DEAREST【完結】

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第96話 語り部

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「お前、腕どうした? フロルに……やられたのか?」
 血の滴る袖を見てジュジュは心配そうに腕に触れます。
「ううん、違う……でも」
 ユズはジュジュに体を預けたまま視線だけをフロルに戻しました。廊下に倒れていたフロルがゆっくりと起き上がります。
「全部バレてるみたいやで」
「え?」
 完全に立ち上がったフロルを警戒して、ジュジュも立ち上がるとユズを自分の後ろに隠します。 
「ユズ、こいつが来てるって事はジオ達もいるのか?」
 ユズは小さく頷きます。
「手分けしてわたしらを探してるみたい」
「そうか。めんどくせー事になっちまったな」
 フロルはパンパンと服の汚れを払い髪もせっせと直しています。
「ジュジュ、救世主は?」
「その話は後だ。そっちこそディーは?」
「その話も後。来るで」
 パッとフロルがジュジュ達の方を向いてニコーッと笑いました。
「ジュジュ、本気で蹴るなんてひどーい」
 メイド姿のジュジュを上から下まで眺めるフロル。そして、一人納得したようにうんうんと頷きます。
「そっかぁー。ジュジュメイドだったんだもんね。もしかしてー、協力者だったのかな?」
「だったら何だ?」
「ジュジュもリサを恨んでるの?」
「リサ? お前、リサの知り合いだったのか?」
「今質問してるのはフロルなんですが? ていうか同じリアクション取らないでください! 仲良しさんだなー、もう!」
 フロルはそう言って床に落ちたままのベストを指差しました。
「これを見てフロルとユズちゃんがどんなお話してたか分かるよね?」
 ジュジュはそのベストを見て舌打ちをしました。
「ああ、それはあたしがユズに着せたもんだ」
「へー! なるほど!」
 フロルは床に落ちたナイフを拾い上げます。それを見てジュジュは構えをとりました。
「ジュジュ、わたしのナイフもどっかいったし、こっちの分が悪すぎじゃない?」
「あんなガキ一人余裕だっつの。つーか、何であたしらが戦わなきゃなんねーんだよ?」
 ナイフをクルクルと回すフロルから一切目を離さずにジュジュは小声で後ろに話しかけます。 
「そんなん簡単やん。わたしが救世主を狙ってるから。それに、わたしらの代わりに処刑された子……フロルも知り合いやったみたいやし」
「え?」
 ジュジュが一瞬目を逸らした時フロルが一気に間合いを詰めました。
 刃を後ろに構えて持ったナイフを横へ振ります。咄嗟の判断でユズを後ろへ押して、下へしゃがんでナイフを避けたジュジュ。足を踏ん張りかわされた軌道を強引に持ち直すフロル。そのまま真下にいるジュジュを狙いますが、ジュジュはすでに次の行動へ移っていました。
 伸ばした手はフロルの腕を掴んで刃を止め、そのまま立ち上がると体重をかけるようにしてフロルを後ろへ押し倒しました。背中を打ち付けた拍子に手からナイフも滑り落ちます。
 さすがのフロルもジュジュの力には敵いません。体格差もあり上に乗られてしまうと起き上がる事もできません。
「フロル、落ち着けよ。あたしはお前とは戦いたくない」
「えー、薬は盛るのに?」
「今日のお前は可愛くないな」
「ジュジュもね」
 あははと笑って足をばたつかせるフロル。それでもびくともしないジュジュの体。
「んー、フロル離して欲しいんですけど」
「お前がユズに何もしないって誓うならな」
「それはダメ。ユズちゃん、リサの命を狙ってるもん」
「あたしが説得する。それにな、『ナギ』が死んだのはユズのせいじゃない」
