DEAREST【完結】

Lucas’ storage

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第38話 語り部

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「とーぞくだん?」
 受付の前をホウキで掃きながらフロルは聞き返しました。宿屋のご主人は声を潜めながら続けます。
「ああ。最近また動きが活発になっているみたいだね」
「でも、フロルが昨日会った人はまだ子どもだったよ?」
「元々はストリートチルドレンだった子達が作った盗賊団らしいからね」
「ふーん。その人達は魔物退治もするの?」
「魔物? いや、どうだろう。まだ子どもだしさすがにそれはないんじゃないかな」
 ご主人は宿帳をパラパラとめくりながら答えます。今日の宿屋は客足も落ち着きのんびりとした雰囲気でした。
「そっかあ」
「城下町の貴族しか狙わないって話だけど、フロルちゃんも夜は気をつけた方がいいよ?」
「城下町? 城下町に入れるの?」
 フロルは受付に飛びつきました。
「え? いや、多分どこかから忍び込んでるんだと思うけど」
「忍び込んでる……」
 独り言のように繰り返すフロルにご主人は首を傾げます。
「とりあえず今日は診療所まで送ってあげるね」
「ありがとう! でも近いから大丈夫大丈夫!」
 フロルはニッコリ笑うと再び掃除に戻って行きました。しかしその表情は心ここにあらずといった感じです。
 仕事が一段落するとご主人はフロルに「今日はもういいよ」と言ってくれました。フロルはすぐさま宿屋を飛び出して行きました。まだ空は赤く表は人通りも多かったのでフロルはちょっとがっかりしました。
「今日は会えないかなぁ」
 昨日少年のいた街灯を見上げるフロル。そこには当然人なんか立ってはいません。フロルは仕方なく通りすぎて、診療所まで走って行きました。
 病室に着くなりフロルはタキの手を握りしめながら今日あった出来事を一生懸命話しました。その話は主に宿屋のご主人との会話です。
「と、いうわけで! 城下町のお医者さんに会えそうなの! そしたら、タキの頭が痛いのとか息が苦しいのとか、あーっという間に治してくれるよ? それに、すっごくすっごく腕がいいお医者さんだから、タキの目も治してくれる! だから」
 フロルの手に力がこもります。
「起きて。タキ、早く起きて。みんながタキの事、待ってるから」
 夕陽が傾きやがて月と入れ替わりました。青白い光が病室に射し込みます。
 窓際に置かれた造花がその光を花びらに受けてキラリと光りました。
 フロルはタキの手を握りしめたまま、ベッドに突っ伏すように眠っています。
 その時、タキの指先が微かに動いたのです。唇がわずかに開きました。その胸が大きく上下して、小さな声が漏れます。
「…………フロ、ル?」
 繰り返し呼ばれるフロルの名前。そして、自分の手を握っているフロルの手に気づきぎゅっと握り返したのです。途端にフロルはバッと目を開けて飛び起きました。
「タキ!」
 タキはピクリと反応してフロルの方にゆっくりと顔を向けます。
「フロル?」
「タキ……嘘、タキ?」
「フロル」
 はっきりと自分の名前を呼ぶ声。少しかすれていていつもより小さいけれど、その声は確かにタキのもので、その懐かしい声に、自分の手を握り返す手の温もりに、フロルの目から涙が溢れ出しました。
「タキ! タキ! 良かった、本当に良かった!」
「フロル、泣いてる?」
「ううん、泣いてないよ。フロル泣いてないよ」
「俺……何が……」
「覚えてないの? ……タキ、すんごいお寝坊したんだよ? フロル、タキが起きるの待ってたんだからね!」
 すると、タキは包帯に気づいたのかそっと額に触れました。
「そうだ。俺、階段から……」
「……そうそう。ちょっとだけ怪我しちゃったから包帯巻いて貰ったんだよ?」
 体を起こそうとするタキをフロルは両手で支えました。
「タキ、まだ横になってた方が……」
