DEAREST【完結】

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第63話 KAMOME

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「というわけで、ぼくと結婚してくれませんか?」
「は?」
 ようやくお目覚めのディーくんに「は?」って言われました。みんなにも見せてあげたいですこの顔。
「ディーくん、寝坊ですよ!」
「今日は盗みに行かないって言ってたじゃん。続けて行くのは危ないからって」
「そうだね、でもだからと言ってまったくお仕事がないわけではありません!」
 ゆっくりと体を起こすディーくん。続きを促すように顔を上げた。
「今日から剣の特訓をしましょう! もちろん、ぼくがお相手します!」
「剣って……」
 視線をたどればそこには『例の剣』が。ぼくは頷く。
「……重いよ」
「だから特訓するんです! 大丈夫、ディーくん始めはバケツの水替えるのも大変だったのに、出来るようになったでしょ?」
「……掃除とは違うもん」
「魔物のお掃除だよ! ディーくん!」
 ボスンっと自分のベッドに座って後ろに手をつく。ディーくんとしっかり視線を合わせて微笑む。そして、さっきリーダー達と話した『盗賊団休業』の件を伝えた。
「多分みんな一緒に行動する事になるからさ。ちょっと遠くの町や村まで行くと思うよ?」
「首都から離れるの?」
「うん、しばらくはね」
「また戻ってくる?」
「うん! ここがぼく達の家でしょ?」
 ディーくんはまた剣の方を見てそっと胸元を掴んだ。
「カモメ、強くなったら悪い人やっつけられる?」
「悪い人? 魔物?」
「違う。悪い人」
 どこか遠い目をしてディーくんはそう言った。 
「……んー、『人』はやっつけちゃダメです」
「すごく悪い人でも?」
「人の『命』は奪っちゃダメです。これは、絶対」
「魔物の命は奪うのに?」
 痛い所突かれましたね。さて、難しい質問来たよ。
「魔物は人の命を奪うから。倒さなきゃ、たくさんの人が犠牲になるんだよ?」
「じゃあ、『人の命を奪った人』は?」
 お子様お得意の『何でどうして責め』ですね。しかし内容が重すぎる。何で空は青いのみたいなほのぼの質問に変えてくれませんかね。
「うーん。やっぱりダメだよ。『人の命を奪った人』の『命』を奪うのもダメ」
「何で?」
「その人の命を奪えば、今度はディーくんが『人の命を奪った人』になっちゃうよ?」
 ぼくはパッと両手を広げた。
「おいで、ディーくん」
 ディーくんは素直にこっちへ来てぼくの膝の上に乗る。ぼくはそんなディーくんを抱きしめた。
「聞こえる? これがぼくの生きている『音』」
「うん」
「ディーくん、これを奪える?」
「カモメの?」
 すごく近いディーくんの顔。大きな瞳がぼくを真っ直ぐ見つめる。
「うん。ぼくの」
「そんなのできない」
「この音が止まるっていうのが、『命』がなくなるって事。その『人』はもう話さないし、動かない」
「…………」
「ぼくが守りたいのはこの音だよ。ぼくは、『人間』が大好き。だから、『魔物』と戦う事を選んだ。でもね、ディーくんの言う『悪い人』は、やっつけても、誰も守れない。守れてないんだよ。奪われた命は絶対に戻って来ない」
「じゃあ、どうすればいいの?」
 ディーくんは昨日から泣いてばかりだ。……ぼくがそうさせてるんだろうけど。
「怒ってもいいし、悲しんでもいいから、とにかく『生きる』んだよ。ディーくん。『命』がある者の義務。死んでしまった人を胸に。忘れないで、愛したまま、その人が生きた証を受け継いで」
「……カモメの話、むずかしい」
「うん、ディーくんにはまだ早かったかな? でも、命がなくなっても『気持ち』は残る。ディーくんが『悪い人』の命を奪えば、『ナギ』は悲しむんじゃない?」
「ナギはもういないから悲しまないよ」
 顔をしかめるディーくん。
「……カモメの嘘つき」
「ぼくは嘘つきじゃないよ。おかしいだけ。ナギは悲しむ、絶対悲しむ。ディーくんにそんな事をして欲しいって思わない。そういう『気持ち』を持った人じゃなかった? 『ナギ』って人は」
 ぐいっとぼくを押しのけようとするディーくんをさらに強く抱きしめた。
「すっごく愛してくれてたんでしょ? 愛情をくれたんだよね?」
「……離して」
「あのチョーカーを見ている時のディーくんね、すっごくいい表情してるよ? とっても優しい顔」
 ディーくんの力が緩んだ。
「だからそんなに悲しい顔しないで」
「……カモメがさせてる」
「はは、そうでした! ていうか、いつもそうだよね。ごめんね」
「おれにも」
「ん?」
「おれにもできるかな? 誰かに愛をあげられるかな?」
「その『気持ち』があれば、絶対に出来るよ」
 今度はディーくんの方から抱きついてくる。
「じゃあ、とりあえずぼくに愛をあげてみますか? ぼくと結婚してください」
 ディーくんは小さく吹き出した後にクスクスと笑った。
「またそれ?」
「だってディーくん可愛いし」
「大きくなったらね」
「ん?」
「だっておれまだ子どもだもん。大人になってから結婚してあげる」
 ……これは、まさかの初成功?
「何で涙ぐんでるの?」
「感動の涙です!」
「冗談に決まってるじゃん」
 それでも一度はイエスと言われたのでばっちりカウントします。
「ねえ、カモメ。『結婚』って『愛』がなくてもできる?」
「ちょ……七歳児の質問とは思えないんですが」
「真面目に答えてよ」
「えーっと、愛は必要だと思います!」
「じゃあ……『救世主』は『王子様』を愛してるから結婚したの?」
 お! キーワード来ましたね。救世主の結婚。サイちゃんとドロの二人もおかしな反応を見せた話題。
「多分そうなんじゃないかな?」
 そう答えるとディーくんはピョンっと下へ降りて背中を見せる。
「そっか。…………なら、『もういいや』」
 そしてくるりとこちらを向いたディーくんは、とても大人びた表情で微笑んでいた。
「ディーくん、もしかして『救世主様』に会った事ある?」
「『もういいよ』。話はおしまい」
 おっと、なるほど。これ以上探りを入れるなという方の『もういい』ですか。牽制された以上、もう聞き出せそうにないな。まあ、あとでサイちゃんに聞くけど。
「カモメ、おれ頑張るね」
「うん?」
「ナギが悲しまないように、頑張って生きるよ」
 ディーくんはぼくの前に膝をつくとぼくの手を両手で握った。
「だから、一緒にいてね。見捨てないでね」
 置いていかないでの次は見捨てないで、か。
「見捨てないよ。ずーっと一緒だよ。寂しがり屋のディーくん!」
 また一歩、本当の君に近づけたかな。


