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第3ラウンド

第38話 せめて君だけを

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 アンバーの瞳に描かれた+印。
 その瞳はジェイドマイン王国の王太子を示すもの。

「……………それ、結構前から知ってたの?」
「ええ。1年前から知ってたわ」

 当然ゲームをクリアしていた私だからこそ、知っていたこと。ハンナが隣国ジェイドマイン王国の王妃になるまでをきっちり画面上で見届けた。

「王子様、特に王太子のあなたならハンナを奪うことぐらい容易かったでしょう」
「そう思う?」
「ええ」

 スペックもあるし、何よりもエイダンと張り合える地位がある。レイモンドがその気になれば、ハンナを自分の国へ連れて行くことなど超イージーだったはずだ……………まぁ、それでハンナが惚れてくれるかは分からないが。

「早いところ告白でもして、エイダンからとっと奪えばよかったのよ」

 奪っておけば、エイダンは失恋、アドヴィナは嫉妬することなく、ハンナへのいじめも起きることなし………私が面倒事に巻き込まれることもなかった。

「………………そうできたら、どんなによかったか」

 ため息交じりに呟くレイモンド。語る彼の顔に明るさなどなく、以前苦戦した様子が垣間見えた気がした。

「まぁ、あなたが王子であろうと、殺すわ。私たちのゲームを壊そうとしたんですもの」
「…………」
「でも、衣装はそのままでは嫌でしょう? あなたの分用意してるから、着てちょうだいな」
 
 パチンと指を鳴らすと、レイモンドはみすぼらしいマントからサイバーパンク風の黒服へ変化。丸サングラスが添えられ、チャラさが増していた。

「…………ルール違反では? 今の君、ゲームマスターではないでしょ」
「衣装の着用はルールよ」
「聞いてないよ」

 レイモンドの表向きの得意魔法はそれはそれは可愛らしいもので………花々を咲かせ、花粉で相手を眠らせたり、花弁を変形させ武器に使ったりとメルヘンチックな魔法だった。

 可愛いらしい顔を持つ彼に、花の魔法はぴったりだった。

 だが、実際の十八番はカウンター魔法。全ての攻撃を跳ね返すという最強防御魔法だ。別に私たちも使えなくはないが……魔力消費が激しくコンスタントに使えるものではない。

 しかし、レイモンドは、初級魔法以下の魔力量でカウンター魔法が使用可能。魔法が彼の体に合っているのだろう。

 そのため、レイモンドは先制攻撃よりもカウンターでの戦いが多め。攻撃ができないわけではないが、敵の攻撃を待っていれば、勝手にやられるのだから楽なことこの上ない。

 そういう理由もあって、私の攻撃を待つかと思えたのだが、レイモンドは屋根を飛び越え、高速道路へと逃げていく。私は彼を追いかけつつ、光魔法を展開。彼の行く道に光線を伸ばす。
 
 命中はした………が、跳ね返されて危うく私が攻撃を受けるところだった。危ない、危ない。

 これは威力が必要ね――――。

 魔力を多めに使って攻撃を仕掛けようとした瞬間、高速道路の中央で立ち止まっているレイモンドを発見。

 彼の先にあったのは、浮遊するサッカーボールほどの大きさの小星型十二面体。暗闇の道の中、ビビットな緑と黄色のレーザー光を放っていた。

「場所を変えようか、アドヴィナ」
「いいわね」

 星型十二面体に手を伸ばすレイモンド。彼の提案に、私は笑顔で応じた。

 浮遊する星型十二面体の魔法石それは第3ラウンド特有の小道具。第2ラウンドでは鏡でランダム転送されるギミックがあったが、第3ラウンドではその役割を十二面体が担っていた。

 東京23区全てを舞台にする――――面白いけれど、30人にはあまりにも広大。移動で魔力と時間を割くぐらいなら、と思い転移用の魔道具を用意した。

 レイモンドがその魔法石に触れた瞬間、彼の体は瞬く間に消えた。一瞬だった。数秒後、転移装置に辿り着いた私も星型十二面体に触れ、追いかけるように転移。
 
 以前の転移装置は完全ランダムだったが、今回は少しだけ勝手が違う。プレイヤーが十二面体から半径100m範囲内にいる別の十二面体へと自動転送。近くにいない場合はランダム転送。鉢合わせしやすいように設定されていた。

