DEAREST【完結】

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第41話 NAGI

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 やっぱり二人は首都にいたんだ! 沈んだ気持ちが一気に晴れていった。
「ねえ、二人が今どこにいるか知ってる?」
 だけど女の人のその言葉に僕とディーは顔を見合わせる。
「ここにいるんじゃないんですか? あの、僕達も二人を探して今日首都に来たばかりなんです」
 僕がそう答えると女の人は落胆したように長いため息をついた。
「あの子達ね、今はもうこの街にいないの」
「え?」
 女の人の言葉に今度は僕達が落胆する番だった。
 二人が首都にいない。ここへ来ればみんなに会えるものだと思い込んでいた。なのに次々と心を裂くような情報ばかりが耳に入って来る。
「あなた、あの二人の知り合い?」
「はい……同じ村で、一緒に住んでいました」
「入って」
 女の人がそう言って扉を大きく開ける。よく見ると、『宿屋』の看板が扉の上に掲げられていた。僕達が中に入ると奥の食堂のような部屋に通された。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 温かいお茶を出される。どこか懐かしい薫りのするお茶に目を細めた。
「……フロルちゃんお手製のブレンドティーよ。知ってる?」
 そんな僕を見て女の人はそう言った。
「はい。覚えてます……フロル、こういうの得意だったから」
 女の人は「そうね」と言って、フロル達がいた時の事を話してくれた。
 この宿屋で一生懸命に働くフロルとタキ。そして、怪我をしてしまったタキ。いつものようにお見舞いに行ったフロルはそのまま帰って来なくて、病室からは目を覚ましていないはずのタキも消えていた。
 それからは、この街の誰も二人を見ていないらしい。
 僕はその話を聞いてタキやフロルがそんな大変な目に遭っていたなんて知らなくてひどく胸が締めつけられた。
 二人は今どこに。タキ、大丈夫なの?
「ごめんなさいね、私がもっとちゃんと二人を見ていれば」
「い、いえ! 今まで二人を見てくれてありがとうございます……」
「ナギくん、だっけ? あなた、これからどうするの?」
 そう尋ねられ僕は言葉に詰まった。会えなかった場合の事なんて何も考えていなかった。やっぱり僕はとろいし、いつも考えが足りない。
「……僕は」
「あのね、実はフロルちゃんは城下町に行きたがっていたの」
「城下町に?」
 女の人は頷いてお茶を一口飲むと続きを話し出した。
「本人から直接聞いたわけじゃないんだけどね。タキくんを、城下町のお医者さんに診せたがってたみたい」
 フロル、やっぱりその事は諦めてなかったんだ。
「でもね、私達下町の人間は仕事や余程の事がないと城下町へは行けないの。だから、フロルちゃんが城下町へ入ったなんて話も聞いてない。でも、もしかしたら、もしかしたらよ? どうにか方法を見つけて、タキくんを連れて行ったんじゃないかって考えてるの」
 なるほど……確かにフロルならタキの為に何だってする。それに、タキもいなくなった事を考えるとその可能性は高いよね。
 お世話になった人に挨拶もできない程急いでいた。それが城下町に入れる『条件』や『理由』なら、フロルはそっちを優先する。
「もし、城下町にいるならそれでいいの。ここよりさらに安心だもの。ただ、やっぱり無事を確認したい。でも、私達は宿の仕事があって探しには行けない」
 女の人はそっと自分の手を僕の手に重ねた。
「そこにあなたが現れた。ねえ、お願いしてもいいかしら?」
「お願い?」
「ええ。知り合いに植木屋のおじいさんがいるの」
「植木屋……さん?」
「ええ。腕を見込まれて、昔から貴族のお屋敷にも出入りをしてる立派なおじいさんよ」
 そのおじいさんが何なんだろう? 僕は首を傾げた。
「そのおじいさんもね、もうかなりの年だしって次の働き手を探しているの」
「はあ……」
「あなた、そこで働かない?」
「え?」
 話がよく分からなくて間抜けな返事をしてしまった僕を女の人ニコニコと笑いながら見つめて来た。
「その仕事をすれば、貴族のお屋敷に出入りできる。つまり、『城下町』へ行けるって事なの!」
「あ!」
 ようやくピンと来た。そっか、それならフロル達を探しに行ける!
