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第六話 一時帰宅、篠永俊樹の日常

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翌朝、俺は宿を出て冒険者ギルドに。
他の同業者はそれぞれクエストの依頼書を見て仲間と達成できるか否かを話している。
俺はそれを他所に資料室に。現在の魔王軍の動向と、新たな勇者が現れてシゲさんの娘に挑もうとしているのか、それらの情報を探す。特に真新しい情報は無かった。

「シゲさん、異世界転生ものでよく聞く勇者召喚ってあるのか?」
『そんなもの、ありゃせんよ。違う世界から魔王を打倒できる者を魔法で召喚するなんて出来るわけなかろうよ』
「ですよねぇ、しかし昨日の神殿内の様子や、ここブルムフルト王国王都の様子を見る限り、シゲさんの娘、新たな魔王の脅威って、そんなに伝わっていないんじゃ」
『まあ、この国のある東大陸と魔族が拠点としている魔大陸は離れておるからの。儂もこの大陸まで侵攻は出来なかったので、平和に慣れているのかもしれん』
「まあ、それが一番いいのだけどな。平和ボケ?いいじゃん、それでってことで」
『とりあえず新しい情報は無しか。トシ、一度三島に帰ったらどうか』
「そうだな…。いくら時間が経過しないといっても引っ越しに伴い役所に書類も提出しなくちゃならないし、気になっていたんだ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

バタン

物置の扉を閉めた。あちらでは十五歳の少年だった俺が五十四歳のおっさんに姿かたちが変わっている。こちらにいる間、セイラシアは時間が経過しない。逆もそう。俺がセイラシアにいる間、地球の時間は止まっている。何とも不思議な話だ。
「シャワーでも浴びるか」
もちろん、今の俺に体の内側にいるパートナー『シゲさん』の声は聞こえない。
何やら寂しく感じる。

最初に物置に入る時、異世界の元魔王だと言っていたシゲさんの言葉を真に受けて、もしかしたら異世界への入り口ではと思い、それなりに装備して出発したが…まさか現実になるとは思わなかった。
あの日、コンビニにビールとつまみを買ってきた時から経過していない。こんなことあるのだな。

シャワーを浴びて、自分の裸身を見てみると見事な細マッチョ、我ながら見惚れてしまう。
「こりゃあ、今ある服は全部だめだな。ブカブカで着られたものじゃない」
シゲさんと不思議な空間での修行、森の中で魔物と戦い、蜂と蟻の魔物と取引なんて体験をしているせいか、その影響はこちらの五十四歳の男に戻っても出ている。顔は精悍さを増し、我ながら面構えがいい。男前じゃない?
腹筋なんて見事に割れている。気のせいか、ナニも大きくなっている気がするんだ。
しかしまあ…こんなに体が頑健になっているというのに女が欲しいと思わない。先の二度の不発は俺のハートをかなり傷つけたようだ。案外繊細なんだな俺は。

キュッ

シャワーを止めて体を拭き、冷蔵庫内のミネラルウォーターを飲み干す。
テレビをつけてニュース番組を見つめる。ちょっとした時差ぼけになっているな。
芸能人の顔と名前が一致しないぜ。今の内閣総理大臣は確か有田宗助だったよな。

「静かだな。三島でもかなり中心地から離れているからな」
と、そうだ。こっちでも見られるのかステイタス。俺は瞑目し、脳裏に映る自分のステイタスを見た。

名前 篠永俊樹
年齢 五十四歳
職業 無職(元消防士)
魔力 なし
闘気 520/1000
武器 なし
防具 なし

特技 言語理解/格闘/閨房/音楽/裁縫/料理/絵画
備考 糖尿病、高血圧、腰痛、五十肩、左記の既往すべて快癒

なにぃぃぃ!一生背負っていく覚悟していた糖尿病と高血圧が快癒している!?
腰痛と五十肩も!五十四の体に戻っても痛みを全く感じなかったので気が付かなかった!
「シゲさんとの荒行で治ったのか…。尋常じゃない訓練の毎日だったし、それがこちらにも反映されて…だとしたら」
俺はリビングから物置の扉に深々と頭を下げた。
「感謝の言葉もないよ、シゲさん…。セイラシアに帰った時は真っ先にこのことを報告させてもらうよ」

