そうに見ながらもフロルは口を閉じて成り行きを見守ります。
「アメリア先生、ぼくを覚えてるよね?」
「ベ、ベルくん? 何で私を先生って呼ぶのですか? ベルくんが先生って呼んでいたのは母ですよ?」
「違うよ。ぼくは君のお母さんに会った事なんてない」
 カモメは白衣のポケットに手を入れます。コケシはスカートをぎゅっと握りしめました。
「何、言ってるんです? だって、私が母と首都へ行った時、ベルくんが母に弟子にしてくださいって」
「君は一人で首都へ来た。ぼくは君に弟子入りした。そして」
 カモメが見上げる先には、涙をぽろぽろと流すコケシ。
「君は、死んだ」
「…………」
「覚えてる? 最後に喧嘩しちゃったよね?」
「私、生きてますよ?」
「君が救世主になりたかったって言い出して」
「私、死んでません」
「お母さんの遺志を継ぐ為に」
 コケシの涙を見て、駆け寄ろうとしたディーをナギが止めます。カモメは口を動かし続けました。
「君の母親、元救世主『エリス』の代わりになる為に」
「私は」
「『人々に夢と希望を』」
 その言葉に、リサがハッと口を開けました。
「『人々に夢と希望を』……『ベル』……もしかして、セナの……?」
 リサの言葉を聞いて、ナギもカモメの背中へ目を向けます。
「それが口癖だった母の遺志を継ごうとして、君は救世主に指名されようとした」
「私は」
「現救世主のリサちゃんを消して」
「私は……生きてます!」
 コケシはそう叫んで逃げるように走り出しました。
「コケシ!」
 ディーはナギの手を振り払い、その後を追います。
「コケシ! 待って!」
 コケシはディーの声にも振り向かずにどんどん走って行きます。その先は甲板。階段をディーに続いてカモメとリサが登り始めた時、後ろで大きな音がしました。
 扉を破って出てきたのはまるでムカデのような姿をした大きな魔物。すぐにリーダーとナギが剣を抜いて構えます。
「行け! カモメ!」
「……了解! みんな気をつけてね!」
 カモメは戸惑うリサの手を引いて階段を駆け上がりました。後ろでナギが「リサとディーをお願い」と叫ぶ声が聞こえて来ました。しかし、さらに激しさを増す戦いの音にかき消されます。
 いつの間にか、『ジキルタウン』は魔物の気配で満ち溢れていました。広い海の真ん中で、この街の上空にだけ暗雲が立ち込めます。
 何かを思い出したように『街』の時間が動き出しました。


 風の吹き荒れる甲板を駆け抜け舳先までやって来たコケシは、海を背にしてカモメ達の方を振り返ります。
「来ないで下さい!」
「先生……」
「来たら飛び降ります」
「コケシ!」
「ディーくん……ごめんなさい。でも、でも私……生きてるんです」
 真っ黒な雲。波が船を揺らし、今にも嵐がやって来そうでした。
 だけど、そんな中でも、コケシの声はしっかりと響き渡ります。
「生きてたんです。でも、思い出しちゃうから……ベルくんが。やだなぁ、もう……」
 自嘲するように笑って、コケシは再びカモメに目をやります。
「先生なんて……呼ばないで下さいよ。ベルくん、私よりすごいんですから……」
「いつもそう言って嫌がってたよね。でも、それが可愛くてつい意地悪しちゃうんだけど」
「もー……嫌な弟子です」
「コケシ……嘘だよね?」
 ディーがフラフラと前に出てカモメの隣に並びました。リサは少し後ろでそんなディーの背中を見つめています。
「だって、コケシの手は暖かいよ?」
「ディーくん……ありがとうございます。でも、私」
 コケシは自分の胸に手を当てました。
「私の音、聞こえないです。あの時、ディーくんからベルくんの音が止まった時の話を聞いて、私は自分の胸に手を当ててみたんです。そうしたら、私の音、聞こえなくて。私、聞こえない音を、聞かない振りしてました。信じたくなくて、思い出したくなくて……違う振りしてました。でも私、生きたかったんです」
 まるで、風がコケシの声だけを避けているようで、波の音までもが遠ざかって行くようでした。 
「コケシ……」
「ディーくん、来ないで下さい」
 ディーは一歩、また一歩とコケシに歩み寄ります。
「来ないで」
 ディーの足がピタリと止まりました。カモメもリサも、その様子からじっと目を離さずにいます。
「分かった。じゃあ、ここまで」
 ディーは大きく息を吸い込みます。
「コケシ! あのね!」
「……」
「あのね、おれ」
 その時です。先程ディー達が通ってきた扉が叩き破られました。ジキルタウンの住人が甲板へ出てきて、さらには魔物へと姿を変えていったのです。
「ベ、ベル!」
「リサちゃん、落ち着いて。荷物にはならないんでしょ?」
 カモメはそう言ってリサにナイフを渡しました。
「…………」
「ディーくんは先生を頼むよ」
「……うん」
 ディーは今立っている場所からは動かずに、コケシに背を向けて魔物達を見据えました。
 リサはナイフの刃を下に向けて持ち、一歩動いて半身に構えました。その目はしっかりと魔物の動きを捉えています。
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