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II メドース・リガリァと北部海峡列国同盟

路面念車に乗って 7 フルエレ君が壊れたッ、 フルエレさんを追いかけろ

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「今日は何だか色々な事があったね、また今度の会合が待ち遠しいね」
「え、はい……でも会合が無くても、その会えれば嬉しいなって」
「…………うん、そうだね」

 二人は公園の中を、通路の道筋一点だけを見つめ、その他の情報は一切仕入れない様にして出口に向かった。

「でも……アルベルトさんが凄く真面目で、誠実な人だという事が分かりました」

 フルエレは斜め下から上目遣いに恥ずかしそうに言った。

「えーなんだかつまらない人間みたいだなあははは」
「違います! 本当に……とってもいい人だなって思ったんですよっ!!」
「つまり……真剣な形で二人の関係を考えてもいいのかな……」

 アルベルトさんは立ち止まって言った。フルエレはどきっとしたが嬉しかった。

「………………はぃ」

 砂緒すなおが聞いていたら、確実に蟹レベルで泡を吹いて気絶しそうな場面だった……


 帰りの路面念車はさらに空いていた。フルエレは一番端っこのシートに座った。

「夕方になるとまた風景は一変するね」
「はい、とても綺麗な所ですね」
「そうだね、フルエレ君が必死に守ってくれた場所だね」
「………………」

 何か言おうと思ったが、嬉しくて感動して言葉に詰まって、何も言えなかった。しばらく二人は無言で景色を見ていた。無言でも何一つ気まずさは無かった。

(あ、寝てる……)

 いつしかアルベルトさんは寝てしまっていた。フルエレは普段は直視出来ないアルベルトさんの寝顔をまじまじと見つめた。
 ギギギギギギギギキキキーーーッッ
突然激しいブレーキ音と共に路面念車に緊急ブレーキが掛かり、凄まじい慣性で車内の人々が進行方向に転んだりよろけたりした。
 バフッ

「キャッ」

 念車は徐々にスピードを下げ、しばらくして完全停車した。寝ていたアルベルトさんは、体ごと横を向いていたフルエレに突っ込む形で倒れ込んだ。アルベルトさんの頭はフルエレの若い胸の膨らみに、包まれる様に倒れこんでいたが、すぐに目を覚まして起き上がった。

「いや、済まない、寝てしまっていたようだ。倒れこんでしまった。痛くなかったかい?」
「い、いえ大丈夫ですよ! どうしたんでしょうか?? 事故??」

 寝ぼけていたのか、アルベルトさんはフルエレの胸に倒れ込んだ事に気付いて無いと思ったので、敢えて触れない様にした。

(今……何かとても嬉しい感触に包まれていた様な……)

 半分気付いていた。

「何だ? こんな所で止まってどうしたんだ??」
「なんだか運転魔導士さんが死んだ目で運転してたワ、過労かしら?」
「まあ惨い……」

 まばらな客が口々に話しながら、立って窓の外を見たり、降りようとドアに向かったりした。

「お客さんの中に魔力回復魔法をお持ちの方、もしくは高等魔車運転士の方はいらっしゃいませんか?」

 前の車両から若い女性が叫びながら後ろに来た。

「どうしたのかな?」
「あ、はい、どうやら過労の為か運転魔導士さんが倒れてしまった様で……前の車両では大騒ぎです」
「フルエレ君は……魔法は無理だったね。僕も魔力回復魔法なんて高度な物は使えない」

 アルベルトさんは顎に手を置いて考えた。

「……あの、二人で運転してみませんか?」
「え?」
「だってアルベルトさんは魔戦車乗り、私は魔ローダー操縦者、路面念車も多分動かせますよ!」

 フルエレは小声で話した。

「そんな物かなあ??」
「あの……何か?」
「はい! 私達運転出来ると思います!! 運転して駅に着いて、早く運転手さんを降ろさなきゃ」
「え? え、本当に大丈夫なのかな」

 アルベルトさんは慌てたが、彼は知らなかった、フルエレが乗り物好きだという事を。


 男性の乗客とアルベルトさんが慎重に運転手さんを運び出し、頭に衣服で作った枕を挟むと、アルベルトさんが体力回復魔法を使って、体調だけは回復させた。

「う、ううぅ……」

 しかし目覚める事は無く、そのまま眠り始めた。

「み、皆さん、ご安心下さい、私が運転して駅まで送り届けますから!!」

 フルエレは下を向いたまま、少し興奮して運転室に入り込み、それにアルベルトさんが続いてバタンとドアを閉めた。

「今の女の子が運転するのか?」
「大丈夫なのか?? 下を向いて目も合わせなかったぞ!」
「なんだか怖いわ、命預けて大丈夫なのかしら??」

 少し興奮気味に運転室に入って行ったフルエレを見て、皆異様な不安に駆られた……

 
「ほ、本当に大丈夫なのかい? 無理しない方がいいよ」

 運転席に座り、キョロキョロ運転台を見ているフルエレを見て、アルベルトさんも不安に駆られた。

「大丈夫です!! 私も色々な死線を潜り抜けていますから!!」
「運転の知識はあるんだよね?」
「無いです!! でも大丈夫ですよ」

 フルエレは取り敢えず、まずは魔ローダーと同じ要領でレバーを握ると、前に進めと念じてみた。
 シィーーーーーン
高度な魔法技術が投入されている魔ローダーと違い、路面念車は魔輪と同様に運転者は魔力の投入は必要だが、運転自体は運転者の直接入力が必要なタイプだった様だ。

