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第141話 RISA
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仲直りのタイミングを探している。勿論仲直りの相手はディーだ。
相変わらずどこかよそよそしいあのガキは、以前ほどわたしに怯える事はなくなったが。
あれからショーを何度か見に行った。
その度に思い出すのは『セナ』の事。子猿のようにセナにくっついて夜泣きばっかしてたあいつが、こんなに立派にショーをしてるんだぞって。どうしても見せてやりたくなった。
喜ぶんだろうな。「やっぱりディーは天使だ」なんて言って、親馬鹿っぷりをさらに発揮するんだろうな。
ディーもあんなにセナにベッタリで、あんなに父親が好きだったんだから。きっと、今も忘れられないんだろうな。
「リサちゃん、手当て終わったよ」
「……ありがとう」
ここは医務室。割れたグラスで指を切ったので今ベルに絆創膏を貼って貰っていた。
「明後日には首都に着くね。気が緩んでるんじゃないの?」
ジャケットの代わりに白衣を着たベルが目の前にいる。
「うるせーな。そんなんじゃねーよ。大体首都に着いたってわたしは降りないし」
ナギとジオは船員として働いている。タキは掃除。ディーはショー。わたしとフロルはレストランで。みんなが仕事をして焦ったのか、はたまた医学書読み放題につられたのか。こいつは医務室で助手として働き出した。
余程気に入ったのか、仕事の時間以外も白衣を脱ごうとしないし、誰かが呼びに来ないと帰っても来ない。
「リサちゃんはお留守番か。確か、お兄さんも船に残るんだよね」
「らしいな」
「浮気しちゃダメだよ」
「それはない。ていうか、お前医者にでもなるつもりか」
「それもいいかもね」
ベルは机に肘をついてニッと笑った。最近は少し笑うようになってきたし、ディーへの態度も柔らかくなった気がする。フロルの話じゃ、以前はめちゃめちゃディーを可愛がっていたらしいから。
こいつは、いいのかな? このまま思い出せないままでも。
「すみません、先生いますか……って、リサ?」
「タキ、どした?」
「お前こそどうしたよ?」
フラフラと医務室に入ってきたタキに、指を立てて絆創膏を見せる。
「皿でも割ったか? だっせー」
そう言いながらよろめいたタキを、ベルがパッと立ち上がって支えた。
「先生は今席を外してるよ。どうしたの?」
「えっと、ちょっと……」
どう見たってあの症状のタキを、わたし達は二人で支えながらベッドに連れていった。
「頭空っぽにして寝てたらすぐ治まるよ」
ベルが毛布をかけながら言う。
「はい……」
痛そうに表情を歪ませ、額に手を当てながらタキが返事をした。
「頭空っぽだって。得意だろ?」
「うっせーなー、リサは。……明後日には医者に会うだろ? だから、ちょっと緊張してきたっていうか……」
まあ、そうだよな。わたしは意外に丈夫なようで、風邪を引いても医者にかからず治していた。だから、病院は慣れていないし何だか緊張する。まあ、このひょろい医者は別だけど。
ベルをじっと見る。ベルはいつものぼんやりした目で「何?」と聞いてくる。
「ディーにはまだ受診の事言ってないんだよな?」
「そうみたいだね。どうするんだか」
ディーはタキと違って最近は調子がいいみたいだ。だからこそ言いにくいんだけど。
「ナギが、今夜話すって言ってた、けど……」
少し息苦しそうなタキがわたしを見上げる。
「そっか。まあ、適任だな」
ナギの言うことなら聞くし。嫌々でも受診はしてくれそうだ。
「じゃあわたし部屋に戻るわ。あ、フロルには黙っててやるから大丈夫だって」
慌てて体を起こそうとしたタキにそう言うと、ほっとしたようにまた倒れ込んで手をヒラヒラと振った。わたしはベルにタキを任せて部屋に戻った。
多分、まだ誰も帰ってないよな。大袈裟なフロルに早引けするように言われて仕事を上がった為、わたしは時間を持て余していた。久し振りにゆっくり本でも読もうかな。
そう言えば、ベルが航海日誌をやたら気にしてた。わたしは部屋に入ると、航海日誌を探す為に寝室へ向かった。入ってすぐに、ベッドの上で丸まっているリサ隊長を発見。なるほど、ここがジオのベッドだな。
ベッドの脇には、一つずつ小さなキャビネットがついている。やたらとピカピカで、ピシッとベッドメイクされているのがきっとタキのベッド。