他、脳裏に映る俺のステイタスを調べてみる。
「…こちらでも特技がある程度使えるのか」
しかし閨房って…女を抱く気も起きない枯れた俺がな…。
素人童貞のまま気が付けば五十四歳…。しかも二回も続けて不発だ。たとえいま若い嫁が出来たとしても子作りなんかできる自信はない。いや、糖尿病が治ったのだから、あるいは…。腰も使えるし。
それにしても『闘気』も使えるのは意外だった。
「撃てるか?」
俺は庭に出て、両手を右の腰に置き、上空に向けて両手を思い切り上げた。
「闘気砲!」

シーン…。

「セイラシアでは連発で撃てた『波〇拳』だというのに、こちらでは撃てないか。まあ、その方が安心だな。下手に撃てたら大騒ぎになる」
地球には魔法の源となるマナも存在しないため、魔法も使えないがそれでいい。
うっかり火炎魔法なんか使えたら放火魔でお縄だ。普通が一番。
しかし、令和日本で何に使うんだ、闘気なんて。

俺はリビングに戻り、アイドル☆レボリューションのライブブルーレイを見ながら晩酌を始めた。
「やっぱりいいなぁ…。アイレボは」
たとえ異世界に行き無双の武勇と魔力を得ても、アイレボへの気持ちは変わらないな。
次のライブが楽しみだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

翌日、俺は三島の市役所に行き転居の書類を提出。何か久しぶりにボールペンで自分の名前を書いた気がするな。
三島に越す際に服はだいぶ処分したけれど、残してある衣類も完全にサイズが合わなくなった。新しく買おうかと思ったけれど、せっかく裁縫が特技化しているのであれば自分で今の体に合うよう作り変えてしまおうと考えた。安いミシンでも買うか。電気量販店に向かうことにした。

どうして裁縫が特技化した理由は分からないが、心当たりがあるとするなら消防の作業服、防火服、安全靴、それらが現場で破損してしまった場合、署に帰れば替えがあるものの緊急消防援助隊として遠方の被災地に出動した場合、自分で修繕する必要がある。事実、阪神淡路大震災、東日本大震災に出動した時は破損した作業服と安全靴を自分で修繕した。これが出来ない消防士は被災地で役に立たない、当時の中隊長に言われたものだった。

懐かしい思い出に浸りつつ電気量販店に並ぶミシンを見つめ
「すごいな、裁縫スキルは。こんな小難しそうな電子ミシンの操作が手に取るように分かるぞ」

その時、圧倒的閃き…ッ!
セイラシアで俺は闘気で治癒が使える。魔法での治癒は外傷、闘気での治癒は病気に対して有効で俺はあらゆる病を治せてしまうスーパードクターになれてしまう。いや、もうゴッドハンドだな。
しかし、こんなことを権力者に知られてしまえば大変なことになる。下手すれば俺を巡る戦争に発展しかねないとシゲさんも言っていた。
とはいえ、助けられる命を見捨てるなんて俺には出来ない。俺は消防士の誇りは捨てていない。ならどうすればいいか。俺だとバレなきゃいいんだ。
「そうだ。変身しちゃえばいいんだよ」
闘気で病に対応する時は姿を変えりゃいいんじゃないか。
「変身コスチューム作ろう!三島にド〇キあったか?適当な仮面があればいいんだが」

あっちでの俺の特技に『着装』というのがある。これは災害時、指令から一分で出場できるように日頃から着装訓練に励んできたから反映された特技だと思う。あちらで火災に出くわした時を想定して防火服を収納魔法内に入れているけれど、その際にいちいち取り出さず『着装!』と言うと一瞬で防火服、防火ヘルメット、防火長靴まで装備できてしまうスグレモノのスキル。まさか変身ヒーローとして使おうとは。
「憧れていたんだよなぁ…。子供のころは本当に仮面〇イダーになりたくて」
ええと、医療対応だしホワイトで統一するか…。手持ちの衣類で何とかなるかな。ワーク〇ンあったから、少し買っておくか。