 ちなみに、サイちゃんからもこの件に関しては何も聞き出せなかった。それはもうやんわりと受け流されてしまいました。ドロなんか見事にキョドってましたがサイちゃんガードが堅くて同じく収穫なし。
 気になるなぁ。ユカワちゃんもサイちゃんのガードの堅さにお手上げだ。
「もーいいわ。聞くのもめんどくなってきた」
 これですよ。
「サイとドロがどうかしたのか?」
 リーダーに関しては忘れちゃってますからね。さすがですね。
 そんなこんなで特訓の日々は淡々と流れていく。だけど、待てど暮らせどジュジュは帰って来ない。
「まあ、置き手紙でも用意しとけばいけるやろ。あの子の事やから、すぐ追いつくか、わたしら帰って来るまで家でごろごろして待ってるって」
 お風呂上がりのユカワちゃんが髪を拭きながら軽い口調でそう言った。
「無人になるのに、置き手紙は危なくない?」
 一応『盗賊団』だしね。
「あの子にしか分からんように書けばいいやん。できるやろ?」
「へいへーい」
「明日出発なんやから、あの子はよ寝かしたりや」
「了解です!」
 ユカワちゃんはリーダーの待つ部屋へと消えて行く。そんなユカワちゃんを見送っていると、入れ替わるようにドロが一階へ降りて来た。
「カモメさん、ちょっといいですか?」
「うん。サイちゃんは?」
「ディーを風呂に入れています」
「そっか。んじゃ、廊下は寒いし談話室で話聞くよー」
 ぼく達は談話室へ。ここ最近夜は冷え込むから暖炉には火が灯っている。ソファーに座るとドロも向かい側に静かに座った。
「で、お話は何でしょう?」
「えっと、ディーの事なんですが」
「うんうん」
「明日から、本当に魔物退治に参加させるんですか? あいつまだ子どもなんですよ?」
「今さらな質問ですね! 大丈夫大丈夫、ディーくんかなり強くなったし、ぼくがちゃーんと守りますから!」
「……俺、まだ一人で魔物を倒せた事がないんです」
「サイちゃんはバンバン倒してるよね!」
 ドロがうなだれる。すみません、茶々入れずに聞きます。
「自分の身も守れるかどうか分からないのに、フ……サイやディーを守れるか、不安で……」
 膝に置いた手に力が入る。俯いて、悔しそうな声を出すドロ。
「ドロ、だからぼく達『仲間』がいるんですよ! 一人で守りきろうなんて考えないでよ!」
「仲間……」
「そうそう! ドロがいい感じにうろちょろして魔物の気を引いてくれるから、ぼく達はとどめを刺しやすいんだよね!」
「それ、褒めてます?」
 褒めてます。ついでにいつもドロの面白い動きにみんなすごく和んでます。
「褒めてる褒めてる! それにドロの『耳』はすっごく役立ってるよ!」
「え?」
「いつもいち早く魔物の足音や気配に気づいてくれるでしょ? あれ、すんごい役立ってるんだよ!」
 顔を上げたドロはものすごく分かりやすく喜んだ表情。裏がないドロは本当に和む。
「そ、そうですかね?」
「うんうん! 明日からも期待してるよ!」
「はい!」
 満面の笑み。サイちゃんがよく言っている「ドロ可愛い!」の意味がようやく分かった気がします。
「ぼくも一個聞きたい事があるんですが!」
「はい!」
「救世主様とはどういったご関係で?」
「なななな何言ってるんですか? 俺は救世主とは会った事もないですよ! それじゃあもう寝ますおやすみなさ痛っ!」
 慌てて立ち上がったドロはテーブルに足をぶつけてそのまま逃げるように部屋を出ていった。最高だな、本当。ぼくは一人ソファーで笑いこけていた。


 ジュジュ、結局間に合わなかったね。
 手紙は残さないけど、代わりにこれを置いて行きます。盗品で申し訳ないんですが、君の指に合えば嬉しいです。
 ここで『待ってて』という意味も込めて。帰って来たら、玉砕覚悟で言ってみたい事があるんです。ノルマは達成してないし、返事は確実に決まっている事も知っていますが、だけど、愛をあげたくなったんです。
 だから、言わせて下さい。『結婚してください』って。
 ジュジュ、会える日を楽しみにしています。
 とりあえず、ぼく達は明日『世界救出』の旅に出ます!
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