多々頼くんのよい人

白千ロク/玄川ロク

文字の大きさ
上 下
3 / 4

第三話

しおりを挟む
 階段状の講義室であろうがそうでなかろうが、端の方が定位置となっているので、今日もそこへと腰を落ち着けると机に突っ伏した。これでやっとゆっくりできる。朝から疲れなければならないのはどうしてなのか。学部が違ってこんなにも喜んだ日は今日ほどないと思うわー。

 服越しの腕から伝わってくる冷たさが心地よく、目を閉じようとした時に、「主殿ーっ」と小姫の可愛らしい声が届いた。ぽひょんと頭に乗ったらしい小姫に対し、「あ、ごめん小姫。置いてっちゃったな」と謝る。小姫のことは完全に頭から抜け落ちていたんだが、クソ野郎がすべて悪いんだからな。「いいえ」と返してくれる小姫だけども、「あともうキツイから、また会おうね」と手の平で掬ってさよならした。最後に頭を撫でたのは癒やされたいからだ。「はい、また」と笑みを浮かべた小姫は、オレにはもったいないくらいのよく出来た式神である。

 もっと長い時間を一緒にいられるといいんだけども、霊力と体力は親しいものなんだよ。体力が少ないと、それだけ霊力だって少なくなるのだ。残された体力が少ないいまのオレでは、送り返す他なかった。やっぱり知冬と付き合うのは体力勝負になってしまうのな。もう少し回数を減らしてくれたらという懇願は早々に砕け散っていましてね、一切話しを聞いてくれないんだよね。アホみたいな話だけど。

「お疲れさまです。大変なようですね、弥智さんは」
「んぁー、この声はメイの方か」
「はい。妹は知冬さんの方に行きましたよ」
「オレもモテたいわー」

 左側から聞こえた声に対してのろのろと顔を上げると、そこには大和撫子な美人がいた。艶のある美しい長い黒髪をそのまま背中に流したこの子は、久霧ひさぎり姉妹の片割れだ。今日は服も髪も清楚な感じに纏めているみたいだ。大和撫子さが最大限に出ていて素晴らしいね! 二頭身のテディベアな式神が肩にちょこんと乗っているのがちょっと場違いかなー。テディベア自体は可愛いんだけどさ。でもまあ、を持たなければ式神の認識は出来ようもないんだから、問題ないといえばなにも問題ないんだよね。

 久霧姉妹はといえば、美人姉妹として知冬の次にこの大学で有名人となっていた。同い年であり、切磋琢磨するライバルでもあるのだが、オレが格下なのは覆しようがないので、ライバルは失礼かもしれない。ごめんよー。いやまあ、久霧姉妹はなんとも思っていないんだろうけども、オレの方が気まずいから、謝っておくね。ふふと小さく笑うメイには考えがお見通しなんだろうがね。陰陽師というものは、本質の裏とかが読めないといけないこともあるし。オレには裏の裏までは読めないが。腹の探り合いは苦手なのよ。

 このまま暗い考えに落ちるのはやめようかと、空気を変えるかのように、なんで知冬だけモテるかなあと腕に顎を乗せながら愚痴ると、メイは「なにを言いますか」と呆れた声を出す。その姿も可愛らしいんだから、メイと講義が一緒の日は大好きだ。

「あの人から一番愛を注がれているのは他の誰でもなく、弥智さんですからね」
「知冬にだけモテても嬉しくないから」
「なんとも贅沢な悩みですね」

 久霧姉妹は一卵性双生児で、由生ゆい明衣めいという名である。メイが姉でユイが妹な。メイユイでは語呂が悪いのでユイメイと呼んでいるだけであって、そこにはなにも深い意味はない。ふたりは一卵性双生児であっても微妙に好みが違うし、声の高さもやっぱり微妙に違うので、どちらがどちらかは解る人には解ってしまうものだ。一番解り易いのは、口元の左下に小さなほくろがある方がメイなのよ。本人もそれは解っているので、化粧で上手く隠すこともあるが。

 久霧姉妹は本家筋の家の者でね、オレの数少ない顔見知りの女の子でもあるんですよ。知冬のヤバさを知る人物でもあるのだが、それでもユイは諦められないようだ。顔だけだぞ、アイツは。まあ、オレもその顔に惹かれているひとりではあるんだけども。顔はいいんだよ本当に、顔は!

 本家筋とは、安郷と久霧、あとひとつの有木土あらきどのことを指す。この三家が三年だか五年だかの周期で持ち回りをしているのだよ。なぜかといえば、三家が合わさって「救外」が誕生したからである。脳筋どもがそれぞれのライバルを越えようとした結果らしい。分家筋は十ほどあってね、盆暮れ正月は賑やかになるね。オレの父は知冬の父の兄に当たり、いわゆる婿養子なんだよ。オレにも霊狐の血が流れているはずなのにさあ、この落ちこぼれ感はどういうことなんだろうね?