で、キャビネットの上からはみ出してベッドの上まで本だらけなのがベルのベッド。という事は、ここがナギとディーのベッドか。視線を移して、何かに気づく。
「……花?」
少し開いたキャビネットの引き出し。その中から真っ白な花が見えている。引き出しから出してみると、それは髪飾りのようだった。もっとも、ぺしゃんこに潰れていてつけられそうにないけど。
「ディーのかな?」
「リサ?」
聞こえてきた小さな声に、髪飾りを落としそうになった。
「ディー? ショーは終わったのか?」
「うん。今日はワンステージだけだったから……。何してるの?」
「仕事終わって暇だったからベルの本借りようと思って。悪い、引き出し開いて見えちまってたから何かなーってさ」
わたしは再び引き出しに髪飾りを戻した。
「うん。それね……ベルがくれたの。壊れちゃったけど」
しゅんと俯くディーの胸元には、同じ花のコサージュが。
「それもベルが?」
わたしが指差すと、ディーは頷いた。
「忘れちゃってるけど、これもね、ベルがくれたし、これもベルがしてくれたの」
ディーは耳飾りとローブの刺繍を見せてくれた。刺繍はフロルがやったものだとばかり思っていた。だって、同じ鳥の刺繍だったし。
「へー、良かったな。ていうか、ベルが刺繍って想像つかねー」
「でしょ? カモメの頃はね何でも屋さんみたいに、本当に何でもできたんだよ?」
『カモメ』の話ができるのが嬉しいのか、意外にも問題なく会話が続き正直驚いている。
「散らかしっぱなしなのはあんまり変わんないんだけど。何の本探すの?」
ディーがトコトコとベルのベッドに歩いて行った。
「航海日誌だけど」
言っても分からなそうだなと思ったが、ディーはすぐに一冊の本を引き抜いた。
「はい、あったよ。ベルね、最近こーかいにっしがお気に入りなの」
ディーはそれを両手で持ってこっちに差し出した。
「ふーん、ありがと」
わたしもベッドに近づきそれを受け取る。すると、昼寝から起きたリサ隊長がわたし達を見つけて「にゃーん」と鳴いた。トトトトっと駆け寄ってくるリサ隊長を見て、ディーがピョンと本の山に登る。
「何? お前、猫怖いの?」
「こわくないよ」
ディーは棒読みで首をフルフルと振った。何かその仕草が可笑しくて吹き出す。
「笑わないで」
「はいはい。多分腹減ってんだよ。お前がやるか?」
「うん」
ディーが恐る恐るベッドから降りるから、わたしはリサ隊長を抱き上げた。大人しく抱かれているリサ隊長はやっぱり腹が減ってるらしい。でなきゃ、こいつはわたしになつかないからな。
わたし達はリビングに移動した。
キッチンからリサ隊長用のご飯の袋を取り出してディーに渡す。
「ほら、皿に入れてやってみ?」
「うん」
ディーは皿から随分離れて、手をうんと伸ばして餌を皿に入れた。
「ビビりすぎ」
「ビビってないもん」
カラカラと餌の鳴る音に、リサ隊長がピョンっと腕の中から降りて皿目掛けて駆け寄る。ディーは慌ててピューっと逃げて来るとわたしの後ろに隠れた。
「見てみ。大人しく飯食ってるだろ?」
「う、うん。噛まない?」
しゃがんで猫を撫でるわたしを見て、ディーが後ろから尋ねる。
「噛まない噛まない」
甘噛みはしますが。
「ほら」
わたしは粒状のそれを皿からいくつか掬って手のひらに乗せた。リサ隊長はすぐに食べ始める。
「なむなむ」
「何かこいつ喋ってるぞ」
「なむなむ」
「おいしいおいしいって言ってるの?」
いつの間にかディーがわたしの横にちょこんとしゃがんでいる。
「んー、多分な。つーか、お前馬は平気だったじゃん。あれよりこっちの方が怖くなくね?」
「うーん、馬は噛まないもん」
「こいつも噛まないって」
「……リサ、指かじられてるよ」
すっかり平らげたリサ隊長が、名残惜しそうにわたしの指を舐めたり噛んだりしていた。
「まだこっちにご飯あるだろー」
そう言って皿の方に体を向けてやると、また「なむなむ」と唱えるように何か喋りながら食べ出した。
「痛くないの?」
ディーが心配そうにわたしの指を触る。
「全然。ほら、血も出てないだろ?」
「……絆創膏」
「これは別の怪我。リサ隊長じゃねーよ」
ディーがクスクス笑う。
「リサがその名前呼ぶと変だよ」
「わたしだって呼びたくない。不可抗力だ」
ディーがまた可笑しそうに笑った。
「誰が決めたの?」
「ベルに決まってんじゃん」
「やっぱりー」
やたらとご機嫌なディー。ナギやフロルならそんなこいつを見て可愛いーって抱きしめるんだろうな。わたしには無理だけど。だって、一見楽しそうに見える今だって、お互い探りあいながら気を使いまくってるのが丸分かりだ。気まずくならないようにって。