「ううん。何だか、すごく頭がすっきりしてるんだ」
「どこも痛くない?」
「うん。なあ、フロル。包帯、外して貰っていいかな?」
 フロルは少し迷いました。でも、「分かった」と言うとベッドの上に座りタキと向かい合わせになると包帯へ手を伸ばしました。
 少しずつ、少しずつ包帯をほどいていきます。
 タキの顔が見えて来た時、再びフロルは涙を流しました。
 大きな傷痕がそこに残ってしまっていたのです。それでもフロルはタキに泣いているのを気づかれないように、明るく声をかけました。
「はい、取れたよ! 怪我もちゃーんと治ってるよ! 良かったね、タキ!」
「うん」
 タキは静かに目を開けました。フロルはその様子をじっと見守っています。
「…………」
「……タキ? どうしたの? やっぱりどこか痛いの?」
 タキは黙って首を横に振ります。しかし、その表情は何かに驚いているような、戸惑っているような表情でした。
「どうしたの?」
 フロルがタキの頬に手を伸ばします。タキはふと視線を上げました。
 その瞳がフロルの瞳をしっかり捉えていたのです。
「タキ……? え、もしかして……」
「フロル……。うん、見えるんだ。お前の顔が……見える」
 タキの瞳に映る光がユラユラと揺れ喜びの色に溢れていきます。
「何で……マジかよ。見える! なあ、フロル俺見えるようになった!」
 声を張り上げるタキに茫然としていたフロルは慌てて後ろを向きました。
「フロル?」
「み、見ないで!」
 背中を見せたままそう叫ぶフロル。タキは訳が分からないままフロルの肩に手をかけました。
「な、何でだよ? せっかく、せっかく見えるようになったのに」
「だって……フロル可愛くないもん」
「は?」
「髪だって乱れてるし、クマだってあるし、唇もカサカサなの。今のフロル全然可愛くないから、タキに見られたくないんだもん」
 それを聞いてポカンとしていたタキでしたがすぐに笑い出しました。
「そんなに笑うほどフロル変?」
「いや、違う違う。可愛いなと思って」
「え?」
 フロルが振り向こうとするとタキは後ろから抱きしめました。
「タキ?」
「いや、えーっと……こっち見ないで欲しいんだけど」
「どうして?」
「何か今、自分で言っておいてすげー恥ずかしかったっつーか。絶対俺顔赤くなってると思うし」
 フロルの首筋に顔を埋めるようにしてタキはそう言いました。フロルはクスリと笑うと勢いよく後ろを振り返りました。
「本当だ。タキ、耳まで真っ赤で可愛い!」
「み、見るなよ」
 タキは腕で顔を隠すようにして目を逸らしました。
「ふふーん。タキ、もう一回!」
 フロルはタキに向かって両手を広げました。
「もう一回?」
「一日一回のハグ! 約束したでしょ? 出来なかった日の分を、今いーっぱいして欲しいの!」
 さらに真っ赤になって目をキョロキョロと泳がせるタキ。だけど、満面の笑みで自分を待ってるフロルを見てそっと手を伸ばすとその細い体を抱きしめました。
「タキ、ありがとう」
「フロル……俺」
「タキ」
「ん?」
「子ども欲しいね」
「え」
「な、急に何言って……」
 動揺するタキをフロルはさらにきつく抱きしめました。
「大きくなったら家族作りたい! たくさん!」
「え? あ、大きくなったら?」
「うん! フロルね、タキが大好きなの。すっごく好き! タキと、幸せで暖かい家庭を作りたいの!」
 あまりにストレートなフロルの告白にタキは何も言うことができずにいました。でも、その手はまだフロルをしっかりと抱きしめていてタキの目から流れる涙がすべてを受け入れている事を証明していました。
「タキ、フロルはあまり可愛くないし綺麗でもないけどね、タキが嫌じゃなかったらね、いつかフロルの事をお嫁さんにしてくれる?」
「……フロル」
「うん?」
「フロルって、やっぱ嘘つきだよな」
 雲が流れて、一瞬月の光を遮りました。
「夢かなとも思ったんだけどさ。フロル、ずっと話してくれてたよな?」
 再び月の光が照らす部屋でお互いを抱きしめたままタキの話は続きます。