 そのため、私もレイモンドが転送された同じ場所へ転移。

「へぇ。ここで戦えというわけね………………」

 浅草――――有名な巨大提灯が飾られた門から寺へと一直線に伸びる石畳の表参道。その道に沿って並ぶのは、扇子や着物、和菓子を販売する店。夜道を照らすように、真紅の炎を灯す提灯が左右の屋根に飾られていた。

 その道の先には、背を向けて走るレイモンドの姿。彼が駆け抜けた後にはリーンと風鈴が揺れていた。1オリンピック優勝も狙えそうな俊足の彼の背中を追いかけて、私も黒く塗られた雷門をくぐる。

「ルクス・アラーネアフィールム」

 イタチのようにすばしっこく逃げていく駿馬なレイモンドに、無数の光線を張り巡らせた。

「あはっ、無駄、無駄、無駄だよ――――」

 それでも彼は隙間を縫って、時にはわざと左右にフェイントをかけて寺へと走る。途中途中で、後ろを一瞥するレイモンド。見えたのは一瞬ではあったが、彼の顔には笑みがあった。

「君、そんな魔法を使えるタイプではなかったでしょ?」
「ええ、そうね」

 アドヴィナ・サクラメントは、魔法技術落ちこぼれダメダメ生徒として認定されていた。才能がないと、みんなに思われていた。
 でも、そうじゃなかった――――。

「今の私は魔法を使えるの」

 才能の咲かせ方を知らなかっただけ。
 魔力の流れを理解していなかっただけ。

 ……………それもこれも師匠のおかげ。

 特訓はきつかったけど、自分の成長を実感できて楽しかった。魔法戦であればエイダンと張り合える。強い自信を持って言える――――。

 レイモンドのバリアの張り方的に、コアがあるのは足元と、お腹。あともう一つはこちらに見えないよう隠密系の魔法をかけて、浮遊させている。
 うーん……………コアが見えない? 狙えない?

 ――――――――ならば、ここを更地にしよう。

 全てを壊せば、いつかレイモンドのコアも壊せる。
 立ち止まった私は、道の中央で大杖をバトンのように回し構える。

 得意な魔法にしてもいいけれど……でもここはハンナの魔法を使ってあげる。

 ……………そう、光魔法。
 その中でも威力を誇る、天にも届く光柱。

「ルクス・コルムナ――――」

 説いた瞬間、浅草の街が光始め、世界の終焉の地鳴りが響く。私の周辺を除く、浅草全体が光に包まれていく。

「あなた、本当にハンナと駆け落ちでもしていればよかったのに」

 ここで死ぬこともなく、デスゲームも行われることもなく、何もかも平穏に過ごせたかもしれないのに。

 だけど、その後悔はもう遅い。
 それは彼も分かっていたのだろう。

 カウンターできない――それを悟り、ようやく立ち止ったレイモンド。下から沸き起こる光に包まれ、桃色の髪がなびく。幻想的なスポットライトで、振り向く彼はモデルのよう。

「そうできていれば、どんなによかったか…………」
 
 煌めくアンバーの瞳で私を一瞥した彼は、そう後悔を呟いていた――――。



 ★★★★★★★★



 次期国王となるエイダンを潰すために、僕はフレイムロード王国へ送り込まれた。理由は演技がうまかったから、技術があったから。

 王太子を送り込むなど、「何を考えている?」と疑問に思うことだろう。

 適当なやつを送り込むぐらいなら、仕事ができる自分が行った方がいい。そう考え、僕はスパイに志願した。最初こそ陛下には反対されたが、任務を完璧に完全に遂行することを条件に許された。