相変わらずどこかよそよそしいあのガキは、以前ほどわたしに怯える事はなくなったが。
あれからショーを何度か見に行った。
その度に思い出すのは『セナ』の事。子猿のようにセナにくっついて夜泣きばっかしてたあいつが、こんなに立派にショーをしてるんだぞって。どうしても見せてやりたくなった。
喜ぶんだろうな。「やっぱりディーは天使だ」なんて言って、親馬鹿っぷりをさらに発揮するんだろうな。
ディーもあんなにセナにベッタリで、あんなに父親が好きだったんだから。きっと、今も忘れられないんだろうな。
「リサちゃん、手当て終わったよ」
「……ありがとう」
ここは医務室。割れたグラスで指を切ったので今ベルに絆創膏を貼って貰っていた。
「明後日には首都に着くね。気が緩んでるんじゃないの?」
ジャケットの代わりに白衣を着たベルが目の前にいる。
「うるせーな。そんなんじゃねーよ。大体首都に着いたってわたしは降りないし」
ナギとジオは船員として働いている。タキは掃除。ディーはショー。わたしとフロルはレストランで。みんなが仕事をして焦ったのか、はたまた医学書読み放題につられたのか。こいつは医務室で助手として働き出した。
余程気に入ったのか、仕事の時間以外も白衣を脱ごうとしないし、誰かが呼びに来ないと帰っても来ない。
「リサちゃんはお留守番か。確か、お兄さんも船に残るんだよね」
「らしいな」
「浮気しちゃダメだよ」
「それはない。ていうか、お前医者にでもなるつもりか」
「それもいいかもね」
ベルは机に肘をついてニッと笑った。最近は少し笑うようになってきたし、ディーへの態度も柔らかくなった気がする。フロルの話じゃ、以前はめちゃめちゃディーを可愛がっていたらしいから。
こいつは、いいのかな? このまま思い出せないままでも。
「すみません、先生いますか……って、リサ?」
「タキ、どした?」
「お前こそどうしたよ?」
フラフラと医務室に入ってきたタキに、指を立てて絆創膏を見せる。
「皿でも割ったか? だっせー」
そう言いながらよろめいたタキを、ベルがパッと立ち上がって支えた。
「先生は今席を外してるよ。どうしたの?」
「えっと、ちょっと……」
どう見たってあの症状のタキを、わたし達は二人で支えながらベッドに連れていった。
「頭空っぽにして寝てたらすぐ治まるよ」
ベルが毛布をかけながら言う。
「はい……」
痛そうに表情を歪ませ、額に手を当てながらタキが返事をした。
「頭空っぽだって。得意だろ?」
「うっせーなー、リサは。……明後日には医者に会うだろ? だから、ちょっと緊張してきたっていうか……」
まあ、そうだよな。わたしは意外に丈夫なようで、風邪を引いても医者にかからず治していた。だから、病院は慣れていないし何だか緊張する。まあ、このひょろい医者は別だけど。
ベルをじっと見る。ベルはいつものぼんやりした目で「何?」と聞いてくる。
「ディーにはまだ受診の事言ってないんだよな?」
「そうみたいだね。どうするんだか」
ディーはタキと違って最近は調子がいいみたいだ。だからこそ言いにくいんだけど。
「ナギが、今夜話すって言ってた、けど……」
少し息苦しそうなタキがわたしを見上げる。
「そっか。まあ、適任だな」
ナギの言うことなら聞くし。嫌々でも受診はしてくれそうだ。
「じゃあわたし部屋に戻るわ。あ、フロルには黙っててやるから大丈夫だって」
慌てて体を起こそうとしたタキにそう言うと、ほっとしたようにまた倒れ込んで手をヒラヒラと振った。わたしはベルにタキを任せて部屋に戻った。
多分、まだ誰も帰ってないよな。大袈裟なフロルに早引けするように言われて仕事を上がった為、わたしは時間を持て余していた。久し振りにゆっくり本でも読もうかな。
そう言えば、ベルが航海日誌をやたら気にしてた。わたしは部屋に入ると、航海日誌を探す為に寝室へ向かった。入ってすぐに、ベッドの上で丸まっているリサ隊長を発見。なるほど、ここがジオのベッドだな。
ベッドの脇には、一つずつ小さなキャビネットがついている。やたらとピカピカで、ピシッとベッドメイクされているのがきっとタキのベッド。
で、キャビネットの上からはみ出してベッドの上まで本だらけなのがベルのベッド。という事は、ここがナギとディーのベッドか。視線を移して、何かに気づく。
「……花?」
