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第140話 RISA
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「てんちょー、このスープあの客の頭にぶちまけていいですか?」
「だ、だめだよ! どうしたのリサちゃん」
てんちょーが慌ててオーダー票とホールのテーブルを確認する。
「あー、あのお客さん達かぁ。ちょっとタチが悪いんだよね。何か言われたの?」
「…………」
わたしはてんちょーを睨む。
「い、言われたんだね、うん。いつもはフロルちゃんが上手くかわしてくれてるからねえ」
忙しい時間帯を乗り切って、わたしは達成感でかなり浮かれていた。なのに、ここに来てあの客だ。気持ちの悪い男が三人テーブルについている。よく来てるのは知っていたけど必ずフロルが接客をしていたのでどんな客かまでは分かっていなかった。
「うん、そのスープはぼくが運ぶよ。リサちゃんはそっちのお皿洗ってて」
てんちょーはスープを持ってホールに出ていった。
「はあ……」
一気に気持ちが沈んだ。せっかく、仕事が楽しくなって来てたのに台無しだ。何か言われたかって? 脚が綺麗だって褒められたよ。でも、すっっごく嫌な気分になった。気持ち悪くて仕方なかった。
それに、ぶつかった振りしてたけど、謝ってきたけど……あれは、絶対にわたしの脚を触った。その感触が今も太ももに残っていて泣きそうになった。
殴り飛ばしてやろうかと思ったけどできなくて、本当はスープをかける勇気もなくて。何故かてんちょーにそれを言えなくて。どうしようもなく恥ずかしくて。
でも、しっかりしなきゃ。
だって、フロルはショーが終わったらすぐくるって言ってた。ナギが、仕事見にきてくれるって言ってた。せっかく二人に元気を貰ったんだから頑張らないと。
次は、ちゃんと自分で料理を運ばないと。次の料理が上がった時、わたしはてんちょーに自分で運ぶと言った。これくらい出来るようにならないと、フロルがいつまで経っても安心して休めない。
「大丈夫? リサちゃん」
「大丈夫です」
料理を置いて、すぐに戻って来ればいいんだ。大丈夫大丈夫。深呼吸してテーブルへ進む。
「お、来た来たー。何でスープは持って来てくんなかったのー?」
ニヤニヤ笑う男達。大丈夫、笑顔笑顔。
「お待たせしました」
わたしは構わず料理をテーブルに置く。すると、男の一人がわたしの手を掴んだ。
「ほっそ! そんな腕でよく仕事できるねー。俺達手伝おっか?」
「結構です。離してください」
鳥肌が立つ。でも男はわたしの手を離そうとしない。
「ねー、フロルちゃんは?」
「今日は休みです」
見りゃ分かんだろーが。
「えー、やっぱフロルちゃんじゃないと来た甲斐ねーな」
「お姉さんさ、愛想悪いよ?」
さらに笑いだす男達。あ? 笑ってんだろーがよ必死に。つーか、手離せよ。
「あの、離してください」
「えー、客に対して何? その態度」
「俺達料理について質問しようとしてただけなんだけど」
してねーだろうが。何なんだよ。
周りの客もざわつき始める。でも、厨房にまではまだ声が届いてないみたいだ。
「何でしょうか?」
「リサちゃんっておいしい?」
「は?」
わたしの反応に男達はゲラゲラと笑いだして、手を掴んでた男がそのまま立ち上がった。
「俺さー、前からお姉さんの事気になってたんだよねー。細身の方がタイプだし」
その男がわたしの腰に手を回す。寒気がした。
「お前さっきと言ってる事ちがくね?」
「いやいや、フロルちゃんも好きだけどね。ねえ、味見してもいい?」
「あははっ、マジかよ!」
何なんだよ。何で、声が出なくて、体も動かないんだよ。いつもみたいにブチ切れろよ。
男の顔が近づく。その時。
「すみません、少し悪のりが過ぎますよ」
誰かが後ろからわたしを抱き寄せるように男からはがした。
「いっ……」
男の顔が歪む。わたしの横に伸びた手が男の腕を掴んでいた。
「誰だよテメー!」
他の男達も立ち上がってその人物を見上げて一瞬たじろぐ。背の高い人物。
「ナギ……」
「あなた達こそ誰ですか? ここに何をしに来てるんです?」
「あ? 俺達は客だぞ! 飯食いに来てるに決まってんだろうが!」
必死に虚勢を張る男達。けど、ナギはそいつらを平然と見下ろしている。
