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第四話

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 頬擦りに加えて頭頂部やうなじ、首筋の匂いを嗅がれまくったんだが、なにがしたかったんだろうか。突如として匂いフェチに目覚めてしまったのかね? 言っておくが、ボディーソープもリンスインシャンプーも、ルームシェアをしている手前一緒のやつを使っているんだから、一緒の匂いしかしないだろうに。しかも、髪の毛を毎回毎回拭かれててね、その上、ご丁寧に乾かされているんだよね。自分でやるからいいと言っても、最後にはタオルを取られてしまうんだから情けなさすぎるわ。にこにこ顔が逆に恐ろしいから、ちょっとした隙が出来るんだろうけども。なんか端から見たら同棲カップルみたいなことをしているけれども、ルームシェアだ。間違えてはいけないよ。けして同棲ではないんだからさ。

 兄からだったらしい電話を終えて戻ってきたメイの目も点になってたぞ。あんまりにもくんかくんかスンスン嗅ぐから。ただの変態だもんな。周りを見る余裕なんて一切ないが、皆見てみないふりをしていることだろう。というか、していてほしいわ。

「知冬、もうすぐだから終わって」
「もう少しだけ」
「もう本当に恥ずかしいから早くして!」

 楽しいランチタイムはなぜか羞恥と戦う時間となっていたのだが、注意する時間も惜しいのでさせたいようにさせている。これが一番時間がかからない方法なのだ。知冬の機嫌が損なわれることはほぼないし、オレの精神が死にかけるだけでいいんだからな。自己犠牲よ、自己犠牲。思考回路がネジ曲がっているクソ野郎に目を付けられるということはね、そういうことなのよ。

「うぅ……べッドの上以外でこんなにも辱められるとは……」

 変態なのは知冬の方なのに、なんでオレの方が負けるんだよ。あ゛~と熱くなった顔を両手で覆い隠すオレに対し、知冬は「やちちゃんはなに食べるー?」と平然としている。メンタル強すぎだろ、おい!? 常日頃から目立っている人は心持ちが違いますね! まあ、陰陽師この仕事をしているとなると、躊躇は命取りになりかねないからね、メンタルがクソ強くなるのも解らないでもないんだけども……。ちなみに、オレのメンタルは半分以上は機能していないと思われます。お蔭様でな!

「なにって……、今日はからあげ丼が三十円引きだから、からあげ丼に決まってるだろ。定食ではなくて単品な」
「はいはい。メイちゃんは?」
わたくしは日替わり定食でお願いします」

 定食だと食べきれないからと単品にしたが、メイは定食ものにしたようだった。日替わり定食もうまいことは知っているんだけれども、少々量があるんだよなー。それでも、メイのような一見躯が細い人であってもペロリと食べ切れてしまうのは、霊力を消費した分だけ腹が減るからだろうね。オレの場合は消費霊力が少ないので、そこまで極端に腹が減ることはないんだけども。たとえ食べすぎたとしても、仕事をこなせばカロリーの消費率が高くあるので、体型維持をするには陰陽師はもってこいだろう。そういう家系に生まれ、かつ、才能があればの話だが。

 メイの言葉に「了解ー」と軽い声を出しながら、学生証をタッチ決済用の決済端末へと読み込ませる知冬。うーん、学生証の写真も麗しいのなー。とは思ったが、写真と実物とではやはり大きく異なるわけですよ。一目見るだけで動けなくなるんだからさぁ。ずっと目を奪われるんだよなー。魔性持ちかよ。恐ろしい。そんな知冬に囚われてしまっている自分が一番恐ろしいわけなんですが。逃げ出せないのが悲しいですわ。

 決済と同時に吐き出された番号札――この大学はその辺りがハイテク化していたりするんだよね。今回は三人一緒なので、ひとつの番号札となっている――を受け取ってから三人並んで席につくと、「知冬様」とお淑やかな声が聞こえてきた。この声はユイだな。振り向くと、そこにはメイと似たような服装の美人がいる。こちらは髪をひとつに纏めて肩から流しているが。髪留めはお高そうなバレッタかな? とユイを眺めていると、そのまま知冬に駆け寄り、腕を絡めて引っ付いた。ユイの注文はいいのかという言葉を飲み込んだのは、彼女がこの世界に現れた救世主だからである。

 知冬は一瞬眉を顰めただけで、振り払う素振りは見せない。ということは、後はユイに任せておけるというものだ。知り合いの女の子は邪険にしないような男だし! それを裏付けるように、近くの空いたテーブルに座ったいまも、ユイを引き剥がしてはいなかった。見るからに美男美女でお似合いだぞー。

「ユイ。お前に知冬を預けるから、後は好きにしてくれ」
「ぶち犯されたいのかな?」
「されたくないからユイに預けるんだよぉ!」

 爽やかな笑みを浮かべながら一体なにを言っているのか。恐ろしさしかない言葉にぶるりと躯を震わせると、知冬はさらなる追い打ちをかけてくる。

「へええ、ならきんちゃんはお預けだね」
「うっそだろ!?」
「嘘を吐くほど暇ではないよ」

 きんちゃん――キンクマハムスターの形をした大変愛らしい式神。小姫に次ぐオレの癒やしは、ぴしゃりとした言葉によって掻き消えていく。きんちゃんがいないなんて、そんなことあってはならんのですよ!

「オレのきんちゃんがー!」
「嫌ならどうしたらいいのか、解るよね? やちちゃんだもの」
「ぐうぅ、お前鬼畜すぎるぞ」
「いまさらでしょ」

 さらりと言ってのける言葉は確かにそのとおりなんだが、ただ屈するのは嫌なんだよな。いつもいつもベットの上で泣かされているだけだと思わないことだ。――ということで、オレは賭けに出た。こんな場所でキスは恥ずかしいだけだからな!

「知冬、オレが悪かったからさ、きんちゃんを出してほしい」

 オレの言葉に「どうしようかな~」と考える素振りを見せる知冬に対し、「お願いします!」と手を合わせると、にこりと笑った。これはいけそうか? 大丈夫か? との期待が高まる中だったのだが、ぺちりと額を叩かれてしまう。

「うん。騙されないからね。俺が出したきんちゃんを強奪しようとしても無駄だから」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ー! なんでだよー!」
「やちちゃんの考えてることなんて、見れば解るよ」

 勢いよくテーブルに突っ伏した後に知冬を眺めるが、へらへら笑う顔とは対照的に、声の方には重みがある。すべてを見透かしているという重みが。

 こうなればもうしかたがない。いまは諦めて、後で出してもらうしかないだろう。

「知冬のバカ」
「ぶち犯したくなるだけだから、拗ねる姿を人前に晒すのはやめようか?」
「真っ昼間から訳の解らないことを言う方をやめてほしいんですがね」

 返ってきたのが無言の笑み――それも極上の柔らかさをもったやつ――なのだから、やめる気はないな。解っていますよ、知冬がド変態だということは!

 注文に走るユイを遠い目で眺めてしまうのは知冬が悪い。
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