「リサ達に会えたとか、ナギが気にしてなかったとか。フロルの話はいつも嘘ばっかりだ。でもさ、今までは、見えてないから嘘つかれてるんだと思ってた。だけど、見えてないからフロルは嘘をついてくれてたんだよな? フロル、いつも、優しい嘘をありがとう。俺、弱いし頼りないしガキだし、いっつもフロルに世話焼かれてばっかだけど。それでも、俺はフロルの事が大好きだ。可愛くないとか綺麗じゃないとか、変な嘘はつくなよ。お前、めちゃめちゃ可愛いし綺麗だよ」 
「タキ……本当?」
「うん」
「本当に本当?」
「ほ、本当だって。てか、俺の方が信じられないっつーか……俺なんかでいいのかよ?」
 タキはフロルから離れるとそう言って俯きました。
「タキじゃなきゃダメ。フロルはちっちゃな頃からタキのお嫁さんになるのが夢だったんだもん」
「だから何で……」
「覚えてないの?」
 口を尖らせるフロルにタキは首を傾げます。
「『フロルのおかしいとこ大好きー』って、タキが言ってくれたんだよ?」
「え?」
 フロルは手を口許に当てて懐かしむように笑い出しました。
「タキ、屋根に登って落ちちゃった日の事覚えてる? 膝すりむいて、わんわん泣き出しちゃって」
 タキは、ああと言って手を叩きました。
「フロルが手当てしてくれたんだよな?」
「うん。鳥の刺繍が入ったハンカチを足に巻いて、痛いの痛いの飛んでけーって」
 フロルは再現するようにタキの膝を撫でます。
「鳥さんが痛いのどっかに連れてってくれたからねーって。そしたら、タキは『何それおかしい』って言って笑いだして」
「そうそう。でもマジで痛くなくなってさ」
「ふふーん。それで、フロルは『おかしいかな?』って聞いたの。そしたら『フロルのおかしいとこ大好きー』って。フロルね、すごく嬉しかったの」
 フロルは本当に幸せそうに微笑んで両手を胸に当てました。
「フロルはおかしな子だから、いっつもお母さんに怒られてばっかりで、でも自分では何がおかしいのかもよく分からなくて、そんな時に、タキはそんなフロルを大好きだって言ってくれた。その言葉はフロルの心に染みたの。タキは、フロルを救ってくれた」
 フロルがあまりに嬉しそうに言うのでタキは目を丸くしました。
「そんな事で? だってガキの頃の話だし、俺忘れちゃってたのに」
「そんな事くらいじゃないのー。フロルにとっては!」
 フロルは腕を組んでプイと横を向きます。
「え、あ、ご、ごめん」
 だけども慌てて謝るタキを見てまたすぐに笑顔になりました。
「人を好きになる理由なんて、シンプルでいいんだよ。だって、人が人を愛するのは本能的なものなんだから」
 だからね、と言ってフロルはタキの手に自分の手を重ねました。
「だから、フロルはタキを愛してるよ!」
 薄暗い部屋の中でもはっきりと分かる程にタキの顔は真っ赤に染まっていきました。
「あ、ありがとう。俺もだよ。フロル……」
 タキは目も合わせずにとても早口でそう言いました。それでもフロルは本当に愛しそうにタキを暖かい眼差しで見つめていました。
「そ、そういやさ、俺の目って何で急に見えるようになったのかな?」
 恥ずかしさのあまり話を逸らすタキ。でも、フロルもハッとして手を口に当てました。
「本当だ! 何でかな?」
「もしかして……魔物を倒してくれたのかな?」
「誰が?」
「ナギとか」
「…………」
「…………」
「ないか」
「うん」
 二人はおかしそうに顔を見合わせます。
「じゃあ、知らない誰かが……」
「あ! もしかしたら……」
 フロルは窓際の造花を指差しました。
「昨日の夜ね、変な男の子に会ったの。あのお花をくれた子。『見えない魔物』を追ってるって」
「『見えない魔物』?」
「うん。もしかしたらその子達が倒してくれたのかも……ねえ、タキ」
「ん?」
 フロルは造花からタキへと、視線をゆっくりと戻しました。
「その子に、会いに行ってみない?」
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