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7、帰郷
ヴィルジニオの我儘
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「わざわざお心づかい感謝いたします。妹はまだ伏せっていて……ぜひ声をかけてやってください」
見舞いと詫びに訪れた恭親王に対し、ヴェスタ侯爵はにこやかに言って、恭親王をベルナデットの部屋に案内しようとするが、恭親王はすげなく首を振った。
「いや、結構。まだ伏せっておられる方を、煩わせることはない。これで失礼する」
素っ気なく言う恭親王に、ヴェスタ侯爵ヴィルジニオはやや焦って、恭親王にお茶を薦める。
「いえ、せめてもう少しお話を……例えば、殿下はナキアの方に来られる予定などは……」
「今のところ、ない。ナキアの情勢が不確定なこともあるので」
「是非、拙宅の方にもお越し願いたい。我々はアデライードのイトコです。ナキアでアデライード派を糾合するのに、我々が中心とならねば誰がなるというのでしょう」
ヴィルジニオの言葉はもっともだが、しかし恭親王はこのヴィルジニオにあまり期待していなかった。
「そのあたりはまたおいおい……急いては事を仕損じると言う。私はアデライードの即位は焦ってはいない」
しばらく女王の空位が続いたところで、恭親王には実害はない。
「ベルナデットの容態によっては、もう少しこちらに滞在させていただいても……?」
ヴィルジニオの問いに、恭親王は無表情に応じた。
「滞在されるなら自由にして構わない。私とアデライードは明日からレイノークス辺境伯領に行くから留守にするが」
その答えに、ヴィルジニオの方が驚いて恭親王に問い返した。
「レイノークス伯領ですって? 何をしに?」
「何って、アデライードの里帰りだ。彼女はここ十年以上、故郷に帰っていないのでね。先祖代々の霊廟に詣でたり、他の家族に挨拶したり、いろいろある」
「それは……もしや、エイロニア侯爵も一緒に?」
「確認していないが……ユリウスの細君はエイロニア侯爵の長女と聞いているから、そうなんじゃないか?」
「わ、我々もご一緒しても?」
さすがに恭親王は驚いてまじまじとヴィルジニオの顔を眺める。
「私の家ではないから、私に聞かれても困る。しかし、普通、突然の訪問は迷惑ではないのか?」
「ですが、レイノークス伯領はソリスティアのすぐ隣。ついでに寄って悪いことはありますまい」
恭親王は右眉を少し上げて、旅程を考える。
レイノークス伯領とソリスティアは大河ドーレを挟んで隣接するが、普通は河を渡ったりはしない。津が小さいのと、意外に流れが速く、かつ浅いので、大型の船は行き来がしづらいのだ。ユリウスはいつも、領内の漁港まで居城から馬車を飛ばし、漁港から専用の船でソリスティアに入る。
一方ソリスティアとナキアとの往復は、ソリスティアから直接ナキアに近いカンダハルの港まで乗りつけるか、レイノークス家の所領ではない、海港都市のどこかに船で乗りつけ、そこから陸路馬車の旅になる。レイノークス家所領の漁港を経由するなんてこと、普通はしない。
(全然、ついでじゃないと思うのだが……)
ユリウスは自前の船を持っているのでそれで往復するが、大貴族とはいえ、ナキアのエイロニア侯爵もヴェスタ侯爵も、自前の船などは当然所有していないから、エイロニア侯爵は今回、陸路をレイノークス伯領まで馬車で行き、そこから娘婿の船に同乗してきたのだ。ヴェスタ侯爵は海港都市シルルッサまで馬車で行き、そこで船を雇ったらしい。急な出立であったため、あまりいい船を借りることができず、海の旅は不快極まりないものであったという。
(……なるほど、それでユリウスの船に乗りたいということか……)
「私はレイノークス伯の船に何人乗れるかとか、全く知らないから、悪いが直接ユリウスに聞いてほしい。帰りの船の手配が不安だということなら、総督府から信頼のおける船頭を紹介できると思うが……」
そう言って背後に控えるゲルに目をやると、ゲルが進み出て一礼する。
本音を言えば、まっすぐナキアに帰って欲しい。
「アデライードにとっては十年ぶり以上の帰郷だ。政治的な思惑抜きに、ゆっくり家に帰してやりたいのだ。家族の再会でもあるし」
「では、なおさら殿下はかの地でご退屈でしょう? アデライード姫があちらで懐かしい方々とお会いになる間、我々を話し相手にでもお連れ下さい。狩猟シーズンでもあるし、当然、狩りもするんでしょう?私は狩猟が趣味なんです」
別に貴様の趣味などどうでもいいと、危うく口にしかけた言葉を飲み込む。
レイノークス伯領での滞在は七日程の予定だが、向こうでの予定などは全て、ユリウスにお任せであった。
「いずれにせよ、ユリウスに聞いてくれ。私では何とも言えない」
恭親王は立ちあがり、ヴィルジニオの部屋を後にする。
