【R18】女嫌いの医者と偽りのシークレット・ベビー

無憂

文字の大きさ
33 / 43
【番外編】家庭教師デイジー・トレヴィス

マクミラン侯爵家

しおりを挟む
「マクミラン侯爵家が家庭教師ガヴァネスを探しているの。あなたにどうかと思って。ミス・トレヴィス?」

 家庭教師紹介所のマダム・ターナーに言われ、わたくしは首を傾げた。
 マクミラン侯爵家は王都でも名家だけど、最近、当主夫妻が不幸な事故で亡くなった。飛行船の飛行実験で、大爆発を起こしたのだ。

「まだ幼い子供で、文字の読み書きの初歩から住み込みで……半ば子守りナニーも兼ねる感じね」 

 家庭教師ガヴァネスとしては、わたくしはもう少し大きい女の子の相手が得意だ。でも、できないわけではない。

 マダム・ターナーによると、現在のマクミラン侯爵は事故で亡くなった先代の弟で、元は医師、まだ独身だそうだ。

「……独身なのに、子供の家庭教師?」

 もう一度、首を傾げるわたくしに、マダム・ターナーが言った。

「ちょっと複雑な事情で、親族の子を引き取ったのですって。それで、内部に立ち入らない人がいい、というお話なの。経験のある方が望ましく、給金も色を付けてもいいと。あなたは口が堅いし経験も豊富。……それに、新しいマクミラン侯爵は独身だけど、女嫌いという噂なのよ」
「女嫌い?」
「一説によるとモテすぎて女性が苦手らしいの。王立病院の医師だったのだけど、女性の患者が殺到して、嫌気がさしてやめて軍医になったそうよ。最近、戦地から戻ってきたばかりですって。だから若さと色気を売りにしているような女性はダメ。でも子守りナニー兼任を考えれば、女性がいい。……そういうわけで、あなたはどうかと思ったの」
「是非、お願いします」

 ちょうど仕事が切れて、職を探していたわたくしが勢い込んで言えば、マダムも頷いた。

「じゃあ、向こうでも面接をして決めたいということだから――」

 そうして、わたくしは指定された日時に、マクミラン侯爵邸に赴いた。




 侯爵邸に向かう前に、わたくしの方でも一通りは調べた。
 マクミラン侯爵イライアス・ハミルトン卿。二十八歳。ローレンス大学の医学部を優秀な成績で出て、内科医の資格を得る。次男だったので、卒業後は王立病院に勤め、その後、軍医に志願して戦地に。腕もよく、患者の信頼も篤い名医と評判だ。

 まだ若く独身で、半年前に兄の死により突然、侯爵位を継いだ。

 その経歴を見て、わたくしは自分の姿をショーウインドーに映し、マダムがわたくしを推薦した理由に納得する。

 デイジー・トレヴィス、二十六歳。アーデン子爵だった父を八年前に亡くし、爵位は叔父に移った。 
 地味なこげ茶の髪をひっつめにして、襟の詰まった地味なドレス、丸い顔には丸い眼鏡、ころころとした体つき。

 ――そう、色気のカケラもない姿。

 父の爵位を継いだ叔父は、わたくしが美しくないから嫁入り先を探すのも無理、持参金も出せないと言って、わずかな金でわたくしを追い出したのだ。読書が好きで読み書きは得意だったから、家庭教師として身を立て、何とか暮らしている。
 家庭教師は、勤め先の主人の手がついたり、あるいは奥方が嫉妬して警戒したりして、クビにされてしまうことがあると聞くけど、幸いというか、この外見のおかげで清く正しく勤めあげてきた。マダム・ターナーはわたくしの実績を評価して、今回、マクミラン侯爵邸の話を持ってきてくれたのだけど。

 ――わたくしだって、恋や結婚を諦めたわけじゃないんだけどな。

 この前読んだ恋愛小説を思い出す。幼い令嬢の家庭教師として雇われた没落令嬢と、やもめの当主との悲恋物語。わたくしも、ちょっとだけならそんな夢を見てみたい。まあでも、所詮、夢よね――