少し開いたキャビネットの引き出し。その中から真っ白な花が見えている。引き出しから出してみると、それは髪飾りのようだった。もっとも、ぺしゃんこに潰れていてつけられそうにないけど。
「ディーのかな?」
「リサ?」
聞こえてきた小さな声に、髪飾りを落としそうになった。
「ディー? ショーは終わったのか?」
「うん。今日はワンステージだけだったから……。何してるの?」
「仕事終わって暇だったからベルの本借りようと思って。悪い、引き出し開いて見えちまってたから何かなーってさ」
わたしは再び引き出しに髪飾りを戻した。
「うん。それね……ベルがくれたの。壊れちゃったけど」
しゅんと俯くディーの胸元には、同じ花のコサージュが。
「それもベルが?」
わたしが指差すと、ディーは頷いた。
「忘れちゃってるけど、これもね、ベルがくれたし、これもベルがしてくれたの」
ディーは耳飾りとローブの刺繍を見せてくれた。刺繍はフロルがやったものだとばかり思っていた。だって、同じ鳥の刺繍だったし。
「へー、良かったな。ていうか、ベルが刺繍って想像つかねー」
「でしょ? カモメの頃はね何でも屋さんみたいに、本当に何でもできたんだよ?」
『カモメ』の話ができるのが嬉しいのか、意外にも問題なく会話が続き正直驚いている。
「散らかしっぱなしなのはあんまり変わんないんだけど。何の本探すの?」
ディーがトコトコとベルのベッドに歩いて行った。
「航海日誌だけど」
言っても分からなそうだなと思ったが、ディーはすぐに一冊の本を引き抜いた。
「はい、あったよ。ベルね、最近こーかいにっしがお気に入りなの」
ディーはそれを両手で持ってこっちに差し出した。
「ふーん、ありがと」
わたしもベッドに近づきそれを受け取る。すると、昼寝から起きたリサ隊長がわたし達を見つけて「にゃーん」と鳴いた。トトトトっと駆け寄ってくるリサ隊長を見て、ディーがピョンと本の山に登る。
「何? お前、猫怖いの?」
「こわくないよ」
ディーは棒読みで首をフルフルと振った。何かその仕草が可笑しくて吹き出す。
「笑わないで」
「はいはい。多分腹減ってんだよ。お前がやるか?」
「うん」
ディーが恐る恐るベッドから降りるから、わたしはリサ隊長を抱き上げた。大人しく抱かれているリサ隊長はやっぱり腹が減ってるらしい。でなきゃ、こいつはわたしになつかないからな。
わたし達はリビングに移動した。
キッチンからリサ隊長用のご飯の袋を取り出してディーに渡す。
「ほら、皿に入れてやってみ?」
「うん」
ディーは皿から随分離れて、手をうんと伸ばして餌を皿に入れた。
「ビビりすぎ」
「ビビってないもん」
カラカラと餌の鳴る音に、リサ隊長がピョンっと腕の中から降りて皿目掛けて駆け寄る。ディーは慌ててピューっと逃げて来るとわたしの後ろに隠れた。
「見てみ。大人しく飯食ってるだろ?」
「う、うん。噛まない?」
しゃがんで猫を撫でるわたしを見て、ディーが後ろから尋ねる。
「噛まない噛まない」
甘噛みはしますが。
「ほら」
わたしは粒状のそれを皿からいくつか掬って手のひらに乗せた。リサ隊長はすぐに食べ始める。
「なむなむ」
「何かこいつ喋ってるぞ」
「なむなむ」
「おいしいおいしいって言ってるの?」
いつの間にかディーがわたしの横にちょこんとしゃがんでいる。
「んー、多分な。つーか、お前馬は平気だったじゃん。あれよりこっちの方が怖くなくね?」
「うーん、馬は噛まないもん」
「こいつも噛まないって」
「……リサ、指かじられてるよ」
すっかり平らげたリサ隊長が、名残惜しそうにわたしの指を舐めたり噛んだりしていた。
「まだこっちにご飯あるだろー」
そう言って皿の方に体を向けてやると、また「なむなむ」と唱えるように何か喋りながら食べ出した。
「痛くないの?」
ディーが心配そうにわたしの指を触る。
「全然。ほら、血も出てないだろ?」
「……絆創膏」
「これは別の怪我。リサ隊長じゃねーよ」
ディーがクスクス笑う。
「リサがその名前呼ぶと変だよ」
「わたしだって呼びたくない。不可抗力だ」
ディーがまた可笑しそうに笑った。
「誰が決めたの?」
「ベルに決まってんじゃん」
「やっぱりー」
やたらとご機嫌なディー。ナギやフロルならそんなこいつを見て可愛いーって抱きしめるんだろうな。わたしには無理だけど。だって、一見楽しそうに見える今だって、お互い探りあいながら気を使いまくってるのが丸分かりだ。気まずくならないようにって。
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