DEAREST【完結】

Lucas

文字の大きさ
上 下
62 / 221

第61話 KAMOME

しおりを挟む
「さーてと、んじゃ帰ろっか!」
「何か疲れちゃった」
 フードを被ったままのディーくんと下町の通りをのんびり歩く。街灯には明かりが灯り始めていた。
「まあ、最初はそんなもんだよ」
「お金に替えるって?」
「ああいうものを専門に買い取ってくれるお店があるんだよ」
「ふぅん。お金に替えてから渡さないの?」
「ぼく達が売ったら『盗品』だけど、あの子達が売れば『拾い物』になるんですよ」
「よく分かんない」
 ディーくんは両手を頭に当てて首を傾げる。
「あははっ、アンジュちゃん可愛い」
「あ、それ。アンジュって何?」
「お仕事用の名前! ディーくんには結局つけてなかったし!」
「何でアンジュなの?」
「んー? 確かどこかの国の言葉か古代語で『天使』って意味の言葉だよ」
「天使……」
「そ! ねえねえ、ディーくん。他に聞きたい事はない?」
「え?」
 ぼくは足を止めてディーくんと向き合った。少なくなってきた通行人がぼく達を避けて歩いて行く。
「普通は最初にあの『子ども達』の事を聞かない? 何であんな場所にあんなに子どもがいっぱいいるの? って」
「…………」
「何で盗んだ物をあの子達にあげるの? とか。あ! もしかして、『どういう』子ども達か知ってたとか!」
 ピッとディーくんに指を向ける。ディーくんは何も答えない。
「ぼくの本名は『ベル』です! さっきその名前を聞いて何も思い出さなかったでしょーか?」
「…………」
 その時ぼくの後ろで扉が開く音がした。するとディーくんがぼくに飛びついて来た。
「ディーく……」
「名前呼んじゃダメ。見つかっちゃう……」
 小さな声でそう言うディーくん。後ろを振り返るとおばあさんが看板を家の中へ持って入る所だった。チラッと見えた看板は『植木屋』のもの。
「大丈夫。おばあさんはもうお家に入ったよ」
 そう言うとディーくんはぼくの手を引っ張って早足で歩き出した。
「どーしたの? 知ってる人?」
「……首都に来た日にね、さっきの人の家に住むことになったの」
「へえ。じゃあいい人?」
 バッと振り返ったディーくん、フードから覗く大きな瞳に涙を溜めていた。
 言わなくても分かって欲しい。そんな顔をしているディーくん。でも。ごめん、そこまでしか分かんないや……。
「あの人の所に戻りたい?」
 ディーくんは激しく首を横に振った。どうやらかなり大きく間違ってしまったらしい。
「いい人そうだったけど……」
「『いい人』だよ。見つかったら絶対また一緒に住もうって言ってくれる。でも、それは今のおれには『いい人』じゃないの」
「どういう事?」
「カモメと一緒にいたいの! フロルとタキと、みんなといたいの! だから、嫌なの!」
 ぽろぽろと大粒の涙が零れた。
「お願い……いっぱいまだカモメに話してない事あるけど……隠し事はあるけど、考えてから、きちんと考えてから喋るから……だから、怒らないで」
「怒ってないよ?」
「置いていかないで」
「置いていかないよ」
 ぼくは泣きじゃくるディーくんを抱き上げた。そして、いつものアレ。ワンパターンなマジック。
 ただ、いつもと違って一回り以上大きな白い花。フードをそっと取ってそれをディーくんの髪に飾る。ヘッドドレスのように華やかに。
「可愛いよ。これで、誰もディーくんなんて気づかない。ここに来る時は、ディーくんは『アンジュ』ちゃんだよ。首都に来るのは『初めて』の恥ずかしがり屋の女の子。植木屋のおばあさんも知らない、ぼく達の『仲間』だよ」
 ディーくんの髪が風に揺れる。その姿は完全に女の子そのもので。頬を染めてはにかむその姿は、完全に『リサさん』で。
 今度はぼくが泣きそうだ。
「いっぱい変な事聞いてごめんね。待つよ、いつまでも。だから、帰ろう。ぼく達の家へ」