 自分の手で殺しはしない。
 社会的に潰すつもりだった。

 国民のエイダンに対する信頼を下げ、クーデターを起こさせる。それができれば、僕は帰国。 あとは、軍で攻め込むつもりだった。

 その計画遂行中に起きた予想外の出来事。それはハンナとの出会い。

 ちょっとばかし能力を持ったただの平民、ただの人間で…………まさか彼女のことを好きになるなんて思ってもいなかったから。

 任務を忘れてしまいそうになるぐらい彼女と過ごす毎日が楽しくって、この先もずっと永遠にハンナといたいと思った。

 だが、このままではハンナも確実に戦争に巻き込まれる。能力のある人間、特に能力を持ついつでも死んでもいいと判断されかねない平民は前線に送り出される………。

 だから、ハンナに僕の気持ちを伝えて、駆け落ちしようと決めていた。僕の国に逃げて、結婚して、命尽きる最後まで彼女を愛そうと決めていた。

 でも、こんなことになるなんて思ってもいなかったさ…………。

 卒業パーティー中に、突如始まったデスゲーム。
 国を出る前に、別世界に閉じ込められてしまった。

『殿下、聞こえますか――――』

 詰んだと思った最中、強いノイズとともに脳に響いてきたその声。

 おそらく僕を生かすために必死になって、魔法を駆使したのだろう。母国の魔導士たちが脳内に伝言を流してきた。

 まだ、勝ち目はある。
 死んだわけじゃない、と。
 デスゲームを設定している魔術が存在すると――――。

 説明を聞く限り、アドヴィナはプレイヤー、ゲーム中は管理から完全に離れている。ならば、代理でゲームマスターをしている、ナアマという少女が全管理もしくは全調整をしている可能性が高い………。
 
 ――――では、その少女はどこにいる?

 制限されていたデスゲーム世界で、過多量の魔力でごり押し魔法を展開。アドヴィナが舞い上がって語っていく間に自分の姿を隠し、世界を構築している魔法を探して、駆けまわった。
 
 第1ラウンドでは見つからなかった。手がかりなし、代理ゲームマスターの姿も見当たらない。第2ラウンドでは方術の片鱗を見つけた。

 世界の端を探し、真っ暗な狭間へと踏み込むと、そこにあったのはエメラルドの光を放つ魔法陣。大量の魔法が展開されて、組み合わされていた。

 下手にいじれば、ハンナの命がどうなるか分からない。慎重に触れると、自分の体に魔力が流れ込んできた。

 温かい……………魔力の元は生き物か。山脈ができるほどの魔法石を使っていると予測していたのだが、感じたのは魔法石とは違う魔力の質感。

 生き物から生み出される魔力は温かさを感じるが、魔法石からの魔力はひんやりと冷たい。そのことを踏まえると、デスゲーム世界を構築している魔力は、どうやら生き物らしい。

 恐らく、多くの生き物を集めて魔力を吸い上げているのだろう。随分と惨いことをする。

 しかし、肝心なゲームマスターを見つけることはできず、第2ラウンドは終了。インターバルでは代理ゲームマスターナアマは姿を現したが、本体は別にあると確信した。
 
 第3ラウンド――――移動した直後、膨大な魔力を感じた。
 
 世界を構築している魔力が1つに集中していた場所は、南西にあった。見上げれば首が痛くなるほど高い建物の間を抜け、目的地に向かって走り出す。

 そして、ようやく見つけたガラス張りの建物の前で立ち止まり、確認する。

 ああ、この上だ――――。

 このゲームを構成している術を解けば、デスゲームが終わる。

 全員を救う――――。

 それはもうできない。
 もうすでに人は、友人だった者は何人か死んでいる。

 彼女の願いは叶えられない。

 ならば、ハンナを死なせるのは絶対回避だ。
 彼女の近くにいるエイダンたちも………ああ、生かすんだ。

 でも…………もし、できなくても、せめて―――……。



 ★★★★★★★★



「せめて、君だけを救いたかったんだ…………」

 明るい街の光が照らす、星無き黒の空。彼にだけ見える、星の輝きに手を伸ばし、手は無を掴み取る。

「………」

 浅草から隅田川近くへと移動し、私の攻撃から逃れようとしていたレイモンドの元へ辿り着いた私は、構えていた大杖を地面に突き、地面に寝転がる彼を見下ろす。
 
 届くはずもない星を追いかけて、必死に伸ばす手。
 だが、二度と届かない。レイモンドにジャンプするはない………下半身はもうなかった。彼は私の攻撃を受け、腰から下を失っていた。

 何となく感じていた、あまりにも大きすぎるレイモンドの思い。

 ハンナの前で少年のように無邪気に笑えていられたのは、彼が恋に落ちていたから。状況が状況でなければ、ハンナとレイモンドはきっと幸せになれただろう。

 でも、レイモンド。
 あなたも私を見捨てて、いじめた側の人間よ。
 誰が幸せにするものですか。

「ハンナ、愛してるよ………………」

 涙とともに小さく愛の言葉をこぼし、空を伸ばす彼の手は金の塵へとなって散っていく。
 へぇ、最後の言葉がそれとは………………………。

「全く一途な男ね…………………」

 暗闇の空へと消えていくレイモンド。
 彼のただ真っすぐな愛に、私は小さくこぼしていた。
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