誰かが彼にキスをした

ゆづ

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織川 ひかり

復讐

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「陽向」

 ひかりさんは不安そうな瞳を陽向に向けた。
 すでに何が待ち受けているか分かっているような顔つきが、彼女にかけた疑いをいっそう強くさせる。

 琉星くんも緊張しているようだった。私たちを待っている間、二人は無言だったのだろうか。その静寂の余韻が漂っている部室で、陽向が場違いに明るい声を出した。

「どうしたんだよひかり。琉星も。暗いぞ!」
「だって……私を呼び出したってことは、もう分かっちゃったんでしょ?」
「いや。分かってないよ。ここにいる全員、昨日の夕方に何が起きたのか、はっきりと分かっているやつはいないんだ」

 ひかりさんが琉星くんと陽向、そして私の顔を順番に見た。
 私とひかりさんがしゃべったことは中学時代ですらもない。私の方で避けていたからだ。
 こんなに近くで顔を合わせるのもほとんど初めてだ。私の方は一方的に意識していたから彼女のことをよく知っているけれど、彼女の方は私のことを知らない可能性もあった。

 けれどもひかりさんは瞬時に私の正体に気づいたようだった。
 私に向かって、神妙な顔つきで小さく頭を下げた。

「説明してくれるか?」
「……うん」

 ひかりさんによって最後の種明かしが始まった。
 彼女の物語の始まりは、インターハイ予選が始まる前まで遡った。


「これまでもあんまり一緒にはいられなかった琉星くんが、インターハイ予選の練習にますます打ち込み始めて──私はなんだか琉星くんがバスケに取られちゃったような気がしてたの。そんな子供みたいなことを言ったら嫌われちゃうような気がして、ずっと、何も言えなかったけど……」 
 
 甘えん坊だったひかりさんが、我慢していた本音を初めて打ち明ける。
 それは琉星くんが予想していた通りだった。
 彼女は寂しかった。
 琉星くんと一緒にいたかった。
 でも嫌われたくなかったから彼の言う通りにしていた。
 それから。

「琉星くんにもう待たなくていいって言われた時、何だか捨てられたような気がして、どうしても受け入れることができなかった。琉星くんと一緒に帰ることだけが私の唯一の楽しみだったのに、琉星くんにとっては私の存在が迷惑でしかなくて……私なんかもう琉星くんにはどうでもいいんだって思ったの」
「それは」

 違うと言いかけた琉星くんを制して、陽向が「それで?」と促す。
 ひかりさんは泣きそうな顔をしてうつむいた。


「──だから家に帰って、マフィンを作ったの。琉星くんに復讐するために」

 
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