 魔物との戦闘を避けてぐるぐる遠回り。だけど、魔物の気配は増す。一体だけピッタリとマークしてきてる奴がいる。
 空にはすでに月が昇っていた。少しゆっくりしすぎたかな。夜になればさらに魔物の動きは活発になる。一人なら別にいいんだけどディーくんいるしな。
 繋いだ手から緊張が伝わる。でも、それは『恐怖』から来るものではないようだ。
「一回試しにやってみます?」
「……おれに勝てる?」
「ぼくが一緒だからね。とりあえずは最初は『見て』て」
「……分かった」
 ぼく達は立ち止まる。そして、素早く振り返った。
「……カモメ!」
「うん。大丈夫大丈夫」
 何て表現すればいいのか。初めて見る魔物に一瞬戸惑った。
「人魚? いや、違うか……蛇?」
 上半身は人間。男か女かも区別はつかない。髪はないし目も口もない。無機質なその体は言うならば陶器で出来た人形のよう。下半身は鱗がビッシリの長い尾。魚のようにも見えるし蛇のようにも見える。ずるずると這うようにぼく達に近づいて来た。
「ディーくん、ゆーっくり下がって」
 ディーくんは言われた通り音もなく下がった。ぼくはポケットの中からマッチを取り出した。それに火を灯す。小さな音と光。でも魔物の気を引くには充分。
 標的をぼくに絞った魔物は蛇のような素早い動きでぼくへ向かって来た。
「よっと」
 ぼくは跳んでそれをかわした。くるりと回って着地したのは『上半身』の真横。降って来たぼくに魔物はしめたとばかりに手を伸ばした。
「はいはい、どうも」
 その手を掴むと、魔物が完全にこっちを向く前に腕を掴んだまま反対側へと跳んだ鈍い音が森に響く。一回転した拍子に一瞬ディーくんが見えた。両手で耳をふさいでいた気する。
 『割れたような音』がするのかと思えば、存外普通に『骨の折れた音』ですこし可笑しくなった。
 魔物は腕をぶらりとさせて体を大きく起こした。尾で立ち上がりさらに高い位置からぼく目掛けて飛びかかって来る。ぼくは後ろへ跳んでそれを避けた。魔物はそのままぼくの後ろへ周り込もうとする。
 巻きつこうとしているのか。その動きは『蛇』そのもの。
 わざと一瞬足を止めて、そして、巻きつかれる直前にぼくは回転蹴りを繰り出す。ちょうど真後ろに来ていた『頭』目掛けて。
 人の頭とは違った感触。弱点はそこか。
 人のように手をついて地に這いつくばった魔物の頭がこっちを向くと同時に、ぼくは『それ』を踏み潰した。ガシャンと脆い音がして破片が散らばる。
「頭の中はスカスカなんだね。まさに飾りだ。ディーくん、終わったよ! 次やってみる?」
「…………」
 ディーくんはその場にペタンと座っている。
「どしたの?」
「……立てない」
「あははは! 腰抜けちゃった? ディーくんかーわーいーいー!」
「う、うるさいな!」
 ぼくは強がるディーくんを両手で抱き上げた。
「はいはい、今日はやめてまたにしよっか! 遅くなるとみんな心配するしね!」
 ディーくんはプイッとそっぽを向いた。『戦闘』に興味は持ってたみたいだけど『実戦』にはまだ早かったかな。
「ちゃんと『見て』て偉かったね!」
「……カモメって武器は使わないの?」
「使うよ? 剣でもナイフでも何でも! ぼくはその時の気分で戦い方を決めてます!」
 ディーくんは「ふぅん」と小さく呟いただけで、後は家に着くまで一言も喋らなかった。うん。月の綺麗な夜だ。ディーくんの横顔を見てそう思った。
しおりを挟む

処理中です...