「そうなんですか? あれ? おかしいな、この子は料理じゃないんですが。お皿に乗って来ました?」
ナギの言葉に周りから笑いが洩れる。男達はさらに顔を真っ赤にして怒りだした。
「あ? んなわけねーだろうが!」
「ちょっとちょっとーお客さーん! 何してるの? もー!」
客が叩いたテーブルから落ちたグラスをパッと拾うのは。
「リサに何したのー? フロル怒っちゃうよ?」
「フロル……」
「フロルちゃん、待ってました! 俺達別に何もしてねーよ」
「嘘。だってリサ泣いてるじゃない!」
フロルにそう言われて、わたしはようやく自分がすでに泣き出してしまってる事に気づいた。
「いやいやいや、俺達が泣かしたんじゃないって」
「そうそう、ただ脚綺麗だねーって褒めてやったのによ」
「まあ、フロルちゃん程胸はでかくないけどなー」
フロルがパッと胸を隠して俯いた。
「もー、またそーゆー事言う……」
それでも客の言うことを笑って必死に流そうとする。
「あの」
すると、再びナギが口を開いた。その場にいる全員がナギを見上げる。
「二人に謝ってください」
「あ? 何でだよ?」
「見てましたよね? 今、二人はあなた達の発言に傷ついていました。なので、謝ってください」
男達の顔色が変わる。怒りをあらわにして、店の空気も緊迫したものになった。駆けつけたてんちょーは、入るタイミングを見失ったのか後ろでオロオロしている。
「は? 意味分かんねー。誉め言葉なんですけど」
「二人はそう取ってはいないようですよ。誉め言葉も、相手がそう受け取らなければ誉め言葉とは言いません」
「言った本人が誉めてるっつってんだから誉め言葉だろうが!」
「違います。それはただの自己満足ですよ。実際に傷ついた顔をした二人が目の前にいるじゃないですか」
わたしとフロルはただぽかんとナギを見ていた。
「とにかく謝ってください。それに、体の事に対しての言葉はどのような意味があっても女性に対しての侮辱になりかねませんよ」
もう言葉も出ない男達に、ナギは追い討ちをかけるようにニッコリ笑って言った。
「もう少し、女性の扱い方を勉強した方がいいですよ」
周りの客から歓声が上がる。てんちょーはさりげなく拍手までしていた。
「な、何なんだよテメーは! 何でテメーにそんな事言われなきゃなんねーんだよ! 関係ねーだろ!」
さっきわたしの手を掴んでた男がナギに詰め寄る。ナギはパッとわたしを隠すように前に出た。
「関係あります。リサは僕の恋人です」
堂々と言い放ったナギに、みんなが茫然として、客達はさらに歓声を大きくする。
「偉そうな事を言いましたが、口を挟んだ一番の理由は、あなた方にリサに近づいて欲しくないからです」
「ナギ格好いいー!」
フロルがパチパチと手を叩いて飛び跳ねる。
「二人に謝罪をする気がないのなら、今後一切この二人には関わらないでください」
フロルにつられてか周りの客まで拍手をし始めた。こうなると男達はいたたまれない。何やら負け惜しみのような事を呟きながら、そそくさと席を立ち始めた。店を出ようとしたそいつらを、てんちょーが呼び止める。
「お客様、本日のお代は結構ですので今後ご来店はご遠慮願います。従業員を守る事が優先ですので。でもまあ、料理『のみ』を召し上がって頂けるのでしたら、いつでもフルコースをご提供しますよ」
ニコニコ笑うてんちょーに、男達は舌打ちをして店を出ていった。
「てんちょーも格好いいー!」
フロルがそう言うと、周りの客からも賞賛の声が飛ぶ。
「リサ、頑張ったね。大丈夫?」
ナギがわたしの頬に触れる。
「だ、大丈夫だよ。ていうか、お前は勉強したのかよ? 女の扱い方」
「ううん。僕はリサの事だけでいいから。まだまだ勉強中だけどね」
そう言って、ナギはみんなの見てる前でわたしに愛情を注ぐ。客がさらに盛り上がる。フロルは再び手を叩いて喜ぶ。ゆっくり離れたナギが、変わらない笑顔でわたしを抱き寄せた。
「正解?」
「……わたしの扱い方?」
「うん」
「……半分不正解」
「あれ? うーん、じゃあもっと勉強します」
ったく。だからみんなの見てる前でするなっての。ぎゅっと抱きしめられて、客はまるで観客のように拍手したり「良かったね」と言って泣き出したり。あれ? ここって何の店だっけって思うほどに店内は暖かい空気に包まれていた。フロルもーっと言って後ろから抱きついてきたフロルに挟まれて、わたしはやっぱりまた泣いてしまう。