「ど、どうしたフルエレ君? 何をじっとしてるんだい? 止めてもいいんだよ」
「い、いえ大丈夫です。精神集中してただけですから。レバーが三本じゃなくて一本のタイプなので割と運転は簡単です!」

 フルエレは軽く嘘を言うと、レバーを軽く引いてみた。逆走するというベタなミスは発生せず、するするとスムーズに進みだした。

(きっとこの小刻みな数字は加速よね……無理さえしなければ行けるわ!! 楽勝よっっ!!)
「凄いよ、凄い!! ちゃんと動いてる。さすがフルエレ君だね!」

 アルベルトさんはいつになく、興奮気味に進みだした景色を見た。

(切は絶対動力との接続を切る事よね……という事はその逆は逆走かブレーキ……)
「あは……あは……あは」

 今日一日の緊張から解放された為か、むしろ初運転の興奮からかフルエレの様子がおかしくなった。

「ふ、フルエレ君!?」

 雪乃フルエレは初めて乗る路面念車に興奮し、遂に壊れ始めた。


「あともう少しだけ、もう少しだけ遊びましょうよ」
「子供か……いい加減にしろよ」

 砂緒は先程目撃したフルエレとアルベルトさんの逢引シーンが頭から離れなくて、とにかく何でも良いからセレネと遊び歩きたい気分だった。

「お願いします! ここで土下座しますよ」
「最悪なヤツだなーしろよ、置いて帰るから」
「お願いします~~」

 砂緒は本当に子供の様に服の袖を引っ張った。

「離せっ! キモイわっっ」

 セレネは砂緒の手をパシッと払いのけた。もうキリが無いので今度こそ帰るつもりだった。

「え~ん、え~~ん、本当にお姉さんだったのに! どうして信じてくれないの?」
「ね、梅狐ちゃん、そんな事ある訳無いじゃない、大きなお人形さんで助けてくれた金髪のお姉さんが、路面念車運転してるなんて……見間違いよ!!」
「………………」
「……それって絶対」
「でしょー?」

 偶然流れて聞こえて来た親子の会話に、セレネと砂緒は顔を見合わせた。

「そこの美しい主婦の方、詳しく教えてしんぜぬか?」
「は?」

 突然目付きの悪い少年に話し掛けられて、母親は怪訝な顔をする。

「不審者かよ。すいません、この人の事は無視して下さい、どうしたのですか? 教えてくれませんか」

 初対面の人には緊張するはずのセレネが、するすると普通に話し掛けられた。

「はい……この子が例の竜騒ぎの時に、巨大な魔ローダーていうのですか、それに乗った金髪のお姉さんに助けられたといつもいつも話してて、いつかお礼がしたいと……」
「もう確実にフルエレでしょう」
「だね」
「そしてそのお姉さんが今、大爆笑しながら路面念車を運転して行ったと……」
「大爆笑しながら?」
「何故? でもそれももうフルエレでしょう、そういう事するのは」

 砂緒はいつもはお淑やかだが、興奮すると突飛な行動をするフルエレの性格では、あり得ると思った。

「よし、お姉さんが、その金髪のお姉さんに会わせてあげようね、奥さん私の後ろに乗って! お嬢ちゃんはそこの箱に乗ってね!!」
「え? え??」
「急いで下さい!!」
「は、はい」
「あのーーー私はどこに??」
「あーお前はここら辺の路上で寝てろ。他人様の迷惑になるなよ!」