「やります! 働きます! 是非おじいさんを紹介して下さい!」
 僕がそう言うと女の人は嬉しそうに両手を叩いた。その仕草はフロルがよくしていたものと似ていて、僕はさらに胸が熱くなった。
 会える。フロル達にもうすぐ会える。単純な僕はもうその事しか頭になかった。僕達はさっそく植木屋のおじいさんの所へ連れて行って貰った。
「フロル達を見つけたらすぐに報告に来ますね!」
 本当にすぐに報告に来れると思った僕は、女の人に自信満々にそう言った。女の人は何度もありがとうと言って宿へ帰って行く。おじいさんはとても優しそうな人で、ありがたい事に住み込みで働かせて貰える事になった。
「今日からよろしくな。さあ、さっそくで悪いが仕事が入っている。その小さな子どもの面倒は家内が見てくれるよ」
 奥から出てきたこれまた優しそうなおばあさんは、ディーによろしくねと言って手を伸ばした。ディーはフードを深く被ったまま、僕の足にしがみついた。
「あらあら、お兄ちゃん子なんだねぇ」
 おばあさんはそんなディーの態度に嫌な顔一つせずにニコニコとしている。
「ディー、ちょっとだけ待ってて。僕、仕事しなきゃいけないから」
 僕はその場にかがんでディーを抱きしめた。そして、耳元でそっと囁く。
「絶対フロル達を見つけてくるから。ね?」
「うわあぁぁぁぁああああん!」
「え、ディー?」
 突然ディーが大声で泣き出した。それはもう大きな声で泣くものだからおじいさんもおばあさんもびっくりしている。
「ディー、泣かないで。大丈夫、大丈夫だから。ね? すぐに帰ってくるから……。ね?」
 ディーは一向に泣き止む気配がない。
「おやまあ、困ったわねぇ。そうだわ、おばあちゃんとお散歩に行きましょうか?」
 そう言っておばあさんもなだめてくれたけどディーは僕にしがみついたまま。おじいさんもその様子にやれやれと呆れている。
「あ、あのー、連れてっちゃダメですか?」
 恐る恐る聞いてみた。おじいさんとおばあさんは困ったように顔を見合わせる。ディーを抱き上げ、ポンポンと背中を叩いてあげると泣き声は若干収まった。
「ディー、おとなしくできるよね? 静かにお仕事見てられる?」
「うん」
 ディーはコクコクと頷く。
「うーむ。まあ、いいじゃろう」
 おじいさんはその様子を見て意外にもあっさりと了承してくれた。僕達をというよりおばあさんが真っ青な顔でオロオロしてたからかも知れない。
「ありがとうございます! あ、おばあさん。ごめんなさい、驚かせちゃって」
「いえいえ、私の方こそごめんなさいねぇ。私たちには子どもがいないもんだから、この家にはあやす物も何もなくて」
 そっか。だから後継ぎがいなくて働き手を探してんだ。
「じゃあ、そろそろ行くか。おっと、剣を持ったままじゃ門をくぐれないから、そこに置いて行きなさい」
「あ、はい!」
 僕は言われた通り入り口の近くに剣を立て掛けた。
「おや? その紋章……」
「知ってるんですか?」
 おじいさんが何かを思い出すように、真っ白なあごひげに手を伸ばす。
「ああ……懐かしいのう。立派な騎士のお屋敷で、わしも昔仕事で出入りしていた」
 じゃあ、もしかしたらアランの事も知ってるのかも!
「そうなんですか? 僕、小さな頃に奉公に来た事があるんです!」
「そうじゃったのか。しかし、本当に残念じゃったな……」
「え?」
「今はもうその屋敷は残っとらん。随分昔に賊に襲われて滅びてしまったんじゃ」
 おじいさんの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。滅びてって……。
「あ、あの、じゃあアランは? 息子さんがいたはずなんですが」
「ああ、あの子か。かわいそうに、あの子もその時に殺されてしまったそうじゃ」
 おじいさんの言葉が何度も頭の中で響いた。
 今日の僕の頭は休む暇がない。
 首都に来て、悲しい情報ばかりな所へ希望が見えて来て、でもまた悲しい事実。
 アラン。もう一度だけ、君に会いたかったよ。
 会って、今の僕を見て、信じた道は間違いじゃないって君に言って貰いたかったな。
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