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二十、擅寵*

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 元宵からさほど日を置かず、また陛下から来訪の旨を告げられ、わたしはさすがにまずいと思った。

 一月に四回のお渡りは、それほど頻繁とまでは言えないが、他の妃嬪のお召が全くないのが問題なのだ。
 最初は素直に寵愛を喜んでいた馬婆まーさん王婆わんさんも、他の妃嬪へのお召が途絶えたままであることに、危機感を抱いていた。

 わたしが後宮入りしてから、陛下の奥入りも絶えていたのだとしたら、ここ三か月以上、他の妃嬪は誰もお召がかかっていないことになる。
 
 ――困ったわね。

 貫魚の序ではないが、皇后が寵愛を独占して、他の女が陛下の閨に侍れない。この状態が続けば、批判の矛先はわたしに集中するだろう。

「どうしよう……月の障りが来たとかで誤魔化すことは……」

 わたしが言えば、馬婆が首を振った。

「それはやめた方がよろしゅうございます。娘娘の周期はきちんと宦官が記録を取っておりますし、何より、嘘をついたことが露見した場合の、皇上のお怒りが恐ろしゅうございます」

 以前に妊娠を偽った(と疑われている)蔡婕妤さいしょうよを、陛下はいまだに許していないらしい。
 わたしはしばらく考えて、言った。

「なら、今回はお受けして、その上で正直に陛下に話してみるわ。話の分からない方ではないから――」

 だが――





「詩阿、会いたかった!」

 飛びつくように駆け寄ってくる陛下に抱きしめられ、わたしはぐっと息が詰まる。
 そのまま顔中に口づけの雨が降って、わたしは周囲の視線に頭に血が上る。

「陛下、待って……ここでは……」
「すまぬ。待ちきれず……詩阿にもう、三日も逢えていないと思うと――」

 至近距離で見下ろす瞳には、ギラギラと明らかな熱が浮いていて、わたしはドキリとする。もう、今すぐにも寝所に引きずり込まれそうだ。

「待って、陛下その……お話が……」

 長椅子に並んで腰を下ろし、宰相に釘を刺された話をすれば、陛下の凛々しい眉がピクリと動いた。

「そなたにまで、そのような話を!」

 では、劉侍郎は陛下に直接、他の女のところにも行けと意見したのだろう。だが、陛下はあからさまに気分を害されたようだった。

「あれは趙淑妃とは遠い親戚なのだ。それで、以前はあの女を皇后に立てろと、朕に遠回しに言ってきたが、全て退けた。……たとえ詩阿、そなたを皇后にできなくとも、あの女を皇后にする気はなかったのだ」
「では、趙淑妃を皇后にしないために、わたしを?」
「違う!」
 
 陛下が声を荒げ、わたしはビクリと身を震わせる。

「俺が昔からずっと詩阿が好きだったと、何度言ってもなぜ理解しない!」
「陛下……待っ……」

 陛下がわたしの二の腕を掴みぐいっと強引に引き寄せられる。半ば力ずくで腕の中に抱きこまれ、唇を奪われる。

「ふっ……んっ……」

 陛下の口づけはいつもとても執拗で、わたしは呼吸を塞がれて頭がぼーっとなってしまう。

「詩阿……俺は詩阿以外を抱きたくないのだ。詩阿のところだけに通い、詩阿とだけ褥を共にしたい」

 耳元で囁かれて、わたしは思わず凍り付く。
 それは……まずい。……それは……

「そ、それでは他の方々が……」
「詩阿は、俺が他の女の元に通い、他の女を抱いても平気なのか?」

 陛下の黒い瞳がギラギラと危険な光を湛えていて、わたしはごくりと唾を飲み込んだ。

「その……平気では……」

 陛下が閨で、わたしにすることを、他の女性――趙淑妃や高昭容ら――ともしていると想像するのは、はっきり言えば愉快ではないし、なるべく考えないように過ごしてきた。――実際、そうなのだろうし。

