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27、散策
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その翌日、僕はローズマリーを散歩に誘った。
――ちょうど、仕立て屋に注文していたデイ・ドレスが出来上がってきたし、いい機会だと思ったから。
逡巡するローズマリーを母が後押しし、メイドたちが真新しいドレスを着せ、化粧を施す。レースがふんだんに使われたクリーム色の散歩用のドレス。背中には控えめなバッスルが入り、ドレスの裾はタックをとって、足首丈に仕上げている。揃いで作ったレースとリボン、造花でたっぷり飾ったボンネット。
ドレスや帽子単体ではやや装飾過多に思えたそれが、ローズマリーの清楚な雰囲気によく似あっていて、レースの日傘を手にすれば、まるでビスクドールのように可愛らしく仕上がった。
目の大きなローズマリーは、少々童顔で若く見える。子供がいるのが信じられないくらいだ。
「……こんなドレスまで作っていただいて、申し訳なくて……」
遠慮そうに俯く顎に手をかけ、僕はローズの顔を上向けさせる。
「すごく似合っている。……素敵だ、ローズ」
ルーカスは母お気に入りの白いセーラーカラーの上着に、初夏らしく半ズボンも白。白い膝下のソックスに黒い革靴、麦わらのカンカン帽のリボンと襟のラインが紺色で、胸元には金ボタンの飾りがついている。
「ルーカスもよく似合うね」
「僕、大きくなったら水兵さんになりたい」
「……そうだね、それもいいかもしれない」
なぜ、子供にセーラー服を着せるのか。そう言えば僕も昔は着せられていた。
僕たちは馬車でレングトン公園に乗りつけ、広大な公園を散歩した。
「ボートに乗ってもいいけど――」
だが、ローズマリーは首を振る。
「わたし、泳げないから水の上は……」
ルーカスと二人で乗ってくればいい、と尻込みするが、こんな可愛らしいローズマリーを一人残していくなんてできるわけがない。
ルーカスは少しだけボートに乗りたい風を見せたが、だがすぐに言った。
「かあさまは怖いのが苦手なんだよ。僕は我慢できるよ。今度、また乗せてよ」
「ああ、じゃあ次の機会にね。約束だ」
それからは池をめぐる散歩コースを、ローズマリーをエスコートしてゆっくり回った。僕たちの歩くスピードではルーカスは物足らないのだろう。すぐにバタバタと駆けていっては、何かを拾って戻ってくる。
――子供というのは、本当にひと時もじっとしていないのだな、とつくづく感心する。
ルーカスが離れた隙に、僕は意を決してローズマリーの耳元で囁いた。
「その……母上にも言われたんだけど、やはり形式を整えた方がいいと思うんだ」
またミス・トレヴィスみたいな人が現れても厄介だから。
「形式?」
ローズマリーがピンとこない表情で僕を見上げる。
わかっていないらしいローズマリーに、僕が必死にプロポーズの糸口を探していた時。突然、声をかけられて僕は飛び上がった。
「イライアス?」
振りかえれば、そこにはリリー叔母さんと二人の娘がいた。一人は黒い喪服を着て、少しばかり異彩を放っていた。
「リリー叔母さん? マーガレットに……ライラまで?」
リリー叔母さんとマーガレットは王都のタウンハウスにいることが多いのでわかるが、ライラはアーリングベリに嫁いでいるはず。
僕はあっと思う。――リントン伯爵は、ルーカスをライラの養子にして引き取りたがっていた。だが、子のいないまま未亡人になったライラには、それは耐えがたいだろう。ルーカスの存在をライラが知り、リントン伯爵家を出て実家に戻っているのだ。
なんという間の悪さ!
