DEAREST【完結】

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第40話 NAGI

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 次の朝早く僕達は船に乗っていた。村のみんなには昨日のうちに挨拶を済ませておいたから見送りはヤナさんだけ。ヤナさんは驚くほどあっさりとしていた。
「行ってらっしゃい」
 その一言だけ。だから、僕も「行ってきます」と答えて手を振った。何だか逆に嬉しくて涙が出てきそうになったけど、ヤナさんの姿が見えなくなるまでは堪えた。
 そして、港に着いた僕達は送ってくれた漁師さんにお礼を言って首都行きの船に乗り換える。
 大きな大きな定期船。これに乗るのは何年振りだろう。首都でアランにも会えたら嬉しいな。僕は剣に手を当てて水平線を見据えた。
 あと数日でとうとう首都に着くんだ。海は穏やかで何の問題もなく航海は続いていく。
「そういえば、ディーってどこに住んでたの?」
 潮風を受けながら隣に座るディーに話しかける。
「ヤナさんのお家」
「えっと、そうじゃなくてその前」
「ナギのお家」
「んーっと、リサに会う前は?」
「分かんない」
 ディーはそう言って膝を抱えた。まだ小さかったから町の名前とか覚えてないのかもな。
「そっかぁ。首都には行った事ある?」
「分かんない」
「僕はね、一回行った事あるんだよ。あのね、おっきいお城があってね」
 船の上で過ごす日々は少しばかり退屈で僕は色々な話をディーに聞かせた。ディーはあまり自分の事は話さないから僕はできるだけディーの喜びそうな話をと色々と考えた。
 明日の朝には首都に着く。今日は船室で過ごす最後の夜だ。船室のベッドは小さくて僕はディーを落とさないようにしっかりと抱いて横になった。
「明日が楽しみだね! みんなに会えるよ!」
「リサとフロルとタキ?」
「うん! リサは救世主だからすぐにどこにいるか分かりそうだけど、タキとフロルは探さなきゃね」
「三人一緒にいないの?」
「うーん、三人が一緒なら一番いいんだけど分かんないや」
「リサに会うの?」
「うん! ディーも早く会いたいでしょ?」
「…………」
 ディーは表情を曇らせて僕の胸に顔を埋めた。
「どうしたの?」
 ディーの肩が微かに震えているのに気づく。
「ディー……泣いてるの?」
「ナギは、リサが好き?」
「え? うん、好きだよ」
 ディーはさらにぎゅっと抱きついて来た。そして、声をつまらせて泣き出した。
「ディー? どうしたの?」
 こんなに泣いてるディーは久し振りに見た気がする。本当に悲しい泣き方をするディーに心が痛む。
「どこか痛いの? 何かあったの?」
 ディーは何も答えずに小さく首を振った。僕はただ抱きしめて髪を撫でてあげる事しかできない。
「泣かないで、ディー。大丈夫。みんなにちゃんと会えるよ……」
「……帰りたい」
 ディーは、本当に、すごくすごく小さな声でそう言った。何故だろう。「どこに?」とは、聞けなかった。
 ディーは夜通し泣き続けて、そして夜が明けた。


「建物がおっきーい!」
 港から街へ入った僕は首都の景色に感動していた。建物の数も人の数もクロッカスとは比べ物にならないし、街中を馬車が行き来してるのもすごい。小さな頃のぼんやりとした記憶なんて当てにならないな。こんなに凄かったっけ?
「ディー、迷子にならないようにしっかり手をつないでおこうね!」
 意気込む僕とは違ってディーは冷静だ。寝不足のせいもあるだろうけどいつにも増して大人しい。
「えーっと、とりあえず街の人に色々話を聞いてみよっか? それとも、先に宿に行く? 疲れた?」
 しゃがんでディーにそう聞いてみるとディーは首を横に振った。
「……大丈夫」
「そっか。じゃあ、疲れたら抱っこするから言ってね?」
 ディーは頷く。ディーもこう言ってくれてる事だし、さっそくリサ達を探そう!
「あの、すみません」
 僕はすぐ近くを通りかかった人に話しかけてみた。子連れの優しそうな女の人だった。
「あら? 何かしら?」
 女の人は僕を見た後ディーに微笑みかけながら言った。だけどディーはサッと僕の後ろに隠れてしまう。
「え、えーっと、この街に救世主様が来られたって聞いたんですが」
 僕がそう言うと女の人は赤ちゃんを抱き直しながらクスクス笑った。
「ええ。御披露目式を見る為にってあなた達のような方が今たくさんこの街に集まってるのよ。こんなに外から人が来るのは何年振りかしら」
「御披露目……?」
「救世主様と王子様が婚約されたものね」
「こ、婚約?」
 僕の声が大きすぎたせいか通りを歩く人達が一斉にこっちに注目した。
「婚約……って、王子様と結婚するって事ですか?」
 人の視線なんか気にしてられない程に僕は混乱していた。リサが結婚?
「ご結婚される日は決まっていないみたいだけど……でも、近いうちにされるんじゃない? ほら、救世主様は旅にも出なきゃいけないし」
「旅……」
 ああ、世界救出の……。結婚しても結局旅に出されるなんてひどいな……。
「あなた達、御披露目式が目的で来たんじゃないの?」
 女の人の声色が変わった。まずい、何か怪しまれてるかも。
「え、いや、そうです! 御披露目式を見に……。改めて聞くとすごいなぁと思って! あの、ありがとうございました!」
 僕は慌ててごまかした。これ以上突っ込むのはまずい気がしたのでとにかくその場を離れる。人波から距離を取ってとある建物のそばでしゃがみ込んだ。
「ナギ、大丈夫?」
 膝を抱える僕の頭をディーが撫でてくれる。だけど僕はショックが大きすぎて顔を上げる事ができなかった。
 リサ……。そうだよね、リサ綺麗だしあれから一年近く経ってるんだもん。すぐに他の恋人が見つかるよね。しかもお相手は王子様。田舎者で何の取り柄もない僕じゃ、リサに釣り合わないのは考えなくても分かる事なのに。
「ナギ」
「ごめん、ディー。もうちょっと落ち込ませてー……」
「……タキとフロルは探さないの?」
「あ!」
 僕はハッとして顔を上げた。そうだ! 二人も早く探さなきゃ!
「そうだね。タキとフロルを探しに行こう!」
 僕がそう言って立ち上がった時、真後ろにあった扉が開いてぶつかってしまった。
「わ、ごめんなさい!」
「あ、こちらこそごめんね? あの……今タキくんとフロルちゃんって言った?」
 出てきたのはふんわりとした雰囲気の女の人だった。年齢は多分ヤナさんと同じくらい……かな。
「は、はい。二人を知ってるんですか?」
「二人を知ってるの?」
 僕達の言葉が重なる。女の人はビックリしたように両手で口許を覆った。
 この人は、タキとフロルを知っている。
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