ナギの勇気に、フロルやみんなの優しさに、胸がいっぱいになった。
「だ、だめだよ! どうしたのリサちゃん」
てんちょーが慌ててオーダー票とホールのテーブルを確認する。
「あー、あのお客さん達かぁ。ちょっとタチが悪いんだよね。何か言われたの?」
「…………」
わたしはてんちょーを睨む。
「い、言われたんだね、うん。いつもはフロルちゃんが上手くかわしてくれてるからねえ」
忙しい時間帯を乗り切って、わたしは達成感でかなり浮かれていた。なのに、ここに来てあの客だ。気持ちの悪い男が三人テーブルについている。よく来てるのは知っていたけど必ずフロルが接客をしていたのでどんな客かまでは分かっていなかった。
「うん、そのスープはぼくが運ぶよ。リサちゃんはそっちのお皿洗ってて」
てんちょーはスープを持ってホールに出ていった。
「はあ……」
一気に気持ちが沈んだ。せっかく、仕事が楽しくなって来てたのに台無しだ。何か言われたかって? 脚が綺麗だって褒められたよ。でも、すっっごく嫌な気分になった。気持ち悪くて仕方なかった。
それに、ぶつかった振りしてたけど、謝ってきたけど……あれは、絶対にわたしの脚を触った。その感触が今も太ももに残っていて泣きそうになった。
殴り飛ばしてやろうかと思ったけどできなくて、本当はスープをかける勇気もなくて。何故かてんちょーにそれを言えなくて。どうしようもなく恥ずかしくて。
でも、しっかりしなきゃ。
だって、フロルはショーが終わったらすぐくるって言ってた。ナギが、仕事見にきてくれるって言ってた。せっかく二人に元気を貰ったんだから頑張らないと。
次は、ちゃんと自分で料理を運ばないと。次の料理が上がった時、わたしはてんちょーに自分で運ぶと言った。これくらい出来るようにならないと、フロルがいつまで経っても安心して休めない。
「大丈夫? リサちゃん」
「大丈夫です」
料理を置いて、すぐに戻って来ればいいんだ。大丈夫大丈夫。深呼吸してテーブルへ進む。
「お、来た来たー。何でスープは持って来てくんなかったのー?」
ニヤニヤ笑う男達。大丈夫、笑顔笑顔。
「お待たせしました」
わたしは構わず料理をテーブルに置く。すると、男の一人がわたしの手を掴んだ。
「ほっそ! そんな腕でよく仕事できるねー。俺達手伝おっか?」
「結構です。離してください」
鳥肌が立つ。でも男はわたしの手を離そうとしない。
「ねー、フロルちゃんは?」
「今日は休みです」
見りゃ分かんだろーが。
「えー、やっぱフロルちゃんじゃないと来た甲斐ねーな」
「お姉さんさ、愛想悪いよ?」
さらに笑いだす男達。あ? 笑ってんだろーがよ必死に。つーか、手離せよ。
「あの、離してください」
「えー、客に対して何? その態度」
「俺達料理について質問しようとしてただけなんだけど」
してねーだろうが。何なんだよ。
周りの客もざわつき始める。でも、厨房にまではまだ声が届いてないみたいだ。
「何でしょうか?」
「リサちゃんっておいしい?」
「は?」
わたしの反応に男達はゲラゲラと笑いだして、手を掴んでた男がそのまま立ち上がった。
「俺さー、前からお姉さんの事気になってたんだよねー。細身の方がタイプだし」
その男がわたしの腰に手を回す。寒気がした。
「お前さっきと言ってる事ちがくね?」
「いやいや、フロルちゃんも好きだけどね。ねえ、味見してもいい?」
「あははっ、マジかよ!」
何なんだよ。何で、声が出なくて、体も動かないんだよ。いつもみたいにブチ切れろよ。
男の顔が近づく。その時。
「すみません、少し悪のりが過ぎますよ」
誰かが後ろからわたしを抱き寄せるように男からはがした。
「いっ……」
男の顔が歪む。わたしの横に伸びた手が男の腕を掴んでいた。
「誰だよテメー!」
他の男達も立ち上がってその人物を見上げて一瞬たじろぐ。背の高い人物。
「ナギ……」
「あなた達こそ誰ですか? ここに何をしに来てるんです?」
「あ? 俺達は客だぞ! 飯食いに来てるに決まってんだろうが!」
必死に虚勢を張る男達。けど、ナギはそいつらを平然と見下ろしている。
「そうなんですか? あれ? おかしいな、この子は料理じゃないんですが。お皿に乗って来ました?」
ナギの言葉に周りから笑いが洩れる。男達はさらに顔を真っ赤にして怒りだした。
「あ? んなわけねーだろうが!」