よりによって、ライラとルーカス、そしてローズマリーが鉢合わせしてしまうなんて。
僕はほとんど無意識に、ローズマリーを庇うように抱き寄せ、腰に腕を回していた。
その様子をみて、リリー叔母さんが驚いたように目を瞠る。
「珍しいこと、お前が女性を連れているなんて。女嫌いという評判だったのに」
「そんな評判があるなんて、最近知ったばかりですよ。……ローズ、こちらは僕の叔母のレディ・リリー。ヘンダーソン侯爵夫人で、僕の従妹のライラとマーガレットだ」
僕が早口でローズマリーに叔母と従姉妹を紹介する。母娘は僕がローズと親密なのが気にいらないらしく、不躾な視線でローズを値踏みし、ローズが思わず身を固くするのがわかった。
「社交界ではお見掛けしないかたね」
「オルコット男爵令嬢、ローズマリー・オルコット嬢です」
僕は身分には拘らないつもりだが、ローズが貴族の出で本当によかったとは思う。彼女が平民の出だったら、それだけで攻撃の理由になってしまうから。
が、しかしそこへ何かを見つけたらしいルーカスが駆け込んで、僕にぶつかった。
「ルーカス、危ないわ」
「かあさま、あのね……」
空気を読まないルーカスの乱入に、叔母たちの視線がさらに痛くなるのを感じる。この社会は未婚の母に厳しいのだ。
しかもルーカスの父親はライラの亡き夫――僕がなんて言い訳しようかと思っていると、ライラが思わずという風に呟いた。
「……デニス……?」
僕の背筋が凍る。忘れていた。ルーカスは言い訳のしようもないくらい、デニスにソックリなのだった。ライラが青ざめた顔で僕に問いかける。
「……イライアス兄さま、お義父さまに頼まれて、デニスの子を探してくださったそうね。まさかその子が……」
「ライラ、その話は後にしてくれ。――子供の前でしたくない」
幼いルーカスの前で、父親の話はまだできない。しかも、その父はすでにこの世にはいないのだ。だが、思わぬ邂逅に、ライラもまた動転しているのだろう。なおも口を閉ざしてくれない。
「どうしてその子とあなたが一緒に――それに、その女性はつまり……」
「ライラ! 子供の前で口を噤む分別すら、君にはないのかい?」
つい、厳しい口調になってしまうが、それ以上、ルーカスの耳に入れたくはなかった。ライラもさすがに悟ったのか、唇を噛んで俯いたが、しかし、今度は別の方向から批判が飛んできた。なぜか知らないがマーガレットが半泣きになって、ハンカチで口元を押さえている。
「マクミラン侯爵邸に若い女性がいるって噂、信じたくなかったのに……」
「マーガレット?」
僕が疑問に思うそばから、リリー叔母さんが淑女にあるまじきひどい言葉を浴びせてきて、僕は仰天する。
「イライアス、まさかお前、うちのマーガレットとの結婚を断って、そのアバズレのメイドあがりと結婚するつもりかい?」
「叔母さん! 子供の前でなんてことを!」
「マーガレットは昔から、お前のことが好きだったのよ!」
はあ? 何を言って……と反論しようとして、僕は周囲の視線に気づく。ただでさえ、喪服の、それも若い婦人は目立つのだ。
「やめてください、こんなところで」
「あたくしは認めませんよ! こんなどこの馬の骨ともわからない女と!」
批判にさらされ、僕の腕の中でローズが息を詰め、ぐらりと傾ぐのを感じ、僕は慌てて言った。
「叔母さん! ローズは妊娠しているし、僕たちは結婚するんです! 余計な口出しはよしてください!」
だが、僕の口がうっかり滑ってしまい、今度はローズマリーがぎょっとする。
「ええ?」
「え、かあさまとおじさん、結婚するの? じゃあ、おじさんが僕のお父さまになるの?」
言葉尻を捕らえてはしゃぎだすルーカスに、マーガレットが令嬢らしく失神してその場に崩れ落ちた。
「きゃああ、マーガレット!」
レングトン公園は大騒ぎになってしまった――
――ちょうど、仕立て屋に注文していたデイ・ドレスが出来上がってきたし、いい機会だと思ったから。
逡巡するローズマリーを母が後押しし、メイドたちが真新しいドレスを着せ、化粧を施す。レースがふんだんに使われたクリーム色の散歩用のドレス。背中には控えめなバッスルが入り、ドレスの裾はタックをとって、足首丈に仕上げている。揃いで作ったレースとリボン、造花でたっぷり飾ったボンネット。
ドレスや帽子単体ではやや装飾過多に思えたそれが、ローズマリーの清楚な雰囲気によく似あっていて、レースの日傘を手にすれば、まるでビスクドールのように可愛らしく仕上がった。
目の大きなローズマリーは、少々童顔で若く見える。子供がいるのが信じられないくらいだ。
「……こんなドレスまで作っていただいて、申し訳なくて……」
遠慮そうに俯く顎に手をかけ、僕はローズの顔を上向けさせる。
「すごく似合っている。……素敵だ、ローズ」
ルーカスは母お気に入りの白いセーラーカラーの上着に、初夏らしく半ズボンも白。白い膝下のソックスに黒い革靴、麦わらのカンカン帽のリボンと襟のラインが紺色で、胸元には金ボタンの飾りがついている。
「ルーカスもよく似合うね」
「僕、大きくなったら水兵さんになりたい」
「……そうだね、それもいいかもしれない」
なぜ、子供にセーラー服を着せるのか。そう言えば僕も昔は着せられていた。
僕たちは馬車でレングトン公園に乗りつけ、広大な公園を散歩した。
「ボートに乗ってもいいけど――」
だが、ローズマリーは首を振る。
「わたし、泳げないから水の上は……」
ルーカスと二人で乗ってくればいい、と尻込みするが、こんな可愛らしいローズマリーを一人残していくなんてできるわけがない。
ルーカスは少しだけボートに乗りたい風を見せたが、だがすぐに言った。
「かあさまは怖いのが苦手なんだよ。僕は我慢できるよ。今度、また乗せてよ」
「ああ、じゃあ次の機会にね。約束だ」
それからは池をめぐる散歩コースを、ローズマリーをエスコートしてゆっくり回った。僕たちの歩くスピードではルーカスは物足らないのだろう。すぐにバタバタと駆けていっては、何かを拾って戻ってくる。
――子供というのは、本当にひと時もじっとしていないのだな、とつくづく感心する。
ルーカスが離れた隙に、僕は意を決してローズマリーの耳元で囁いた。
「その……母上にも言われたんだけど、やはり形式を整えた方がいいと思うんだ」
またミス・トレヴィスみたいな人が現れても厄介だから。
「形式?」
ローズマリーがピンとこない表情で僕を見上げる。
わかっていないらしいローズマリーに、僕が必死にプロポーズの糸口を探していた時。突然、声をかけられて僕は飛び上がった。
「イライアス?」
振りかえれば、そこにはリリー叔母さんと二人の娘がいた。一人は黒い喪服を着て、少しばかり異彩を放っていた。
「リリー叔母さん? マーガレットに……ライラまで?」
リリー叔母さんとマーガレットは王都のタウンハウスにいることが多いのでわかるが、ライラはアーリングベリに嫁いでいるはず。
僕はあっと思う。――リントン伯爵は、ルーカスをライラの養子にして引き取りたがっていた。だが、子のいないまま未亡人になったライラには、それは耐えがたいだろう。ルーカスの存在をライラが知り、リントン伯爵家を出て実家に戻っているのだ。
なんという間の悪さ!