(厄介なことになった……。ユリウスに叱られるかもな)
眉間に深い皺を刻んで、恭親王は不愉快な気分で自室へと戻った。
見舞いと詫びに訪れた恭親王に対し、ヴェスタ侯爵はにこやかに言って、恭親王をベルナデットの部屋に案内しようとするが、恭親王はすげなく首を振った。
「いや、結構。まだ伏せっておられる方を、煩わせることはない。これで失礼する」
素っ気なく言う恭親王に、ヴェスタ侯爵ヴィルジニオはやや焦って、恭親王にお茶を薦める。
「いえ、せめてもう少しお話を……例えば、殿下はナキアの方に来られる予定などは……」
「今のところ、ない。ナキアの情勢が不確定なこともあるので」
「是非、拙宅の方にもお越し願いたい。我々はアデライードのイトコです。ナキアでアデライード派を糾合するのに、我々が中心とならねば誰がなるというのでしょう」
ヴィルジニオの言葉はもっともだが、しかし恭親王はこのヴィルジニオにあまり期待していなかった。
「そのあたりはまたおいおい……急いては事を仕損じると言う。私はアデライードの即位は焦ってはいない」
しばらく女王の空位が続いたところで、恭親王には実害はない。
「ベルナデットの容態によっては、もう少しこちらに滞在させていただいても……?」
ヴィルジニオの問いに、恭親王は無表情に応じた。
「滞在されるなら自由にして構わない。私とアデライードは明日からレイノークス辺境伯領に行くから留守にするが」
その答えに、ヴィルジニオの方が驚いて恭親王に問い返した。
「レイノークス伯領ですって? 何をしに?」
「何って、アデライードの里帰りだ。彼女はここ十年以上、故郷に帰っていないのでね。先祖代々の霊廟に詣でたり、他の家族に挨拶したり、いろいろある」
「それは……もしや、エイロニア侯爵も一緒に?」
「確認していないが……ユリウスの細君はエイロニア侯爵の長女と聞いているから、そうなんじゃないか?」
「わ、我々もご一緒しても?」
さすがに恭親王は驚いてまじまじとヴィルジニオの顔を眺める。
「私の家ではないから、私に聞かれても困る。しかし、普通、突然の訪問は迷惑ではないのか?」
「ですが、レイノークス伯領はソリスティアのすぐ隣。ついでに寄って悪いことはありますまい」
恭親王は右眉を少し上げて、旅程を考える。
レイノークス伯領とソリスティアは大河ドーレを挟んで隣接するが、普通は河を渡ったりはしない。津が小さいのと、意外に流れが速く、かつ浅いので、大型の船は行き来がしづらいのだ。ユリウスはいつも、領内の漁港まで居城から馬車を飛ばし、漁港から専用の船でソリスティアに入る。
一方ソリスティアとナキアとの往復は、ソリスティアから直接ナキアに近いカンダハルの港まで乗りつけるか、レイノークス家の所領ではない、海港都市のどこかに船で乗りつけ、そこから陸路馬車の旅になる。レイノークス家所領の漁港を経由するなんてこと、普通はしない。
(全然、ついでじゃないと思うのだが……)
ユリウスは自前の船を持っているのでそれで往復するが、大貴族とはいえ、ナキアのエイロニア侯爵もヴェスタ侯爵も、自前の船などは当然所有していないから、エイロニア侯爵は今回、陸路をレイノークス伯領まで馬車で行き、そこから娘婿の船に同乗してきたのだ。ヴェスタ侯爵は海港都市シルルッサまで馬車で行き、そこで船を雇ったらしい。急な出立であったため、あまりいい船を借りることができず、海の旅は不快極まりないものであったという。
(……なるほど、それでユリウスの船に乗りたいということか……)
「私はレイノークス伯の船に何人乗れるかとか、全く知らないから、悪いが直接ユリウスに聞いてほしい。帰りの船の手配が不安だということなら、総督府から信頼のおける船頭を紹介できると思うが……」
そう言って背後に控えるゲルに目をやると、ゲルが進み出て一礼する。
本音を言えば、まっすぐナキアに帰って欲しい。
「アデライードにとっては十年ぶり以上の帰郷だ。政治的な思惑抜きに、ゆっくり家に帰してやりたいのだ。家族の再会でもあるし」
「では、なおさら殿下はかの地でご退屈でしょう? アデライード姫があちらで懐かしい方々とお会いになる間、我々を話し相手にでもお連れ下さい。狩猟シーズンでもあるし、当然、狩りもするんでしょう?私は狩猟が趣味なんです」
別に貴様の趣味などどうでもいいと、危うく口にしかけた言葉を飲み込む。
レイノークス伯領での滞在は七日程の予定だが、向こうでの予定などは全て、ユリウスにお任せであった。
「いずれにせよ、ユリウスに聞いてくれ。私では何とも言えない」
恭親王は立ちあがり、ヴィルジニオの部屋を後にする。
(厄介なことになった……。ユリウスに叱られるかもな)
眉間に深い皺を刻んで、恭親王は不愉快な気分で自室へと戻った。
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