誰かが彼にキスをした

ゆづ

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織川 ひかり

防御の魔法

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 彼女は甘えん坊でおっとりしていてマシュマロみたいな子だった。
 妹キャラっていうんだろうか。
 本人は必死で頑張っているつもりでもどこか足りないところがあって、放っておけないと思わせるタイプ。完璧じゃないところが逆に魅力で、「ひかりはしょうがないね」って言われながらもみんなに許されてしまうような愛され上手な人だった。

 陽向は困った人がいると放っておけないタイプだから、頼りない彼女をいつも助けたり、気にかけたりしてあげていたようだった。そんな陽向に彼女も心からの信頼を寄せていて、何かあると真っ先に陽向に話しかけていた。
 
 頼るのも懐くのも苦手な私とは、何もかもが正反対の人。

 その二人が、窓際に立って何か大事なことを話し合うような緊張した横顔を見せていた。
 見てはいけないものを見てしまう予感がして、一瞬顔を背けた時だった。

「ひかりのことが好きだって言ってんだよ」

 いつも聞いていたその声を私の耳が聞き間違えるはずがない。
 今のは確かに、陽向の声だった。

「本当に⁉︎ 嬉しい!」

 見なければ良かった。振り向いてしまわなければ。でも私の目は、自動追尾弾のように二人を追いかけて、彼女のはしゃぐ笑顔やホッとしたように笑う陽向をその照準の中にとらえ、逆に撃墜されてしまったのだった。

「ありがとう、陽向」

 二人が寄り添って笑うカップル成立の瞬間、私は廊下を駆け出した。階段を駆け下り、約束の玄関口を通り過ぎ、家まで止まらずに歩き続けた。
 自分の部屋に戻ると、陽向に貸そうと思っていた新作ゲームソフトが勉強机の上に置いてあるのが目に入った。
 私はそれを本棚に戻し、ベッドの上に寝転んで何時間も泣いた。

 こんな日がいつかやってくるって、ずっと思っていた。
 だけど辛い。
 想像していたのよりも何十倍も痛い。

 目を動かせば、陽向と一緒に落書きして怒られた時の壁のしみがある。
 陽向と一緒に並んで撮った入学式の写真の入った写真立てがある。
 陽向が好きだったくまのプーさんの絵本は本棚に。
 陽向からもらった誕生日のプレゼントのぬいぐるみは枕元に。
 どこを向いても、そこには陽向。
 今日からそれらは、ただの壁であり、写真立てであり、絵本であり、ぬいぐるみというただの物体になる。
 
 心を閉ざさなければ壊れてしまいそうで、私は自分に堅くて分厚い防御魔法をかけた。

 今日から私も、陽向とは家が近いただの同級生、景山昴だ。


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