 知冬の思考回路の危なさは本家筋の者にはだいたい知られていたりするが、苦言を呈する者がいないのが闇が深い。『触らぬ神に祟りなし』だからさあ。本気でね。集まりには必ずと言っていいほど、一族の大人たち総出で知冬をオレに引っ付けさせてくるんだよ。そして最終的には、ムラムラしたクソ野郎に寝室へと運ばれていくというね……。オレに押しつけるのはやめてくださいとの抗議はいまだに聞き入れられませんねー。泣くしかないよ。

 はーとやるせないような深いため息を吐くと、メイが頭を撫でてきた。

「メイ?」
「手元に置きたい知冬さんの気持ちは解りますよ。弥智さんはどこか無防備ですから」
「ええ? どこら辺が?」
「そうですね――」

 まずその躯の細さですか。次に顔ですね。あとはフェロモンが凄いですと指を折って説明されるんだが、躯の細さは筋肉が付いてくれないからだし、顔は母親譲りの自覚が大いにある。一番のコンプレックスは細い躯なのだが、この顔もコンプレックス度が高くあった。知冬は大変中性的な綺麗な顔だけども、オレはただの女顔だからな。あと、フェロモンと言われましても、困るだけですよ。自分でコントロールし辛いだろ、それはさぁ。

「つまり、自覚のない危うさが放っておけないということですよ。ですから知冬さんの行動力は高いのです」
「なるほど。筋肉を付ければすべて解決するんだな!」

 トレーニングを倍にすれば筋肉が付くだろうから、これで知冬の超過保護から抜け出せるぞ!

 そう高らかに言うと、そういうことにしておきましょうかとメイが柔らかく笑う。大和撫子がふわりと笑うのは破壊力が高いな。いいものを見れたよ、ありがとうございます!

 拝んだメイが隣に座ると講義の時間を示した。あ、オレとメイ、知冬とユイは学部が被ってるんだよね。だからといって、メイの頭の出来が悪いわけではないぞ?


◆◆◆


 ところ変わって昼。食券を買おうと列に並ぶと、背後から強い力で抱きしめられた。突然こんなことをするのは変質者以外には知冬しかいないし、実際知冬の匂いがするので、本人なんだろう。ただし、抱きしめられるというよりかは、抱き竦められていると言う方が正しかったが。

「いたっ、痛いって、知冬っ」
「なんでそんなのつけてるの」
「な、なに……? そんなの?」

 どういう意味なのかと振り返ると、美しき尊顔を形作る口元が弧を描く。これは楽しんでるな?

「――動物霊のなりそこない。姿は歪な子猫だったね。祓ったから問題ないけど」
「そんなのついてたの!?」

 全然気づかなかったんだが、陰陽師としてはあり得ないだろ……。しょんぼりと肩を落とすと、「なりそこないだけど、変なものではないからね」と顎をこしょこしょ撫でられた。こら、やめろ、オレは猫や犬じゃないんだぞ。励ますならちゃんと励ませと言いたげに躯を捩ると、「あー、やちちゃんかわいすぎー」と頬に唇を寄せられる。それこそマジでやめろよお前!

「メイちゃんは一緒じゃないの?」
「メイなら電話がかかってきたから出てるよ。つか、さっさと離してくれ」

 へええと短く返した知冬はなぜかそのままここにいるが、なんでなんだよ。メイとのランチタイムが出来なくなるだろうが!

「お前ちゃんと最後尾に行けよ」
「俺はやちちゃんのものだからここでいいんだよ」
「訳のわからない屁理屈を述べるな」
「そんなことを言われると、熱いキスをしたくなるね。足腰が立たなくなるまでしてもいいんだよ?」
「すんませんした! でもほら、痛いから離してほしい」

 肘でぐいぐい押してもへらへらするだけなのが腹立たしいが、大衆の面前でこういうことはしないでほしいんだよ。恥ずかしいから! どんな攻撃をしても効果がないなんてことは解りきっているけどもぉ!

「離してはあげられないけど、力は緩めてあげる」
「解った。もうそれでいいから、変なことはするなよ」

 話をしていても解決にはならないとして、しかたなく躯を預けると、クソ野郎は「んー」と、解っているのかいないのか判断し辛い言葉を返してきた。なんで頬擦りをし始めたわけ!?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い ・作者が話の進行悩み過ぎてる

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

一夜の過ちからはじまる〜妹の推しとつき合うようになったオレの日々〜

白千ロク/玄川ロク
BL
アイドル兼俳優な吸血鬼(偽)×凡人 ヤンデレ美貌アイドルと女顔コンプレックスを拗らせてる凡人のなんやかんや ※大学生同士 偽吸血鬼なので、吸血鬼好きには刺さらない可能性が大です。お気をつけください 偽の理由は中身にて判明しよります 【 ご注意 】 2023.10.18 タイトル変更 一夜の過ちからはじまる〜妹の推しとつき合うようになったオレの(楽しくもない)日々〜→一夜の過ちからはじまる〜妹の推しとつき合うようになったオレの日々〜 !『第10回BL小説大賞』用に書き始めました!(完結は全然間に合わなかったのですが!) 2023.10.18 『第11回BL小説大賞』にエントリー(参加)しました!リベンジやで!『第11回BL小説大賞』では物語を完結させたいですね! !女性が出てきます !更新はまったりです(不定期かつ23時に予約投稿) Start:2022.10.01/土 End:-----------

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...