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6、新年の宴

赤い蜥蜴

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 白葡萄酒を一口、口に含んで、ユリウスが飲み下す。

「僕もあの後、いろいろと調べてはみたんだよ。イフリート家がナキアの中枢で力を持っているのはここ百年くらいだけれど、イフリート家自身が〈黒影〉を利用して女王家に近づいたのは三百年くらいになるかな?もともと、〈公爵〉の爵位は西では一代限りの特別な恩寵を示す爵位で世襲できなかったのが、世襲を認められたのがだいたい、二百年くらい前だと思う。それ以後、イフリート家は唯一の公爵家だ。――何か、符合しないか?」
「符合?」
「最後の〈聖婚〉が二百年前。その後、執政長官インペラトールとして元老院を掌握した初代イフリート公爵は、〈禁苑〉からの〈聖婚〉の要請を拒絶した。それ以来、イフリート家が力を握るナキアの中枢は、幾度もの〈聖婚〉の要請を全て拒絶し続けてきたんだ。今回だってアデライードがナキアにいたら、〈禁苑〉がいくら〈聖婚〉を言い出しても、ウルバヌスは拒否しただろう」

 その辺りの歴史は恭親王も歴史書で読んだ。初代イフリート公爵は現実主義の世俗主義、ちょうど王女が減り始めたこともあって、〈禁苑〉からの〈聖婚〉の要請を拒んだ。

「イフリート家が、〈聖婚〉を拒んでいるというのか?」
「それもある。ここ二百年、イフリート公爵は反〈禁苑〉派の最右翼と言われているけれど、実際にはほとんど反〈聖婚〉派と言ってもいいくらい、〈聖婚〉を頑なに認めようとしない。それに、イフリート家出身で執政長官を務めた者はここ二百年で五人いるのだけれど、ある共通点がある」
「共通点?」
 
 ユリウスは組んだ膝の上で、細く長い指を組んで言った。

「――イフリート公爵を父とする、女王はいない」
「――どういうことだ?」
「つまり、執政長官たるイフリート公爵と女王との間には、王女が生まれていないか、生まれても全て早世している。また、イフリート公爵と結婚した女王は、流産を繰り返す傾向が強い。アルベラの母たるアライア女王もアルベラの前に二人、子を失っておられる。……ギュスターブと結婚後のユウラ女王もね」

 不穏な話に、恭親王が眉間の皺を深くする。

「まどろっこしい、はっきり言え」
「イフリート家の血を引く王女で、まともに育ったのはアルベラだけだということさ。――もっとも、アルベラには〈王気〉がない。僕は貴種ではあるが成り上がりのイフリート家では魔力が足りなくて、ついにアルベラに〈王気〉がなくなったのかと思っていたが、そうではないとしたら。そもそもイフリート家の特性として、龍種とは相容れないのだとしたら――アルベラに〈王気〉が消えるのもあり得ない話ではないと思ったんだ」

 恭親王は黒曜石の瞳を見開いて、じっとユリウスを見た。

「イフリート家は、本来は泉神殿の祭祀を継承する家でね、今もウルバヌスの従姉が泉神殿の女神官長を務めているけど、これは土着信仰が〈禁苑〉の傘下に降った神殿なんだ。東にはあっても、数が少ないだろう?」
「そういえば、聞いたことないな」

 東にも泉を備えた神殿はあるが、泉そのものを信仰する神殿はない。泉神殿は水の少ない西では、かなりの信仰を集めている。

「イフリート家と〈黒影〉は、そもそもは泉神殿の祭祀集団だったと言われているんだ。それが、〈禁苑〉に降り、女王家の支配下に入る。イフリート家が貴種として爵位を認められたのは三百年くらい前。その頃から暗部としての〈黒影〉を擁して隠密仕事なんかを請け負っていたらしいけれど、始祖女王以来の血統を誇る八大諸侯家と四方辺境伯に比べれば、成り上がりと馬鹿にされても仕方がない」

 恭親王はどこか遠くを見るような目をして、言った。

「……つまり、イフリート家は始祖女王以来の貴種ではない。――だが、魔力自体はあるので貴種に認められた。どういう契機でそんなことが起きたんだ?」

 およそ、十二貴嬪家とその傍系である八侯爵家の、計二十家の貴種が確立されている東の帝国において、新たな貴種の認定などあり得ない。

「イフリート家が貴種として認められた経緯はよくわからないが、最初は伯爵に叙任されたのが始まりだ。――噂では、〈影〉を使って女王を守り、その愛人だったと。彼らにとって不都合な歴史なのか、記録がほとんど残っていない」
「……イフリート家の、もともとの本拠地は、どこだ?」
「へパルトス。西南辺境を護る、ガルシア辺境伯領と隣接する、小さな山間の村だと言う話だが、僕はそれ以上はよく知らない」
「辺境……」

 何とも、魚の小骨が咽喉に引っかかったような気分を、恭親王は冷えた白葡萄酒で流し込む。
 
「イフリート家の紋章は、たしか……」
「泉を守る、火蜥蜴サラマンダーだよ」
「蜥蜴……女王の愛人――偽の、つがい……」

 かつて南方の戦で体験したことを思いだし、恭親王がほぼ無意識に口走った言葉を、しかしユリウスは聞き逃して聞き返した。

「えっ?なんだって?」

 はっとして恭親王が居住まいを正す。

「いや、何でもない」

 はっきりしない段階で、迂闊なことを口走るべきではない。しかし、恭親王は先ほど一瞬だけ目にした刺客の肌に彫られた赤い蜥蜴の入れ墨が脳裏にチラついて、女王家の歴史に潜む深淵を覗き見た気分になり、味のしなくなった白葡萄酒を呷った。
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