大罪の後継者

灯乃

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旅立ち

専門家

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 翌朝、宿を出た三人は、昨晩話し合った通りにまずは東の砦へ向かうことにした。昨日入手した大型のバックパックを背負ったアリーシャが、ふと思い出したようにリヒトに問う。

「そういえば、きみの短銃型魔導具は修理できたのかい?」
「ああ。問題ない」

 昨日、街で旅に必要な物資を購入した際、魔導具の修理に必要な資材も手に入れておいたのだ。それを使い、夕べ寝る前にするべきことはしておいた。

 あまり荷物が重くなるのもいやなので、今所持している修理用資材は短銃型の魔導具二回分だけである。ジルバがくれた魔導剣は、自己修復機能つきの優れものなので、修理用資材の必要がないのがありがたい。

 とはいえ、残念ながらこの魔導剣は見た目がかなり特徴的なので、今は追っ手の目を避けるために、折りたたみ式の釣り竿ケースに入れていた。これだと、緊急時に対応が遅れてしまうのは必至である。そのため、愛用の短銃型魔導具はきっちり修理して整備もしたし、新たに量産品ながら質のいい魔導剣も購入した。

 アリーシャが、なぜか呆れた顔をしたあとくすくすと笑う。

「そんなことを当たり前みたいな顔をして言っちゃうあたり、きみのお師匠さんは本当に天才ってやつだったんだねえ。とんだ常識外れだ」
「どういう意味だ?」

 首を傾げたリヒトに、アリーシャは笑みを残したまま答える。

「蟲討伐を生業としている魔術師は、魔導具の製作や整備は馴染みの専門家に任せるのが普通なんだよ。わたしだって、自分の魔導具の簡単な補修や整備くらいならできるけどね。使用不可能なほど壊れたものを、また実戦で使えるレベルにまで修復するなんて、とても無理」

 そう言われても、こちとらずっと師匠のジルバに『自分の命を預ける魔導具を赤の他人に預けるなんざ、臆病モンの俺にはできねえなあ』と言われてきたのだ。少し考え、リヒトは言った。

「今から思えば、師匠の命を狙う連中から逃げるためだったのかもしれないが……。師匠とおれは、ずっとこの帝国のあちこちを転々としていたからな。そもそも、そういう専門家と懇意になる機会がなかったんだ」

 なるほど、とアリーシャがうなずく。

「自分の武器は自分で調整するしかなかったわけか。……そうは言っても、普通はなかなかきみたちのようにできないってことは、一応一般常識として覚えておいたほうがいいと思うよ。よそで誰かと話しているときに、『何言ってんだコイツ』って目で見られたくはないだろ?」
「……わかった。気をつける」

 そんな子どもたちの会話を聞いていたスバルトゥルが、満足げな目でアリーシャを見る。

「おまえをリヒトのそばに置くことにしたのは、我ながらいい選択だったな。ジルバのやつは、人間たちの中ではちょっと――いや、かなり浮いてしまうところがあったからなあ。あいつが子育てをしたと聞いたときには、普通にその子どもの将来が心配になったぞ」

 スバルトゥルが、腕組みをしながらうんうんとうなずく。その育て子本人であるリヒトは、今更ながら自分の将来が不安になりかけた。けれど、現状を鑑みてみるとものすごく手遅れだったので、それ以上深く考えることはやめておく。

 とはいえ、師匠の若い頃の話には興味を引かれた。

「なあ、バル。師匠は昔から、食べ物と人間の好き嫌いが激しくて、興味のない人間は名前すら覚えられずに相手を怒らせるのが日常茶飯事で、何かに夢中になったらメシどころか寝るのも忘れるような、ひとりで放っておいたらいつ干物になってもおかしくない人だったのか?」
「そうさなあ。大体、そんな感じだったぞ。それに、自分に武器を向けた相手に関しては、命を取るより社会的に抹殺するほうが好みだったな」

 どういう意味だ、と視線で問いかけた子どもたちに、スバルトゥルは笑って言う。

「そいつらを徹底的に叩きのめして動けなくしたあと、死ぬまで外れない首輪型や腕輪型の魔導具を取り付けていたんだよ。例えば、語尾が『にゃん』になったり、声が舌足らずな愛らしい幼児のものになったり、口調が男なら花街の女のようになったり、女なら熱血な鬼軍曹と呼ばれる男のようになったりするやつだ」

 子どもたちは、戦慄した。たしかにそんな魔導具を装備されたら、社会的な死へまっしぐらである。

 スバルトゥルが、遠い過去を思い出す目をしながら続けていく。その愁いに満ちた表情は、美しいと称されるものかもしれないけれど、その口から出る言葉には美しさのかけらもない。

「あとは、そうだな。ジルバに殺意を抱いた瞬間、着ているものが全部弾け飛ぶものもあったんだが……。それだと、見たくもないものを見せられる被害者が増えすぎるってんで、のちのち股間あたりの布だけが弾け飛ぶように改良していたな」
「それって、改良っていうのか……?」