「ならば、そなたもそれを望んでくれ」
「それは! 無理です……」

 はっきりと言い切ったわたしに、陛下は傷ついたようなお顔をなさった。でも――

「わたしが、それを望むことは許されません。陛下ご自身もお分かりでしょう? 他の方のところにも通ってください!」
「詩阿!……」

 陛下が絶望したような目でわたしを見つめてくる。
 なぜそんな目で見てくるの。わたしは、正しいことしか言ってないし――
 
「そう、だな……わかっている。だが――」

 陛下はしばらく俯いて考えておられたが、すぐにわたしを見て、それから口角を無理に上げた。笑っているというよりは、泣き笑いのような表情に見えた。

 そうしてもう一度わたしを抱きしめ、耳元に唇を寄せる。

「わかってはいる。だが、俺だってたまにいは我が侭を言いたいのだ。……ずっと我慢してきた。何人もの好きでもない女を押し付けられて。詩阿のことだって本当は諦めるつもりだったんだ。――お前の兄、礼文には、後宮に山ほど女を抱えた、俺のような男に妹はやりたくないとまで言われて――俺だってわかってはいるんだ」
「……陛下……」

 陛下はわたしの身体を離し、額と額をくっつけるようにして、わたしをじっと見つめながら言った。

「やっと手に入れたのだ。なぜ、しばし甘い夢に浸ることすら許されない? 何も、永久に他の女のところに通わないと言っているわけじゃない。今は詩阿のところにだけ通いたい。だから、詩阿の口から、他の女のところに行けと言うのだけは聞きたくない」  
「……わかりました……」
 
 わたしは、そう約束せざるを得なかった。





「んっ……ふっ……んんっ……ああっ……」

 背後から深く深く陛下の楔に貫かれて、わたしは快楽を逃すために絹の褥を両手で握りしめる。陛下の両手が上から指を絡めるように両手を押さえつけ、背中に圧し掛かられて身動きもままならない。陛下が腰を動かすたびに、褥に押し付けられた下腹部から、陛下の存在をさらに感じ取ってしまう。

「詩阿……中、すごいぞ……ぐずぐずに蕩けて……熱くて……ドロドロで俺に絡みついてくる。すっかり、淫らな身体になった」
「ふうっ……ちがっ……やめっ……いわない、で……あああっ」

 ぐりっと回すように動かれて、頭の芯が痺れるような快感が広がってくる。内部からずくずくに燃え滾って、頭から溶けていきそう。

 もうすぐ、くる――

 だが、快楽の頂点の手前で、陛下は動きをピタリと止めてしまう。

「あ……弘、毅……さま?」
「気持ちよさそうだな……中がうねってヒクついてる。達したいか?」
「それ、は……」

 本当は、達したい。いつものように激しく責められて、快楽の頂点に至りたい。早く――もっと――ちょうだい――
 でもそんなこと、口にできるはずがない。なぜなら、わたしはあくまで陛下の歓びのために閨に仕える者だから。

 陛下がわたしの耳朶の口に含む。熱い息がかかるだけで頭がじんじんと痺れてくるのに、熱い舌でねっとりの舐られて、脳が沸騰しそう。

「ああっ……それ、やめっ……」 

 遠火で炙られるように続く快楽。――つらい。達したい。お願い、もう――

「詩阿は、俺のものだな?」 
「はっ……はいっ……あっ……そこで、喋られると……ああっ」

 わたしはくすぐったさとむずがゆさで思わず首を振り、顔を仰け反らせる。すっかり汗だくになった額から鼻の横を冷たい汗が流れ落ちていく。
 身を捩れば、わたしを貫く陛下の存在を感じる。そこにあるだけでわたしを狂わせる、陛下の楔――

「詩阿……達したいか?」
「はっ……はいっ……ああっ、もう、お願いっ……」
 
 もうこれ以上我慢できない。わたしは頭を必死に振って快感を逃そうと、無駄な抵抗を試みる。

「ふっ……んんっ……」

 陛下の手が腰に回り、わたしの腰を持ち上げ激しく腰をぶつけ始め、わたしは顔を褥に擦り付けて、揺すぶられる衝撃に耐える。

「詩阿……俺の、詩阿……もっと、俺を感じろ、俺なしで生きていけないくらい、俺をその体に刻み込め、詩阿――」
「あっ、それ、だめっ……ああっ……あああっ……」

 愛されるたびに、身体が、変わっていくのが、わかる。陛下に注がれる快楽に溺れていく。でも――

 もし、陛下なしで生きていられない身体になってしまったら、わたしはどうなるの?
 今は、わたしを愛してくださっている。今は、わたしだけだと仰る。でも――

 この愛が、永遠に続く保証なんてどこにもないのに――
 
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