DEAREST【完結】

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第20話 NAGI

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『ナギ、この剣をお前にやる』
『え? いいの? これ、アランのだよね?』
『友の証だ。受け取ってくれ』
『ありがとう。でも、僕なんかが友達だなんて……』
『そんな言い方をするな。お前は俺なんかよりずっと強くて立派だ』
『えぇっ? そ、そんな事ないよ! 僕、一度だってアランに勝った事ないし、とろいし』
『剣の腕だけが強さじゃない。お前には強い心がある』
『強い心?』
『ああ。その心を忘れるな』
『……うん。でも、よく分からないや』
『そのままでいい。変わるな、ナギ』
『アラン?』
『俺は騎士の道を行く。お前はお前の信じた道を歩め』
『僕の、信じた道?』
『自分を疑うな』
 自分を……。アラン、僕は……。


「……ナギ、起きろ」
「リサ……?」
 僕を見下ろすリサの顔。不機嫌そうないつもの顔に真っ赤に腫れた目。
「リサ、泣いたの?」
「寝ぼけてるのか?」
 リサはそう言って目の前にあったベッドに座る。
 ああ、そうだ。昨日の出来事は夢じゃないんだ。あの後リサは自警団の人達とどこかへ行っちゃって、僕はディーを連れて宿へ戻って来たんだった。
 僕はふと、腕の中の温もりに気づいた。
 ディーは僕のシャツをぎゅっと掴んだまま眠っている。ディーを起こさないようにそっと抱っこをしながら体を起こした。
「リサ、本当にセナさんは……」
「死んだ」
 向かい側のベッドからそうはっきりと告げるリサに僕の涙はまた流れ出した。
「ナギ、泣いてる場合じゃない。これからわたしは『首都』へ行く」
「首都?」
 突然始まった話に首を傾げる。何でリサが首都に行くんだろう。首都って確か王様がいる街だよね。そういえば、アランの住んでいた場所も首都だ。
「昨日、わたしが『救世主』だって事がバレた。だから、自警団と教団の連中と話をしたんだ」
 リサは淡々と話を続ける。
「クロッカスの事も、ちゃんと話した」
「うん」
「だから、お前達の事は面倒見て貰える事になってる」
「うん。……えっ?」
 リサは立ち上がって僕に両手を伸ばした。
「ディーはわたしが預かる。セナの……遺言だ。ナギ、お前達はこの町に残れ」
 僕は全然話が分からなくて固まったままリサを見上げていた。
 リサとディーは首都へ。僕とタキとフロルはここに残る。
 何で? セナさんの遺言って……何が?
「ナギ」
 リサはディーを抱き上げようとさらに手を伸ばして来たけど僕は横を向いてそれを避けた。
「ナギ」
 リサが少し怒った声を出す。
「起きちゃうよ」
「起こしゃいいだろ。もう朝なんだから」
「でも、でもディーは昨日も遅くまでずっと泣いてたんだよ。お父さんをずっと呼んでたんだよ」
 だから、せめてまだ夢の中にいさせてあげたい。目が覚めたら、嫌でもまた悲しくなって泣かなきゃいけないだろうから。
「リサ、もうちょっとちゃんと話して。僕、よく分からないんだけど」
 リサだってきっと今は悲しい気持ちでいっぱいだ。そんな時にたくさん話をしてもらうのは申し訳ないけど……何も分からないまま、このままお別れなんて絶対嫌だ。
「わたしを教団で保護するらしい」
「保護って?」
「世界救出の前に死んだら困るからじゃね?」
「でも、首都に行ったらリサは世界救出させられるんでしょ?」
「する気なんてさらさらないけどな。でも、今は協力的に見せといた方がいいだろ」
 何かおかしい気がする。リサはどうしてこんなに落ち着いてられるんだろう。
「首都から送られた先遣隊が全滅したんだってよ」
「えっ?」
「神様の住んでる神殿までの道はいまや魔物の巣窟だ。わたしがすぐに行った所で死ぬのが落ちだ。だから、首都にいる兵士様達が道を作って下さってるんだとよ」
 リサは僕の隣に座って足を組んだ。
「今すぐ世界救出に行かされるわけじゃねえよ。でも、いつかはきっと……」
「そんなの嫌だよ……」
「お前、変わってるよな。わたしに使命を果たせって思わないのかよ?」
「思わないよ。リサが死んじゃうって分かってるのに、そんなの思うわけないじゃん」
 リサの青い瞳が揺れた。怒ってるのか悲しんでるのか、よく分からない表情で僕を見ている。
「あんな目に遭って、よくそんな事言えるな。わたしのせいで、お前の故郷は……」
「リサのせいじゃなくて、魔物のせいでしょ? それに、僕だって、誰も守れなかった……」
「セナと、同じ事言うんだな」
 リサがそう言って僕が聞き返そうとした時、急に部屋のドアが開いた。
「首都行こうよ首都ー! フロル達もリサと一緒に首都に行こうよ!」
「フロル!」
 元気いっぱいに飛び込んできたフロル。その声に、腕の中のディーがもぞもぞと動いた。
 僕はしーっと指を口に当てる。フロルはうんうんと頷いてその仕草を真似した。
「ナギ! 首都に行ったらきっと立派なお医者さんがいるよ! そしたら、タキももっともーっと良くなるんじゃないかな? ね? ね?」
 って、全然声の大きさ変わってないし!
「うぅん」
「あ、ディー……」
 目を擦りながら起きちゃったディー。そんなディーの頭をリサがペシンと叩いた。
「え、ちょ、リサ」
「ふえぇぇぇえん」
 びっくりして泣き出したディーをよしよしとあやす。
「こっちで泣いてた方がマシだろ」
「え?」
「それより、フロルには話してないのか?」
「聞いたよー! タキは昨日寝ちゃってたからまだ聞いてないけど!」
 そう言って、ディーを抱き上げるフロル。
「よしよしー! 痛いの痛いの飛んでけー!」
 フロルはディーを抱っこしたまま僕にウインクをして部屋を出て行った。一気に部屋が静かになる。
「えっと」
 そっか、なるほど。僕達も一緒に首都へ行けばいいんだ。
「リサ、僕達も一緒に首都へ行くよ。行ってもいい?」
「何で?」
「僕、リサと離れたくないんだ」
 このままじゃきっといつかリサは教団の人に……。それだけは絶対に止めたい。
「だから何で?」
 リサの表情は変わらない。ただ真っ直ぐに僕の目を見てくる。
「リサを守りたいから」
「は?」
「そ、そりゃ僕はまだまだ弱いし頼りないかもだけど……けど、強くなるから」
「わたしには分からない。お前が守りたい『リサ』は別の『リサ』なんじゃねーの?」
「え? どういう事?」
 リサは急に立ち上がって僕を見下ろした。
「わたしは『リサ』だ。でも、お前の好きだった女でも、セナの嫁でもない! わたしはわたしだ!」
「リサ?」
「むかつくんだよ! セナも! お前も!」
 リサは枕を僕に投げつけてそのまま部屋から出て行ってしまった。痛かったわけじゃないけど、僕は涙が止まらなかった。
 僕の言葉は、いつだって人に伝わりにくい。どうしたら、ちゃんと伝わるんだろう。
 こんなにも、リサが好きだって事。
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