結局ド〇キはあったものの、売っているお面が変身ヒーローの仮面に適さないので色の白いバイクのフルフェイスを購入して加工。『流浪の治癒師レッドクロス』と自分で命名。
「これは女子供には分らんだろうな!男のロマンだってばよ!」
某忍者のような言葉を発しながら俺は自宅でせっせと変身スーツを作った。ワーク〇ンで購入した難燃性の丈夫な白い作業服をヒーロー風に作り変えていく。もちろんマントも作る。
物づくりってこんなに楽しいんだな。本当にワクワクしてくる。とはいえ

「ううむ、裁縫と違い、フルフェイスのヘルメットの加工は難しいな…。何かネットでないかな。変身ヒーローの仮面を作ってみました的な動画が」
仮面の製作に失敗して、せっかく購入したヘルメットを台無しにしてしまったのでネットで検索。あった。『変身ヒーローの仮面を作ってみた』という動画。本当に動画投稿サイト『アイパイプ』には何でもあるな。
「なんというか、変わらんな俺は…。加工に失敗して、ようやく調べ始めるなんて」
行き当たりばったりの性格、何とかしなきゃと幾度も思ったことなのに全く学んでいない。五十四歳でまだ繰り返している自分に笑えてしまう。

「新しいの買ってきて最初からやろう」
悪戦苦闘しつつ、ようやく変身スーツとマント、ベルト、仮面が完成。こちらでは『着装』のスキルを使えないし、向こうの俺は十五歳の体に戻ってしまうから今の体より小柄、着ることも出来ないのでヘルメットだけかぶった。鏡を見てみる。
「我ながらいい仕事しているじゃんよ…。でも濃いサングラスをかけていると同じ状況だからな。向こうに行ったらこちらからは鮮明に見えるよう魔法で加工してみるか」
俺は若い時は救助隊だったけれど、救命士の資格を取ると救急隊に配属された。
四十半ばで消火隊に異動するまで救急一筋だった。せっかく大病と大けがも治せる力を得たのだから異世界でも人命救助をしたいと思う。この、人呼んで流浪の治癒師!レッドクロス!として。変身ポーズも取った。決まった!


変身コスチュームの製作を一通り終えて、片づけを済ませる。
「久しぶりに消防うどんでも作るか…」
スーパーで買ってきた野菜と肉を冷蔵庫から取り出す。最近のスーパーは親切だな。どんな野菜も『お一人様用』がある。

消防署の食事は基本的に自炊だ。で、全国的に昼はうどん、夜は当番が献立を考えて調理となる。包丁を持ったこともない新人が三年も経てば一端のシェフ気取りになる。
月に二度ほど食当長という役目が回ってきて、みんなの夕食を作る。それを三十年以上やってきたのだから俺は『料理』というスキルが得られたのだろう。
よく同僚に生姜焼きやチキン南蛮を作ってご馳走したな。篠永の料理は肉ばかりだと、よく言われたものだ。

消防うどんは乾麺を茹でて野菜とお肉たっぷりの醤油ベースのスープで食べるつけ汁うどんだ。武蔵野うどんの肉汁うどんの、さらに豪華版と言えるな。
「消防士を辞めるにあたり、この消防うどんが今後食べられなくなると云うのが未練だったな…」
最後、溶き卵を入れてスープが完成、茹でた乾麺を水で洗って笊に、水を切って皿に盛る。
「いただきます」
我ながら、いい味付けとゆで具合、しかし消防署の食堂で同僚たちと共に食べていた時と比べてずいぶんと味気なく感じるものだ。一人だけの食事だからかな。

「現場一筋で事務方が出来ない…。逃げるように辞めてきたというのに、いざ辞めてみたらこれだ…。消防車に乗って現場に行きたい自分がいる」
思えば…シゲさんとの縁をこれ幸いと現職中に住んでいた浜松の自宅を売り払い三島に引っ越した。逃げてばかりだ。二度不発に終わったみじめさから女からも逃げている。
「一度逃げれば逃げ癖がつくというのは本当だ。せめてあっちでは困難から逃げずに立ち向かいたいものだ。せっかく十五歳からリスタートできるのだし」
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