DEAREST【完結】

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第120話 語り部

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 『ジキルタウン』。豪華客船ともとれるような巨大な船。世界中の海を自由に走り回る街。来るものは拒まず、去るものは追わず。完全に個人主義。
 その自由な風潮の街では賭博をする者や店を経営する者、ただのんびりと毎日海を眺める者など、さまざまな者が住んでいました。
 そして、いつからか『幻の街』と呼ばれるようになったのはあまりにも神出鬼没な為。
 各地の港に停泊した際に、幸運だと言って乗り込む者もあれば、もうごめんだと船を降りる者もいました。
 しかし、ここ数年、港でこの船を見かける事はなくなりました。
 この船を見つける為には、ただ海を漂えばいい。運がよければ出逢える。そんな噂が立つようになっていました。
「ねえねえ、変なとこない?」
「うんうん! ディーは今日も可愛いよー」
「本当?」
「本当本当ー!」
 フロルの前で何度もくるくると回って見せるディー。ようやく満足したのか、ニッコリ笑って部屋を飛び出して行きました。
「ディーの奴、今日は一段と気合い入ってるなー」
 まだ朝食をとっている最中のタキが、不思議そうにその姿を見送りました。
「昨日何かいい事あったのかな? 何かお花貰って帰って来てたし」
 テーブルに飾られた花瓶を持って、水を替えに行くフロル。
「へー、誰に?」
「それがね! 教えてくれないの! 気になるー!」
「俺は別にそこまで気にならないけど。あれ? ていうか、すげー普通に仕事サボってるけど。あいつ今日俺と仕事のはずなんですけど」


 ディーは一直線にステージへ向かいました。そして、まだ静かなその部屋の扉をそっと開けます。
「コケシ、いる?」
 中からは返事は返って来ません。コケシはまだ来ていないのでしょうか。
「コケシー……」
 ステージにもライトがついていない為、中は真っ暗です。仕方がないので、ディーは扉の前で待つ事にしました。
 どれくらい待っていたでしょうか。疲れて来たディーがその場に座った時、廊下の向こう側から話し声が聞こえて来ました。
「見たか? あれ、調査団の船だったぜ?」
「軍人さんがこの船に何の用かね?」
「でもたったの三人で、しかも全員ガキだったぜ? どうせ遭難したとかそういう感じだろ」
 『軍人』『調査団』。そのワードに不安を覚えたディーは、もっと話をよく聞こうとその声のする方へと近づいて行きました。
 ですが、角を曲がって声の主に出会った所で、ディーは固まってしまいました。
「お? アンジュちゃんじゃねーか? 最近見ないから心配してたんだぜ?」
 それは、いつも賭場にいる大人達でした。ディーの表情は恐怖に染まっていきます。そこには、あの時のおじさんもいたからです。
「あ……」
 逃げ出そうにも足が動きません。おじさんはそんなディーの腕を掴みました。
「今日は『保護者』はいないみたいだな」
 おじさんがニヤリと笑うと、残りの二人もディーを取り囲むようにしてしゃがみました。
「聞いたぜ、アンジュちゃん。イカサマだったんだって?」
「ダメだろ? そんな事しちゃ。今からそんなんじゃ、ロクな大人になれないぞ?」
 何も答えられず、ディーの体が震え始めた時。
「へー、じゃあおじさん達みたいな大人になっちゃうって事?」
「あ? 誰だ!」
 突然聞こえて来た声に、おじさん達が振り向きます。だけど、そこには誰もいません。
「どこに行きやがっ……おわぁ!」
 大人達は驚いて立ち上がりました。間に割り込んでしゃがみ、ディーの事をジロジロと見ている人物がそこにいたからです。
「お、お前、いつの間に?」
「んー、多分スケッチブックの子だよね? えーっと『ディー』? だっけ?」
 ディーは答える事ができずにいました。
 それもそのはず。
 そこにいる人物が、ここにいるはずのない人物で、まるで奇跡が起こったような状況で、ディーは涙をぽろぽろと大粒の涙をこぼしました。
「カモメ……なの?」
 そう呼ばれて首を傾げるのは、ディーの事を見てもまったく表情を変えない『ベル』でした。
「あー、そっかそっか。ハロースカイでの名前だっけ? あのね、カモメって呼ぶのやめてくんない?」
 そう冷たく言い放つベルに、抱きつこうとしたディーが止まります。すると。
「おい! 何なんだよテメーは!」
 おじさんがそう言ってベルの肩を掴みました。が、次の瞬間。ベルはその腕を掴んだままおじさんを投げ飛ばしたのです。
 かなりの体格差があるにも関わらず軽々と行われたその行動に、大人達は口をあんぐりと開けます。投げられたおじさんは口から泡を吹いて気絶していました。ベルは残りの二人に近づきます。
「ねえねえ、この子借りていい? ぼく、この子に話があるんだ」
「どーぞどーぞ」
 大人達はそう言って倒れたおじさんを置いたまま一目散に逃げて行きました。
「よし、んじゃ隊長さん達のとこ行こっか」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何で、何で、カモメがここにいるの?」
 ディーの手を掴んでスタスタと歩き出すベルに、ディーは慌ててそう聞きました。しかし、ベルは足を止めず、半ば引きずるようにディーを連れて行きます。
「だから、その呼び方やめてよ。何か変だからやだ。ぼくの名前はベルだよ」
「カ……ベル! 何で生きてるの? 死んだんじゃなかったの? それに、その服……」
 そう聞きながらも、ディーの涙は止まりません。今すぐ抱きしめて再会を喜びたい。そんな気持ちでいっぱいなのに、ベルは自分を見ようともしないのです。
「生きてちゃ悪いの?」
「悪くないよ! 良かったに決まってるじゃん! だって、だって、すごくすごく会いたかったんだよ?」
「ありがとうございますー。でも、きみの事覚えてないから何と言っていいのやら」
「……え?」
 その言葉は、ディーに大きなショックを与えました。ベルの背中を見ながら、引きずられるように歩きながら。小さな声で問いかけます。
「おれの事……覚えてないの?」
「うん。あ、お兄さんの事なら覚えてるんだけど……って、あれ?」
 ベルの足が止まりました。そして、こちらを振り返ります。そこには悲しい顔をしたディーがいるのに、ベルは気にする素振りさえ見せません。
「『おれ』って……きみ男の子なの?」
「……そうだよ」
「へー、なのにそんな格好してるの? 変なの」
「……変なのはカモメでしょ? おかしいよ。何で、そんな事言うの?」
「だから、カモメって呼ぶのやめてってば。それに……そういう目で見ないでください。気持ち悪いから……いたっ!」
 ディーがベルの足を踏みつけました。ベルがその場にうずくまります。
「気持ち悪いのはカモメじゃん! バカ! バカバカバカバカバカバカ!」
「はい? 意味分かんないんだけど」
「ディ、ディーくん? どうしたんですか?」
 そこへ通りかかったのはコケシでした。走り寄って来たコケシは、ベルを見て立ち止まります。
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