 胡乱な眼差しになったリヒトの隣で、何を想像したのかアリーシャが吐きそうな顔になっている。これはたしかに、若い娘に見せていいものでも、想像させていいものでもないようだ。
 スバルトゥルが、当然だろうとうなずいた。

「初期バージョンだと、着ているものが弾け飛ぶときは無音だったんだ。それが後期バージョンになったときには、景気のいいファンファーレの効果音つきになったんだぞ。すごいだろう!」

 えっへん、と言わんばかりのスバルトゥルは、もしかしたら最初の契約者であるジルバの技術力を自慢したいのかもしれない。その気持ちは、ジルバを師と仰ぎ心から敬愛するリヒトにも、一応わからないこともなかった。たぶん、きっと。……おそらく。

 しかし、そういった魔導具を開発・製作・改良できる技術力は、たしかに賞賛されるべきなのかもしれないけれど、どう考えても多大なる才能の無駄遣いである。リヒトは、ジルバの直近の作品である『空飛ぶ豪腕』を思い出し、ちょっぴりしょっぱい気持ちになった。

 アリーシャが、ふと何かを思いついた顔で問うてくる。

「あ。ねえ、リヒト。ひょっとしてきみも、短銃型魔導具の発動音を、教会の鐘や小鳥のさえずりに変えたりできるのかな?」
「やろうと思えばできるかもしれないが、する気はない」

 即答したリヒトに、スバルトゥルが言う。

「武器系魔導具に、よけいな機能をつけるのはやめておけよ。そのぶん整備に時間を取られるし、バグや不具合が発生しやすくなるからな」
「だから、する気はないと言ってるだろうが」

 何が悲しくて、命のやり取りをしている最中に、そんな気の抜ける効果音を響かせなければならないというのか。天才であるゆえにちょっぴりおかしな感性を持っていたかもしれない師匠と違い、リヒトはごくまっとうな普通の感性を持つ十五歳なのである。

 とんだ見当違いの疑いを掛けられてむすっとしたリヒトに、少し調子を取り戻したらしいアリーシャが問う。

「リヒト。きみの短銃型魔導具は、お師匠さんが作ったものかい?」
「ああ。それが、どうかしたか?」

 うーん、とアリーシャが首を捻る。

「今のところ、わたしの狙撃銃型に不備はないんだけれどね。もし今後何かあって使用不可能となったときに、きみに修復を頼むことはできるのかな、と思ってさ」

 リヒトは、即座に否を返した。

「いや、無理だ。おれが再構築レベルで修復できるのは、師匠が作った――基礎構造から術式の付加方式まで、丸ごと全部理解しているモンだけだ。悪いが、アンタの使っている狙撃銃型が壊れたときには、買い換えてもらうしかないな」

 彼女の役に立てないのは申し訳ないが、ここは素人が下手に手を出していい場面ではない。何しろ、アリーシャ自身の安全と命に関わる問題だ。

 新しいケースに入れた狙撃銃型魔導具を軽く背負い直し、アリーシャが苦笑する。

「きみが謝ることじゃないよ。元々、魔導具の整備は専門家に頼むのが普通なんだしね」
「……おれは、今まで魔導具の整備も修理も、全部自分でしていたからな。他人に金を払ってそういうことをしてもらうのは、なんだかもったいない気がするんだ」

 いくらジルバが、かなりの換金価値がある魔導石を遺してくれたといっても、結局のところ自分たちは無職の集団なのだ。適当なところで蟲狩りをしてその報酬を得ようにも、皇室側の手が回ってそもそも仕事をできなくなる可能性だってある。今後、節約できるところはしておいたほうがいいだろう。
 密かに貧乏性――ではなく、適切な経済観念を発揮したリヒトに、スバルトゥルが言う。

「そうは言ってもな、リヒト。たしかにおまえはジルバの作った魔導具なら、一通り問題なく使えるようにはできるんだろうが……。アリーシャの言うことにも、一理はあるんだぞ。ジルバだって帝国の召喚士として暮らしていた頃は、魔導具の整備を専門家に任せることもあったんだ。本当に腕と目のいい整備士がきっちり調整した魔導具は、精度も反応速度も桁違いに変わると言っていた。自分自身を客観的に見ることは、どうしたってできないんだからな。いつかすべてが片付いたら、そういう整備士と縁を作ることも考えておくといい」

 その言葉に、リヒトは少なからず驚いた。瞬きをして、思わず呟く。

「師匠でも、人を褒めることがあったんだな……」

 少なくともリヒトの知る限り、師が魔導具の扱いに関して他人を褒めるところは、見たことがない。
 一拍置いて、スバルトゥルがしみじみと言う。

「……うん。つくづくおまえは、まっとうに育ってよかったな」
「本当にねえ。……リヒトがこんないい子に育ってくれて、わたしはとっても嬉しいよ」

 旅の連れたちに、揃って生暖かい目を向けられた。なぜだ。
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