 抵抗する力がふっと緩みます。フロルが大きく目を見開きました。
「ジュジュ、ナギを知ってるの?」
「ああ。ナギが死んだのはあたしのせいだ」
「……何で」
 その時、いつの間にか隣に来ていたユズがナイフを拾って振りかざしたのです。
「ユズ!」
 ジュジュは思わずフロルに覆い被さりました。ナイフがピタリと直前で止まります。
「あっぶな! 何してるんよ!」
「それはお前だろ! 何やってんだ!」
 ジュジュは力を緩めないまま顔だけユズの方へ向けます。
「そこどき。もう、わたしは後戻りできひん」
「ユズ、頼むからそんな事やめてくれよ。お前の手が汚れるとこなんて見たくない」
「……じゃあ、あんたがやって」
 ユズは刃を指で持つと柄の部分をジュジュに向けました。
「は?」
 ジュジュはゆっくり体を起こします。フロルの手は押さえたまま。覆い被さっていたジュジュが動き、フロルの視界にそのナイフが入りました。
「その子、全部知ってるもん。今何とかしとかな後々厄介になる」
「できるわけないだろ。なあ、お前どうしちまったんだよ? フロルは仲間だろ?」
「わたしはもうハロースカイじゃない。なあ、ジュジュ」
 ユズがジュジュの隣にしゃがみます。ナイフもさらに近づきました。
「もう、仲間じゃないんよ。あの時から……今日までずっとみんなを騙してた」
「でも」
 ほんの一瞬、わずかにジュジュの力が緩みました。フロルはバッと体を起こすと迷わずにナイフの柄を掴んで横に流すように振りました。
「ユズ!」
 ユズの手のひらが切り裂かれ、辺りに血が飛び散ります。フロルはジュジュの体を力一杯押してそこから抜け出しました。しかし、ジュジュはフロルの事はお構い無しにユズの元へ。
「ユズ、大丈夫か?」
「いったぁ……やってくれんな。クソガキ」
「ふふーん。脱出成功! さらに形勢逆転!」
 フロルは二人を見下ろしてナイフを突きつけました。
「フロルはできるよ! リサを守るためならできる!」
 ジュジュはすぐにユズの前に出てフロルを見上げます。
「フロル……何でだよ?」
「だって、リサが死んだらタキが悲しむもん」
 それを聞いてジュジュは悲しそうな表情を見せた後、大きくため息をつきました。
「またタキかよ。お前男の事しか頭にないわけ? 自分の考えとかねーの?」
「タキの悲しみがフロルの悲しみだよ。だから、だからリサが死んだら、フロルも悲しい。すごく、すごく、悲しい」
 フロルはジュジュの後ろに隠れるユズに笑いかけました。
「すっごく悲しい想いをしたら、フロルもかわいそうな子になるのかなぁ? かわいそうなユズちゃん」
 ジュジュはフロルを気にしながら、手を広げてユズを牽制します。
「ユズ、動くなよ。ただの挑発だ」
「確かにお父さんが死んじゃったのはかわいそうな事です! だけど、ユズちゃんが性格の悪い子になったのはそのせいでしょうか?」
「だ、誰が性格悪い子やねん!」
「ユズ、挑発に乗るなって。あと、そこが可愛いから」
「うるさい! フォローになってへん!」
「子どもを育てるのは親! でも、成長するのは自分自身です!」
 フロルはナイフをビシッと二人に向け直しました。
「親がいない子でも、ちゃんとしたお父さんやお母さんがいない子も、成長できるんだよ! 優しい人になれるんだよ! いいお父さんが育ててくれたのに、その優しさを無駄にしたユズちゃんが悪い!」
 ユズは何も言い返せず涙を流しました。その悲しい声がジュジュの耳に届きます。キッとフロルを睨みつけるジュジュ。そして、ゆっくりと立ち上がります。
「お前の言う通りだよ、フロル。成長するのは自分自身だ」
 ジュジュはフロルの方へ一歩踏み出しました。フロルは微動だにしません。ナイフの刃先がジュジュの胸に当たります。