 そんな風に思いながら、わたくしはマクミラン侯爵邸の戸を叩いた。



 王都の閑静な高級住宅街の一角にある、テラスハウスの一つ。乗合馬車を降りて階段ステップを上がり呼び鈴を押せば、即座に従僕フットマンが顔を覗かせる。ミセス・ターナーの名刺を渡せば、すぐにきっちりとボータイを締めた初老の執事が応対してくれる。

 玄関の回りは掃除が行き届き、埃一つ落ちていない。東洋の染付の花瓶には花が飾られ、絨毯も装飾品も、住人の趣味の良さをうかがわせる。

「お待ちしておりました、ミス・デイジー・トレヴィス。執事のブレナンと申します。こちらは家政婦のミセス・ドーソン。屋敷内のことは我々で取り仕切っておりますので、何かあればどうぞ」
「ありがとうございます」

 当主の侯爵、イライアス卿は外出中なので、まずは当主のご母堂様である、先々代侯爵夫人、レディ・ヴェロニカから説明を受けることになった。

 ゆったりしたティーガウンをまとった穏やかな方で、年のころは五十半ばといったところ。

「よく来てくださったわ、ミス・トレヴィス? 手書きの履歴書も読ませていただいたけど、本当にきれいな字をお書きになるのね。経験も豊富で……とりあえず、我が家はちょっと変わったことになっていますのよ。あまり驚かないことと、内情を他所で口にしないことをお約束していただきたいの」
「勤め先の秘密を守るのは、この仕事の常識ですわ、マダム」
「そうね。……まず、お願いしたい子供はルーカスといって、六歳の男の子なの。素直で利口ないい子よ?」

 ヴェロニカ夫人が言い、少し声を潜める。

「ルーカスは、……要するに親族の子なのだけど、まだ認知されていないの。いえ、イライアスの子ではないのよ。イライアスの友人の子供なのだけど、ちょっと厄介な関係で。だから、あの子の父親の話はしないでいただきたいの」
「……はあ」

 わたくしが怪訝な表情をしてしまったせいだろう、ヴェロニカ夫人が笑った。

「いえ、単に、あの子がまだ幼いから、父親のことは話していないのよ。時期を見て打ち明けられる時まで、耳に入れたくないの」
「なるほど」

 わたくしが頷けば、ヴェロニカ夫人もホッとしたように頷いた。

「ルーカスの母親は、今、イライアスの子を妊娠中で……ホラ、うちは長男夫婦の事故があったばかりで、結婚式なんかはあげにくいでしょ。それに彼女の体調もあまりよくはないので……そんなことでちょっと、うちの内情を外で話されると困るのね」
「……え?」

 ちょっと内容が理解できず、わたくしはもう一度聞き返した。

「えーと、ルーカス坊ちゃまは、旦那様の友人の子で、その父親は内緒。で、ルーカス坊ちゃまのお母さまは妊娠中でそちらは旦那様の……? ええ?」
「そうなのよ、あの子ったら、順番が違うって言うのにねぇ」

 けらけらと笑うヴェロニカ夫人に、わたくしは目が点になる。

「で、でもまだ結婚は……」
「だって最近聞いたばっかりなのよ? 突然、妊娠してるって連れてきて。びっくりしちゃったわ」
 
 ヴェロニカ夫人が微笑んだ。

「でも、嬉しくてね、上の息子夫婦があんなことになって、死んでしまいたいような気分だったけど、でも孫ができるなら、もうちょっと頑張って生きないとね。ルーカスもまるで本当の孫のように懐いてくれるし。ちょっと順番は違ってしまったけど、みな、あたくしの大事な人たちだわ。……世間はあれこれ言うかもしれないけど、わたくしは新しい命を歓迎したいのよ。だからあなたもそのおつもりでお願いするわ」

 ヴェロニカ夫人に真剣な目で釘を刺され、わたくしは頷いた。

「も、もちろんです、マダム」

 でも、なんだか納得いかない気持ちは確かにあって――
 そしてそんな気持ちは、マクミラン侯爵イライアス・ハミルトン卿に会って、わたくしの中でさらに大きくなったのだった。

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...