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二十一、閑話(宦官視点)

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 俗に、「後宮佳麗三千人」と申しますが、実のところ、皇后以下、妃嬪の階級を得ている方は最大でも百二十二人、その他の女官の定員が二百と五十六人に過ぎません。それ以外の大部分は、官賎人と称される奴隷なのです。たいていは、家族が罪を犯し、家ごと奴隷として没収された者たちです。現在の御代の後宮には、こうした官婢が数千、閹官えんかんとも称される宦者も数千人、仕えております。

 不肖、奴才わたくし廉公理れんこうりも、そうした官賎人の一人です。とある高官に仕えていた我が父は、高官が謀反の罪の問われた時に連座して死罪となり、母と兄弟姉妹は宮中に籍没されました。幼かった奴才と兄は浄身じょうしんされ、宮中の宦官とされました。兄はその時の傷が元で、亡くなってしまいましたが。

 幸いなことに、奴才は人より容貌が整っておりましたので、当時の内侍監ないじかん廉方直れんほうちょく様に抜擢され、養子にしていただきました。養父の姓をおかし、数年前より今上にお仕えしております。「異姓不養」と申しますが、有力な宦官が見どころのある異姓の宦官を養子に迎えるのは、珍しいことではありません。養父は五年前の代替わりを機に職を辞し、現在は京師みやこの一等地で妻子とのんびり隠居暮らしを楽しんでいます。

 ――宦官に妻子? と疑問に思われる向きもありましょうが、高位の宦官はたいてい妻を娶り、養子を迎えて家族を営んでおります。奴才もいずれは……と思いますが、今はお役目第一にお仕えいたす日々です。

 我が主であらせられる皇上は、我々塵芥のごとき者たちから見上げる、天のようなお方です。天命をその身に受けた天子として、生きとし生ける者すべて、平等に恩沢を施しておられる。我々下賤の者にも等しく慈悲深く、妃嬪や高官には等しく冷淡で。

 ――身分によって区別しないところもまた、皇上は天に等しいとお分かりいただけるかと存じます。

 特に妃嬪がたに対しては、ひたすら平等を心がけていらっしゃる。
 後宮には、趙淑妃、韓充儀、高昭容の他、多くの妃嬪が侍していますが、九嬪以上の高位の妃嬪に対しては、殿舎に通う回数も差をつけないよう、暦を見ながら日程を組んでおりました。それ以下の方がたは、一度は御寝に侍す栄誉にあずかったとしても、二度目があることは稀でございます。あるいは女人に関心がお持ちになれない性質タチなのかもしれません。

 ――と、そんな風に思っておりました。ですから、皇后を冊立するにあたり、後宮外より新たに迎えると聞きまして、驚くのと同時に納得でもありました。


 
 
 奉迎の日、奴才は両儀殿の奥、皇上の後方に詰めておりました。遠目にお見掛けした新皇后の娘娘にゃんにゃんは、小柄でいかにも幼く見えました。緊張のあまり青い顔をなさって、ですがしっかりと前を向き、所作も礼法に適っていらっしゃった。

 この幼い方を敢えて後宮に入れて、皇上も罪なことをなさる――奴才はそんな風に思っておりました。

 年末に向かう時期は、先代皇帝の忌日、冬至の祭礼なども重なり、皇上も多忙であらせられます。
 奉迎礼の後、娘娘が疲れから体調を崩されたこともあり、皇上は後宮に向かう機会がありませんでした。その上、同牢礼で故意に娘娘に強い酒を飲ませた者がいると、皇上は大変なお怒りで、尚食局、尚儀局の女官たちを厳しく詮議せんぎの上、暴室ぼうしつ(後宮内の牢獄のような場所)送りといたしました。

 ――どうやら、背後には趙淑妃がいたようでございますが、皇上は敢えて、淑妃の罪はお問いになりませんでした。入宮早々に高位の妃嬪が処罰されれば、娘娘に批判が向かう可能性もある、とご配慮なさったのでしょう。