よりによって、ライラとルーカス、そしてローズマリーが鉢合わせしてしまうなんて。
僕はほとんど無意識に、ローズマリーを庇うように抱き寄せ、腰に腕を回していた。
その様子をみて、リリー叔母さんが驚いたように目を瞠る。
「珍しいこと、お前が女性を連れているなんて。女嫌いという評判だったのに」
「そんな評判があるなんて、最近知ったばかりですよ。……ローズ、こちらは僕の叔母のレディ・リリー。ヘンダーソン侯爵夫人で、僕の従妹のライラとマーガレットだ」
僕が早口でローズマリーに叔母と従姉妹を紹介する。母娘は僕がローズと親密なのが気にいらないらしく、不躾な視線でローズを値踏みし、ローズが思わず身を固くするのがわかった。
「社交界ではお見掛けしないかたね」
「オルコット男爵令嬢、ローズマリー・オルコット嬢です」
僕は身分には拘らないつもりだが、ローズが貴族の出で本当によかったとは思う。彼女が平民の出だったら、それだけで攻撃の理由になってしまうから。
が、しかしそこへ何かを見つけたらしいルーカスが駆け込んで、僕にぶつかった。
「ルーカス、危ないわ」
「かあさま、あのね……」
空気を読まないルーカスの乱入に、叔母たちの視線がさらに痛くなるのを感じる。この社会は未婚の母に厳しいのだ。
しかもルーカスの父親はライラの亡き夫――僕がなんて言い訳しようかと思っていると、ライラが思わずという風に呟いた。
「……デニス……?」
僕の背筋が凍る。忘れていた。ルーカスは言い訳のしようもないくらい、デニスにソックリなのだった。ライラが青ざめた顔で僕に問いかける。
「……イライアス兄さま、お義父さまに頼まれて、デニスの子を探してくださったそうね。まさかその子が……」
「ライラ、その話は後にしてくれ。――子供の前でしたくない」
幼いルーカスの前で、父親の話はまだできない。しかも、その父はすでにこの世にはいないのだ。だが、思わぬ邂逅に、ライラもまた動転しているのだろう。なおも口を閉ざしてくれない。
「どうしてその子とあなたが一緒に――それに、その女性はつまり……」
「ライラ! 子供の前で口を噤む分別すら、君にはないのかい?」
つい、厳しい口調になってしまうが、それ以上、ルーカスの耳に入れたくはなかった。ライラもさすがに悟ったのか、唇を噛んで俯いたが、しかし、今度は別の方向から批判が飛んできた。なぜか知らないがマーガレットが半泣きになって、ハンカチで口元を押さえている。
「マクミラン侯爵邸に若い女性がいるって噂、信じたくなかったのに……」
「マーガレット?」
僕が疑問に思うそばから、リリー叔母さんが淑女にあるまじきひどい言葉を浴びせてきて、僕は仰天する。
「イライアス、まさかお前、うちのマーガレットとの結婚を断って、そのアバズレのメイドあがりと結婚するつもりかい?」
「叔母さん! 子供の前でなんてことを!」
「マーガレットは昔から、お前のことが好きだったのよ!」
はあ? 何を言って……と反論しようとして、僕は周囲の視線に気づく。ただでさえ、喪服の、それも若い婦人は目立つのだ。
「やめてください、こんなところで」
「あたくしは認めませんよ! こんなどこの馬の骨ともわからない女と!」
批判にさらされ、僕の腕の中でローズが息を詰め、ぐらりと傾ぐのを感じ、僕は慌てて言った。
「叔母さん! ローズは妊娠しているし、僕たちは結婚するんです! 余計な口出しはよしてください!」
だが、僕の口がうっかり滑ってしまい、今度はローズマリーがぎょっとする。
「ええ?」
「え、かあさまとおじさん、結婚するの? じゃあ、おじさんが僕のお父さまになるの?」
言葉尻を捕らえてはしゃぎだすルーカスに、マーガレットが令嬢らしく失神してその場に崩れ落ちた。
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