DEAREST【完結】

Lucas’ storage

文字の大きさ
上 下
76 / 221

第75話 語り部

しおりを挟む
 部屋にカモメを運び込んだリーダーは休む間もなく家を出ようとしました。それをタキが慌てて追います。
「リーダー! 俺も行きます!」
「お前は怪我をしているだろう?」
「平気です!」
「しかし……」
 食い下がるタキにリーダーは困り気味です。その時、誰かが二階から降りて来ました。
「ドロ、いい加減にしい。あんたが行っても足手まといやろ? この人ひとりの方が早いに決まってるやん」
 そう言って階段を降りてリーダーの前に立つユカワ。
「そうやろ?」
「ああ、すぐに戻る」
 そんな二人のやり取りを見てタキは俯きます。
「ドロ、ここはお前に任せる。みんなを頼んだぞ」
 リーダーは励ますようにタキの肩に手を置きました。
「リーダー……。はい!」
「じゃあ、行って来る」
「あ、待ってください!」
「ドロ」
 睨んでくるユカワにタキは手をぶんぶんと振りました。
「い、いや違います。あの、呪いをかけた魔物に心当たりがあるんですよ」
「どの魔物だ?」
「俺を連れてった奴です、ディーが腕と尻尾を切り落としたのですぐに分かると思います」
 ユカワはああと言って手を叩きました。
「あいつか。でも、本当にそいつ?」
「カモメさんが呪いをかけられたとしたら、あの時しか思い当たる時がないです」
 確信に満ちたタキの目を見てリーダーは分かったと頷きました。
「自警団に気ぃつけや。村長がわたしらの事どういう風に話してるか分からんし」
「ああ。ユカワ、ドロ。ここを頼むぞ」
 そしてリーダーは隠れ家を飛び出しました。
 辺りはすでに暗くなり始めていてタキの心にはわずかな不安が残ります。
「よし、わたしらはあの子の看病やな」
 リーダーの姿が見えなくなるとユカワはまた階段を上がり始めました。
「あ、あの。リーダーは……大丈夫ですよね?」
「は? 当たり前やん。あの人を舐めんといて。ほんまにめっちゃ強いんやから」
 ユカワはまるで自分の事のように鼻を高くします。
「ほら、はよおいで」
「はい」
 少し安心したもののタキの胸騒ぎはおさまりません。
「どしたん? あ、そっか。あんたも怪我しとったな。薬箱取ってきたるわ」
 胸を押さえるタキを見てユカワが引き返して来ます。
「あ、いえ。大丈夫で……いたっ!」
 すれ違いざまに脇腹を小突かれタキは涙目になってそこを押さえました。
「何するんですか」
「強がんなって。ほら、先部屋に戻っとき」
「……はい」
 ユカワはさっさと歩いて行ってしまいます。実際、怪我がつらかったタキは素直に二階へと戻るのでした。
「あ、カモメが起きたよー!」
 二階の部屋へ入ると看病をしていたフロルがタキに抱きつきました。ディーはベッドの脇に椅子を置いてカモメの手を握ったまま座っています。
「そっか! よかった」
 タキはベッドに近づいて顔を覗き込みます。
「カモメさん、大丈夫ですか?」
「……んー、大丈夫。リーダーは?」
 カモメの顔は赤く呼吸も苦しそうです。手を額に当てたまま視線だけでリーダーを探しました。
「リーダーは呪いをかけた魔物を倒しに……」
「えー……呪いー?」
「おそらく。カモメさん、魔物の目見ませんでした?」
 カモメはうーんと唸った後「見たかも」と言ってヘラヘラと笑いました。タキとフロルは呆れたようにため息をつきます。
「村長さんにお話聞いたとこだったのにー。カモメってばー」
 フロルがカモメの頬をつつきカモメはそれにも笑顔で「ごめんなさーい」と返します。ディーは黙ったまましょんぼりとして座っていました。自分の手が握られている事に気づいたカモメはゆっくりとそちらを向きます。
「……ディーくん、抱っこできなくてごめんね」
