【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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終章 ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

ラルフ・シモンズ

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 翌日の昼過ぎにマクガーニからは、リンドホルム到着と葬儀の日程を知らせてきた。折り返し、第三王子アルバートの代理人として、秘書官ロベルト・リーンとリジー・オーランドが向かうと知らせる。俺は特務将校のラルフ・シモンズ大尉を護衛に、その夜の夜行でリンドホルムに向かった。

 十二年前の早春、俺は訳も分からずマックス・アシュバートンと二人、一等車両に乗せられた。客車は新しくなって、座面はスプリングが効いている。王国西北部に向かう列車のターミナル駅、王都西駅の、にぎやかな雑踏。

 護衛もなしで――今、思えば、目ただないように特務の者は配備されていたのかもしれないが――の列車の旅はあれが最初で最後だった。秋の深まるリンドホルムは朝晩の冷え込みは厳しいと聞き、俺は黒い外套を羽織り、黒いソフト帽をかぶって列車に乗り込む。俺がコンパートメントの座席に座ると、ロベルトが鞄を置いて言った。

「俺は新聞と弁当買ってきますから。……酒もいりますよね?」
「ああ、頼んだ」

 ロベルトが出て行くと、ラルフはさっそくコンパートメントの周囲をうろついて不審者チェックに暇ないが、はっきり言えば、いかつくて強面の男がフラフラして、むしろ不審者そのものだ。

 俺は駅で購入した地図と時刻表を取り出し、広げてみる。

「――明日の昼過ぎには着くのか。……以前は夕方のかなり遅い時刻に着いたはずだが……」

 俺が腕時計と時刻表を見比べながら呟けば、戻ってきて対面の席に座ったラルフが言った。

「車両の改良が進んでスピードアップしたのと、毎年ダイヤ改正がありますからね」
「なるほど」

 俺は地理とだいたいの時刻を頭に叩き込むと、それらを畳んで鞄にしまう。ラルフが油断なく周囲を見回している。俺は胸ポケットから煙草入れシガレット・ケースを出してラルフに差し出した。

「そこまで警戒する必要はないだろう、一服したら」
「ええ、まあそうですがね。列車が発車するまではヒヤヒヤものですよ。……殿下もおしのび旅行だなんて、お人の悪い」

 ラルフは紙巻煙草シガレットを一本、太い指で取り、口に咥える。俺も一本取って口に咥え、煙草入れを胸ポケットにしまうと、ラルフがマッチを擦って俺の煙草に火を点け、次いで自分の煙草にも着火する。

 俺は窓を薄く開けて、ふうと煙を吐き出した。
 日はすでに落ち、窓の外は暗い。

「発車まであと、十五分ほどです」
「そうだな……ロベルトの奴はどこまで弁当を買いに行ったのやら……」 
「朝飯はどこで調達しますか」
「……朝の七時過ぎにカーナヴォンに止まる。十二年前はもう少し遅い時刻だったが、カーナヴォンの駅で、窓越しに売り子から買った」
「マックス・アシュバートン中佐が?」
「その頃はたしか、少佐だった」

 俺たちは煙草を吸いながら話をする。ラルフが立ち上る紫煙を見つめ、俺に尋ねた。

「……殿下がリンドホルムにいたのは、中佐から聞いています。でも理由まではね。お聞きしても?」
「王家の機密事項に関わるけれど……俺は母親の王妃と折り合いがよくない。それで、体を壊した。おおぴらにもできないから、父上がマックス・アシュバートンに俺を押し付け、マックスは表向き寄宿舎に入れたことにして、俺をリンドホルムの自分の城に連れて行った」
「その時の偽名が、リジー・オーランド?」
「そう」
「それで、幼い頃のエルスペス嬢と出会った。……向こうで、当時を知る人は?」

 俺は煙草を指の間に挟み、その肘を窓枠に乗せて少し考える。

「……使用人は覚えている者も多いかもしれない。ウルスラ夫人の執事だったジョンソンは、一目で俺に気づいたらしい。でも、あちらの人間は、俺の正体は知らない。訳ありの貴族の息子、リジー・オーランドだと思っていたから」
「……なるほどね。下級使用人なんかは、けっこう、入れ替わっているでしょうね。執事と家政婦は変わっていないようですが、メイドなんかは入れ替わりが激しいから。下男も、戦争にとられたり。経済状態もよくないようです」
「らしいな」

 俺は備え付けの灰皿で煙草をもみ消すと、二本目を取り出す。

「ラルフはリンドホルムに行ったことは?」
「……連絡のために何度か。俺は志願少年兵出身で、本来は士官なんてなれない身の上ですが、アシュバートン中佐の引きで奨学金をもらって、士官学校に行ったんです。……数年遅れになりましたが」
「以前、履歴書は見た」

