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四章
第50話 言い争い
しおりを挟む「あなたがそれを言いますか?」
ただそれだけの一言には、幾分もの冷たさがこもっていた。
「…どういうこと?」
「クレア様、あなたはーーセシリア嬢に、求婚を断るよう言ったそうですね」
「…っ!」
ーーバレていた。
よりにもよって、彼に。
自制がきかなくなった、なんて言っても信じてもらえないし、おかしくなったと思われるだけ。
私はそのまま何も言えずに突っ立っていると、さらに彼は歩いてきて私が仕事をしている机をバン、と叩いた。
「私たちの自由を制限しないでください。あなた様は皇女殿下ですが、なんでもできるわけではありません」
ーー彼の言う通りだ。
何度だって、皇女に生まれたことを悔やんできた。皇女だから余計に気遣わないといけないし、皇女だから恋なんてもってのほか。
普通の市民なら、あるいは貴族なら。喜んで彼に恋《こ》うことができただろう。
「…そうね」
「は?…開き直らないでください!なんですか、それはーー私たちの恋路を邪魔しないでください!!」
「っ…わかっているわ」
適当な返しがわからない。
全ての非は私にあるのだから、なぜ一生懸命弁明しようとしているのかすらわからない。
「いいえ、クレア様はわかっていない!今までそんな風に人に接していたのですか?ーー皇女であることを使って、人を傷つけていたのですか?」
「違うわ!!」
違う、違う。
昔の努力まで、否定しないで。ーー私は「皇女」だからこそ、一生懸命隠していたのよ。
あなたの気持ちだって、他の人への嫌な気持ちも、全部。
好き嫌いはしてはいけない。それが「皇女」で、私はそれを努力して、なるべく彼らにいい顔をしてきた。
正直言うと、辛かった。
好意的でも、非好意的でも、私は彼ら皆に「同じ皇女」でないといけないから。
それが国を背負う者の務めだから。
それを否定されて、黙っている私ではない。
「そんなこと言わないで!私は、ずっとーー」
ずっとーー何?
私は何が言いたいの?
「…クレア様。あなたは間違っている」
ーーは?
初めて、レアンドルに憤りを感じた。何も知らないくせに、まるで知っているかのような素ぶりーー。
「あなたに説かれるのは、どうなのかしら。レアンドルは、あなたはーー私の何を知っていて!?」
「…それ、は…」
「っ…」
でも、こんな彼のことでもーー好きになる自分が恨めしい。
彼は、こんなことを言う人だったかしら。ーーいや、そうなのかもしれない。
私が知らないだけで。
いつも、貼り付けたその薄っぺらい微笑みがそれを感じさせているのだ。
「…とりあえず、この話はおしまいよーー部屋から出てってちょうだい」
ああ、なんで。なんでこうなるのーー。
彼とはもう、永遠に、分かち合えないのだろうーー。
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