「ちょっとちょっとーお客さーん! 何してるの? もー!」
客が叩いたテーブルから落ちたグラスをパッと拾うのは。
「リサに何したのー? フロル怒っちゃうよ?」
「フロル……」
「フロルちゃん、待ってました! 俺達別に何もしてねーよ」
「嘘。だってリサ泣いてるじゃない!」
フロルにそう言われて、わたしはようやく自分がすでに泣き出してしまってる事に気づいた。
「いやいやいや、俺達が泣かしたんじゃないって」
「そうそう、ただ脚綺麗だねーって褒めてやったのによ」
「まあ、フロルちゃん程胸はでかくないけどなー」
フロルがパッと胸を隠して俯いた。
「もー、またそーゆー事言う……」
それでも客の言うことを笑って必死に流そうとする。
「あの」
すると、再びナギが口を開いた。その場にいる全員がナギを見上げる。
「二人に謝ってください」
「あ? 何でだよ?」
「見てましたよね? 今、二人はあなた達の発言に傷ついていました。なので、謝ってください」
男達の顔色が変わる。怒りをあらわにして、店の空気も緊迫したものになった。駆けつけたてんちょーは、入るタイミングを見失ったのか後ろでオロオロしている。
「は? 意味分かんねー。誉め言葉なんですけど」
「二人はそう取ってはいないようですよ。誉め言葉も、相手がそう受け取らなければ誉め言葉とは言いません」
「言った本人が誉めてるっつってんだから誉め言葉だろうが!」
「違います。それはただの自己満足ですよ。実際に傷ついた顔をした二人が目の前にいるじゃないですか」
わたしとフロルはただぽかんとナギを見ていた。
「とにかく謝ってください。それに、体の事に対しての言葉はどのような意味があっても女性に対しての侮辱になりかねませんよ」
もう言葉も出ない男達に、ナギは追い討ちをかけるようにニッコリ笑って言った。
「もう少し、女性の扱い方を勉強した方がいいですよ」
周りの客から歓声が上がる。てんちょーはさりげなく拍手までしていた。
「な、何なんだよテメーは! 何でテメーにそんな事言われなきゃなんねーんだよ! 関係ねーだろ!」
さっきわたしの手を掴んでた男がナギに詰め寄る。ナギはパッとわたしを隠すように前に出た。
「関係あります。リサは僕の恋人です」
堂々と言い放ったナギに、みんなが茫然として、客達はさらに歓声を大きくする。
「偉そうな事を言いましたが、口を挟んだ一番の理由は、あなた方にリサに近づいて欲しくないからです」
「ナギ格好いいー!」
フロルがパチパチと手を叩いて飛び跳ねる。
「二人に謝罪をする気がないのなら、今後一切この二人には関わらないでください」
フロルにつられてか周りの客まで拍手をし始めた。こうなると男達はいたたまれない。何やら負け惜しみのような事を呟きながら、そそくさと席を立ち始めた。店を出ようとしたそいつらを、てんちょーが呼び止める。
「お客様、本日のお代は結構ですので今後ご来店はご遠慮願います。従業員を守る事が優先ですので。でもまあ、料理『のみ』を召し上がって頂けるのでしたら、いつでもフルコースをご提供しますよ」
ニコニコ笑うてんちょーに、男達は舌打ちをして店を出ていった。
「てんちょーも格好いいー!」
フロルがそう言うと、周りの客からも賞賛の声が飛ぶ。
「リサ、頑張ったね。大丈夫?」
ナギがわたしの頬に触れる。
「だ、大丈夫だよ。ていうか、お前は勉強したのかよ? 女の扱い方」
「ううん。僕はリサの事だけでいいから。まだまだ勉強中だけどね」
そう言って、ナギはみんなの見てる前でわたしに愛情を注ぐ。客がさらに盛り上がる。フロルは再び手を叩いて喜ぶ。ゆっくり離れたナギが、変わらない笑顔でわたしを抱き寄せた。
「正解?」
「……わたしの扱い方?」
「うん」
「……半分不正解」
「あれ? うーん、じゃあもっと勉強します」
ったく。だからみんなの見てる前でするなっての。ぎゅっと抱きしめられて、客はまるで観客のように拍手したり「良かったね」と言って泣き出したり。あれ? ここって何の店だっけって思うほどに店内は暖かい空気に包まれていた。フロルもーっと言って後ろから抱きついてきたフロルに挟まれて、わたしはやっぱりまた泣いてしまう。
ナギの勇気に、フロルやみんなの優しさに、胸がいっぱいになった。
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