「あたしには、親がいない。顔も知らない。でも、今の自分の状況を、罪を、その環境のせいにするつもりは一切ない。間違ってる事も分かってる。でも、あたしもお前と同じだ、フロル。ユズの悲しみはあたしの悲しみだ。だから、こいつがどんなに性格悪い女でも泣かせる奴は絶対許さない!」
 ジュジュの手が動き、フロルがナイフを引くよりも振るよりも早くその刃を掴みました。そして、フロルの手からナイフを引き抜いて柄の部分で殴りつけました。
 こめかみに直撃したそれは、フロルの視界を歪ませ、意識までも奪おうとしました。
 しかし、フロルは床に倒れても必死に自分を繋ぎ止めます。ぐらつく頭を押さえジュジュを見上げました。
「悪いな、フロル。命までは奪わない。だから、いい夢見ろよ」
 そして、血が流れ落ちる手で再びナイフを振り上げました。
「……痛っ!」
 その時、鋭い痛みがジュジュを襲いました。まるで鞭で打たれたような痛みに、ナイフが手から滑り落ちて廊下を走ります。
 ジュジュの隣をくぐり抜け、フロルに駆け寄り、立ちはだかったその人物。フロルの目がキラキラと輝き出します。
「フロルに触るな!」
「タキ……」
 そこに立っていたのは、小麦粉まみれで、濡れた手拭いを持って、背中に剣を背負ったタキでした。
「……何で粉まみれ?」
 思わず三人の声が被ります。
「こ、これは死闘をくぐり抜けてきた証ですよ! ていうか、ジュジュさん! フロルに何するつもりなんですか!」
 ずぶ濡れの手拭いを突きつけるタキ。ジュジュは怪訝な目でそれを見つめます。
「今の……その布っ切れでやったのか?」
「水を多く含んだ布は思い切り振れば武器になるんです。これは……カモメさんに教えてもらいました」
「ベルに?」
「粉まみれになるのも教えてもらったんか?」
「だからこれはあまり深く触れないでください! とりあえず、俺は一人で二人も賊を倒して来たんです! 二人とも今は仲良くのびてますよ!」
 鼻を高くするタキにフロルが後ろで「すごーい」と手を叩きます。
「のびてる、ねぇ。それで倒したとか言えるんだから、お前すげーよ」
「ありがとうございます!」
「いや、皮肉のつもりだったんだけど。何で剣を使わない?」
「……人間に、仲間に、剣を向けられません」
 タキはぎゅっと手に力を込めます。
「何でこんな事になってるのか、何で俺達を置いていったりしたのか、俺には分かりません。でも、フロルを傷つけるなら、いくら仲間でも黙って見てられません。なので、これで戦わせて貰います」
 手拭いをグッと前に突き出すタキにジュジュはやれやれと首を振ります。
「お前じゃあたしに勝てねーよ」
「やってみなくちゃ分かんないですよ」
 ブンブンと手拭いを振り回すタキ。
「振り回すな。冷たいから。すげー水飛んでくっから」
「フロルは俺が守ります」
「タキ、フロル嬉しい!」
 すると、フロルが後ろからタキに抱きつきました。
「フ、フロル?」
「ありがとう、タキ。ごめんね」
「な、何でフロルが謝るんだよ?」
「フロル、あと少しでタキを悲しませちゃうところだった……タキは、やっぱり優しいね」
「よ、よく分かんないけど。俺は別に優しくなんかねーよ」
「ううん、優しいよ。すっごく優しい」
「あ、ありがとう。でも、もしそうだとしたらこの優しさはお前から貰ったものだよ」
「タキ……」
「フロル……お前は俺が守るから安心しろ」
「……うん!」
「さあ、勝負だジュジュさん! 俺が勝ったらみんな仲直り……って、二人ともいないし!」
 ジュジュとユズの姿はもうそこにはありませんでした。 
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