 ディーはふるふると首を振ります。そこへ薬箱を抱えたユカワが部屋に入って来ました。
「あ、起きたん? いける?」
 ユカワはフロルに薬箱を渡すとベッドに腰かけます。フロルはさっそく薬箱を開けてタキの手当てに取りかかりました。
「うん……平気平気。何か、重めの風邪って感じです」
「ふーん」
 ユカワはそっけなく答えるとカモメの額に当てていたタオルを水に浸しました。
「もー熱々やし。めっちゃ熱高いんちゃう?」
「そーでもないですよー」
 タオルを軽く絞りまた額へと乗せるユカワ。
「で? 何で黙ってたんよ?」
「えー……」
「ドロと合流した時に言えば良かったやんか。まだ魔物近くにおったかも知らんのに」
 ユカワはそう言ってカモメを睨みつけます。
「うん、まあ。でも村の人も近くにいたしね……」
 その答えに一瞬言葉を詰まらせますが、ユカワはさらに問い詰めました。
「じゃあ、村出る前に言えば良かったやろ? もう村の人もちゃんと送り届けた後やったんやし」
 すると、カモメはまたディーの方を見て微笑みました。
「ディーくんが連れてかれちゃったら、嫌だしね……」
「……カモメ」
「もしも、保護が目的だったとしても……それって、ディーくんには『いい人』じゃないもんね」
「でも」
「ユカワさん、もういいじゃないですか」
「そうそう! きっとリーダーがパパーっとやっつけて来てくれるよ!」
 タキとフロルが間に入り、ユカワもそれ以上は何も言いませんでした。
 そして、数時間が経過しましたがカモメの熱はいっこうに下がる気配を見せません。部屋は静まり返り、たまにフロルが喋るくらいです。
「リーダー、そろそろ魔物をやっつけてる頃かなー?」
 フロルは椅子に座って足をパタパタと揺らしていました。
「さあ? もしやっつけてたら、この子の熱が下がるから分かるやろ」
 ユカワは先程よりも苦しげな様子のカモメを見下ろしました。
「この子に何かあったらどうしよう……」
「変な事言わないで下さいよ。カモメさんならきっと大丈夫です」
 そう言うタキも不安そうな表情です。
「シュシュが帰って来るまで頑張るんやで……」
 ユカワはそう言ってカモメの手を握りました。 
「ユカワちゃん、疲れてるんじゃない? お部屋で休んでていいよ! あとはフロル達に任せてー!」
 フロルはそう言って立ち上がるとユカワの肩を叩きました。
「でも……」
 そう言って目を伏せるユカワはフロルの言う通り少し疲れているように見えます。
「大丈夫です。リーダーが帰って来たらすぐ伝えますんで」
「………」
 ユカワは何も言わないディーを心配そうに見た後、小さく頷きました。
「分かった……ごめんやけど、ちょっと休ませてもらうわ」
「うん!」
 フロルに付き添われ二人は部屋を出ていきました。
「じゃあ俺は水替えてくるよ。ディー、ちょっと頼むな」
 タキはぽんぽんとディーの頭を撫でますがディーはやはり何も答えませんでした。


「はいはい、横になってー! ユカワちゃん、今日頑張ってたから疲れちゃったんだね!」
「世話焼ける子が多いから疲れたんよ」
 そう言ってベッドに横になるユカワ。フロルはニコニコと笑って毛布をかけました。
「ドロが連れてかれた時も、ユカワちゃんすんごく必死になって探してくれたよね? ありがとう!」
「……別に。あんたほど必死ちゃうかったよ」
 ユカワはプイッと横を向きます。
「ふふーん。あ、ユカワちゃん寒くない? 最近冷えて来たもんね! 毛布足すね!」
 フロルはクローゼットの引き出しを開けて毛布を探し始めました。しかし、そんなフロルの手がピタリと止まります。
「…………」
 そこから出てきたのは、忘れたくても忘れられない『薄桃色のベスト』でした。
しおりを挟む

処理中です...