 後宮の人事を一掃したうえで、陛下は新年の第一夜、ようやく娘娘のもとに二度目のお渡りを敢行したのでございます。

 その夜、皇上の寝所の宿直とのいを任されたのは、奴才でございました。
 
 この仕事はあまり好きな――いえ、本音を申せばとても辛い仕事です。
 要するに皇上の妃嬪の夜の営みを、帳の外から監視するわけでございますから。

 妃嬪の中には、寵愛をかさに、皇上に対し望外のおねだりをする者がおります。金品や領地などは皇上のお気持ち次第ですが、時には気に入らない者の命を求めたり、最悪の場合、皇上ご自身を狙う者もいるかもしれません。不測の事態に備えてのこととは申せ、男女の営みをずっと聞いているのは些か辛うございます。まして、皇上は基本的に閨事に淡泊で、いかにも事務的で、突然、「興が冷めた」などと仰って途中で帰ってしまうこともございます。いつ何時、皇上が「帰る」と言い出されても即時対応できるよう、ずっと気を張っていなければならないのです。

 ですが、その夜の皇上はいつもとはまるで別人のようでございました。

 皇上は皇子時代、先代の皇后より命を狙われ、娘娘の祖父、章欣亮しょうきんりょうやしきに匿われておられた。そこへ皇后が刺客を差し向け、章家の家族が害に遭った。そのことについて娘娘に詫びておられました。
 奴才も初めて知った事実で、皇上は章家の恩に報いるために娘娘を皇后としてお迎えになったです。――なんとも尊いお話ではございませんか!

 ただ、残念なことに、事件の衝撃のせいか、あるいは幼過ぎたせいか、娘娘ご自身は皇上のことをまったく、まーったく覚えていらっしゃらないようなのです。
 あくまで無邪気な娘娘に対し、皇上は長年の心情を吐露なさいましたが、あまり通じているようにも思われないまま、皇上は些か強引に行為に及ばれました。
 いつもと違うご様子に奴才は戸惑い、ついつい、帳の内に声をかけてしまい、皇上から叱責を受けるという、失態を演じてしまったのでございます。

   

 翌朝の皇上のご様子も、普段とは大きく違いました。
 皇上は基本的に、後宮で飲食をなさいません。
 
 ――昔、皇上のご生母様が時の皇后に毒を盛られて亡くなられたせいと、伺っております。

 しかし、その日の皇上は娘娘と朝食の卓に向かわれ、晴れやかな表情でお食事を終え、どこか浮かれた空気を纏って内廷に戻られたのでございます。

 我々側仕えの目には、皇上が娘娘に対し、格別の思し召しを抱かれたのは明らかでございました。
 
 元宵節の夜には、微服おしのびで娘娘を灯篭見物に連れ出したいと仰せになり、我々を慌てさせたものでございます。

 もともと、ごくたまにではありますが、皇上も密かに市井しせいをご視察なさいます。ですが娘娘を連れてとなると、話は別です。皇上から命を受けた奴才は急遽、養父に内々で相談いたしました。以前の御代にも同様のことがあったそうで、養父は妻を通して男物の衣類を調達いたしました。養父の妻は新興の絹商人の娘なのです。娘娘に男物の衣類など……と戸惑いましたが、妻曰く、近頃の京師みやこでは女の男装も流行でありますとか。

 調達した衣類を皇上にお見せしたところ、一瞬、目を見開かれましたが、「……たしかに詩阿は愛らしすぎて、外に出すのは不安だと思っていた。男装ならば安心でもある」などと仰って、それを娘娘の宮に届けるよう、そして当日は灯篭を持って伴をするよう、奴才にお申し付けになったのでございます。
 
 男物の衣類を身に着けた娘娘の、なんとも清新なお美しさに皇上もいたくご満悦で、手配した奴才もずいぶんと面目を保ったのでございます。

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