 いきなり知らない少女に促されてちょっとびっくりしたが、母親と梅狐はサイドカー魔輪に乗り込んだ。乗り込むとすぐに魔輪は進みだしてしまった。

「あーーー、本当に置いて行ってしまうのですね、ふふふ無情な物です」

 本当に砂緒は歩道にそっと寝てみた。街行く人々が都会の無関心で避けながら進んで行く。砂緒は少しだけ涙が出た。


「奥さん、しっかり腰に手を回して掴まってて下さい!! 八十Nキロ程出しますから!!」
「あ、はい、前見て下さい!!!」

 振り返り母親に注意するセレネを、母親が必死に前を向く様に促した。


「見えて来た! 路面念車です!!」

 最高時速四十Nキロ程の路面念車は、魔輪で直ぐに追いつく事が出来た。

「おおーーいい!! フルエレさん! フルエレさーーーん!!」
「あは、あは、あはははははははは」
「ふ、フルエレ君が壊れたッ!? どうすればいいんだ、ん?」

 冷静なアルベルトさんが、激しく手を振り並走する魔輪に乗った少女に気付いた。

「フルエレ君! しっかりした前、横横、君を呼んでいるぞ」

 アルベルトさんが必死に肩を揺り動かすと、ようやくフルエレは正気に戻った。

「ハッ!! 私どうかしていましたか? え、誰が?? ううわっ何でセレネが並走してるの??」

 ガシャッと窓を開けた。

「セレネどうしたの??」
「フルエレさん! 貴方に感謝を伝えたいという子供さんが、見て見て」

 セレネは振り返り、指を差す。

「前見て下さいって!!」
「あ、ああ?? 梅狐ちゃん??」

 目が合った梅狐はびっくりという表情で固まった。

「私そっちに行くわ! セレネもう少し接近して!!」
「はい、わかりました!!」
「お、おおい、本気じゃないよね? 一旦停止しようよ!」
「駄目ですっ!! これ以上ダイヤを乱したら駄目なんです!!」

 フルエレは涙を流しながら力説した。

「走行しながらドアを開けて、魔輪の後ろに乗り移ります! アルベルトさん後運転お願いします!」
「はあ??」

 アルベルトさんは知らない。普段おとなしいフルエレが興奮すると滅茶苦茶仕出かす事を……

「レバー操作、大体分かりますよね? 魔戦車乗りだし!! お願いしますね!!」
(滅茶苦茶だ……フルエレ君、お淑やかなのかアクティブなのか良く分からないよ……でもカワイイ)

 バンッとドアを開けると、フルエレは取っ手を掴んで路面念車にぶら下がった。

「フルエレさん、奥さんの肩を掴んで、荷台に乗って下さい!」

 ちなみに日本の法律では三人乗るのは違法である……

「ええ!?」

 母親がぎょっとして振り返る。

「うんわかった!!」

 接近して並走する魔輪に乗る、若い母親の肩を掴むと、つま先を荷台に乗せる。

「あーーーーっ」

 フルエレがつま先を乗せた途端、また裂きの様に魔輪が少し離れた。ふわっと広がるスカートを片手で押さえる。

「フルエレ君っ!?」

 フルエレは決心をして、母親の肩をぎゅっと掴むと、魔輪に飛び移った。

「痛いっ」

 母親はフルエレの事を、あ、噂通りの怖い人だと思った……フルエレはストンと器用にお尻を荷台に乗せ、母親の腰を掴んだ。

「あ、アルベルトさん、次の会合よろしくお願いしますね!」

 フルエレは普通に挨拶すると、ペコリと頭を下げた。

(滅茶苦茶だ……この子滅茶苦茶だ……でもカワイイ)
「う、うん! 気を付けるんだよーーーー!!」

 キキキーーーー
魔輪が急ブレーキを掛けると、アルベルトさんが手を振る路面念車はそのまま走り去って行く。

「行ってしまった」
「あ、セレネ砂緒はいるの?」
「置いて来た」
「そ」

 魔輪は適当な場所に駐車した。

「ほら、いつも言っていたお姉さんでしょ、ご挨拶とお礼を言いましょうね」

 母親が促すが、いざとなると恥ずかしがって言い出せない梅狐。

「あはは、別にいいですよ、私、この子のご両親がちゃんと見つかったって、分かっただけでも嬉しくて」
「お、お姉さん、助けてくれて、ありがとう……お父さんお母さんもいたよ」
「うんうん……良かったね、本当に良かったね」

 フルエレは梅狐の頭をぽんぽん叩いて撫ぜた。

「それと……」
「それと何かな?」
「それと……お姉さんも泣いてたから、大丈夫、もう泣かないでって、言おうと思ったの……」
「………………うん、大丈夫だよ、ありがとう、ありがとう……」

 フルエレは思わず梅狐を抱きしめた。セレネは二人の様子を見てとても嬉しくなったが、下手な事は何も言わずにおいた。


 ―その日の夜。

「ほんとに確かに小さいわ……」

 お風呂に浸かるセレネは、自らの胸の膨らみを下から持ち上げてみた。

「何故だろ……ちゃんと食べてるのに」

 お湯の中に口まで浸けると、泡をぶくぶくさせた。そのままバシャッとお湯から出た。


 服を着て、しばらく鏡台の前でじっとしていたが、視界に入った砂緒から貰ったイヤリングの箱を開けた。

「凄い高そう……」

 そのまま耳に装着してみた。

「むふっ」

 何故か笑顔になって、いろいろな角度からきらきら煌めくイヤリングの宝石を眺めた。

(もっと喜んでみせれば良かった……こんなの貰っておいて凄く性格悪い子だった……)

 一瞬フルエレと梅狐の再会のシーンを思い出した。そのまま髪の毛で顔を隠して俯いた。


 ……砂緒がとぼとぼ一人で帰って来たのは、深夜だったという。
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