 士官になるには貴族階級の出身であるか、士官学校を出るか、あるいは大学カレッジを卒業する必要がある。

「いわば中佐は俺の親代わりみたいなものでした。お嬢さんと息子さんも遠くから見たことはあります。……十歳を過ぎると淑女教育とやらで、男の前にたやすく顔を見せたりはしないそうで、話したことはないんです」

 ラルフはそう言って、ふーっと煙を吐き出す。

「……でも、俺の恩人のご令嬢であることには違いはありません」

 ラルフの鋭い灰色の目に射すくめられて、俺は思わず姿勢を正した。

「俺は貴族の相続については、詳しくない。でも、戦死者の直系子女への代襲相続は、慣例として認められていると聞いています」   

 ラルフの言葉に、俺も頷く。

「だから、ご令嬢とご母堂が城も領地も追い出されているなんて、想像もしていなかった……」
「事情は今、俺も探っている。でも、相続のやり直しは正直言って、厳しいと思う」
「……じゃあ、お嬢さんがあの城を取り戻すのは……」

 俺は少し身を乗り出し、ラルフの顔に顔を近づけて言った。

「現在の相続人が、正当な相続人を殺害している場合は話が別だ。相続は取り消され、本来あるべき姿に戻される」

 ラルフが灰色の瞳を細めた。

「……坊ちゃんの死因が怪しいと――」
「死に至るほどの急性のアレルギー発作。診断を下したのは誰だ?……現伯爵サイラス・アシュバートンの職業は?」
「……町医者……つまり……」
「ラルフと部下には、三年前のウィリアム・アシュバートンの死因について探ってほしい」
「了解です。……ただ、邸内の情報が探りにくいですね。人を送り込むにも、財政難で、新しい使用人を募集していない」

 俺はしばらく考えて、言った。

「ジョンソンを使おう」
「ジョンソン?……お嬢さんの執事の人?」
「この後、エルシーは俺たちとビルツホルンに向かうが、執事やメイドまで連れていくわけにいかない。……例えば、おばあ様の遺品の整理とか、適当な理由をつけて、あの邸に滞在してもらえば――」

 もともとの使用人ではあるし、おばあ様が亡くなり、元の邸に戻るのもさほど不自然ではない。給金をエルシー(つまり俺)が支払うならば、アシュバートン家も文句は言わないだろう。
 
「秘密は守れますかね?」
「ジョンソンは俺の正体に気づいても、何も言わなかった。おばあ様やエルシーへの忠誠心も厚いし、信用できる」

 俺はふと、アシュバートン家の執事のアーチャーを思い出す。――あいつよりはよっぽど、信用できる。

「わかりました。俺も部下を一人、リンドホルムの警察周辺に潜り込ませてみます」
「……そんなこともできるのか」

 俺が目を丸くすると、ラルフはニヤリと笑う。

「まあ、特務っすから。……この手の仕事は全部、中佐に仕込まれましたし。いずれは殿下が受け継ぐんでしょ?」
「……そう、マックスは言っていたが、オズワルト小父様……マールバラ公爵と直接話ができていないからな」

 特務機関は国家権力の中枢と関わるから、誰がトップに立つかは機密になる。……たいてい、王族の一人で王位に就く可能性はないレベルの者が管掌する。

「まあ、いつでも命じてください。邪魔者の一人や二人、簡単に片づけて見せますよ」
「ゲホッ」

 俺が思わず煙にむせると、ラルフが笑った。

「……その代わり、お嬢さんに不実なことをしたら――」

 ラルフの灰色の瞳がギラリと危険な色に光り、俺は本能的に身構えた。――俺も頑張って体は鍛えているけれど、根本的な部分で鍛え方のレベルが違う。ラルフが俺の顔に口元を寄せ、低くドスの利いた声で囁いた。

「だいたい、結婚前に手を付けるとか、中佐がご存命だったら絶対に許されないと思うんですよね……そりゃもう、鉄拳制裁どころじゃあすまないと――」
「うっ……それは、その――」

 俺がその迫力に硬直していた時、コンパートメントの扉が開き、弁当を数箱抱えたロベルトが入ってきた。

「お待たせ~、弁当と酒、つまみと、ついでに新聞っす~!……あれ、どったの、至近距離で見つめあっちゃって。もしかして恋が芽生えちゃった?」
「芽生えるか!」

 ラルフがロベルトを一喝し、殺気がそがれたすきに、俺はホッと息をつく。
 ちょうど発車のベルが鳴り、列車がゆっくりと動き始めた。

 
 
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