悪役令嬢のデスゲーム ~婚約破棄の時、それは復讐の始まりです~

せんぽー

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第3ラウンド

第37話 (+ω+)

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 パチンっ――――。

 指ならしで光を放って変化したレイモンドの耳。そら豆型の人間の耳は消え、眩しいほどの光を放つそれは、横に伸びる長い耳へ生え変わっていた。

「僕たちエルフは、君たちの破滅を望んでるんだ」

 その耳はエルフの象徴――――レイモンドの本来の姿。元の姿となった彼から膨大な魔力を感じた。

 ………………聞いていない、こんなの聞いてない。

 レイモンドがこんなに魔力を持つなど聞いていないですよ、アドヴィナ様。

 化け物のようなオーラを放つレイモンドに、内心焦るナアマ。氷のように冷たい表情をデフォルトとする彼女だが、珍しく感情を表に出し、下唇を噛んでいた。

「あはは、第3ラウンドにしてやっとだ。やっと君を見つけた」

 大杖を振り回し、ナアマに詰め寄るレイモンド。乙女ゲームからは想像できない姿であり、無邪気に笑う彼はどこにいったのか。彼こそ悪役と思うほどに、笑顔が怖い。

 後ろに下がっていくナアマだが、背は壁とぶつかっていた。レイモンドを倒す以外の逃げ道はもうなかった。

「代理者である君を倒せば、アドヴィナがゲームマスターになる。どうせ君たち、ゲームマスターを術式のトリガーにしてるんでしょ? それなら、本物のゲームマスターのアドヴィナを倒しちゃえば、デスゲーム終了」
「アドヴィナ様を殺すというのですか?」
「うん。もちろん、君もね」

 魔法を使えば逃げれる。
 
 だが、攻撃に割ける魔力の余裕は今の自分にはない。デスゲームの管理で現在進行形で使用中だ。戦闘での魔法使用は自分がゲーム管理者から降りてしまう。それをしてしまえば、アドヴィナ様に迷惑をかけてしまう。それは絶対に嫌だ。

 でも、詰んでいる――――。
 
「じゃ、手始めにゲームマスター(仮)いただきまーす」

 自分が殺されても、ゲームは回る。
 デスゲーム世界は消えない。

 だが、自分がいなくなれば、確実にアドヴィナがゲームマスターに変更される。そうなれば、アドヴィナはデスゲームに参加できない。見捨てた人間は自分の手で全員消す――――その彼女の願いが叶わなくなってしまう。

『ナアマちゃんなら、きっとできるわ』

 ――――――アドヴィナの期待は裏切れない。ともに準備を行い、デスゲームを完遂し、アドヴィナ様が勝利するその場面を拍手で迎えたい――――。

「まだ死ねません」

 全てが凍り付くような冷淡な声。その声は力強く、彼女の淡紫の瞳が怪しく光っていた。怪物ともいえるその覇気に、一瞬戸惑いを見せるレイモンド。

 その隙を逃さず、ナアマは拳を腹に向かって入れる。一見か弱そうなナアマだが、戦闘時には物理攻撃の力を発揮する。武闘派だった。鍛えられた拳は重く、目が追い付かないほど速い。魔法など使用していなかった。

「――――!?」

 気づけば、レイモンドに攻撃したはずの右腕が消えた。肩から下の右腕が全て消滅。背後の壁には丸い穴があけられていた。

「そっか………それは残念だよ。できれば、君を苦しませずに逝かせようと思ったのに」
 
 何が起きた………………?

 ナアマは少なくも自分の拳に自信はあった。

 『魔法が使えなくとも、物理で乗り越えろ』と話す家族からスパルタな特訓を受けた。地獄のような修行だったが、家族の思いがあったからこそナアマは全てを乗り越えれた。たとえ、1――――その家族の願いを受け止めて。

「僕さ、別に君たちのことは嫌ってないんだよ」

 でも、もう何も意味はない。
 逃げ道もない、腕は片方だけ。
 断片から紅の血が滴っていた。

「くっ………」

 出血がひどく、意識は朦朧、視界が揺らぐ。
 どうにも次の攻撃には耐えれそうにない。

「ただ僕らの計画に邪魔なだけ。それだけなんだよ」

 普通の人間なら、1キロは飛んでいく自分の拳を受け止め、尚且つカウンター攻撃を仕掛けた。そんな奴に勝てるだろうか……………否、勝利のビジョンが見えない。

 ………………ああ、アドヴィナ様。
 私はここでリタイアのようです。
 不甲斐ないゲームマスターで、下僕で申し訳ございません。

 ここにはいない主に謝罪し、ナアマは目をつぶる。

「じゃあね、ナアマさん。僕らのハッピーエンドのために死んでもらうね」

 負けを認めた彼女に、レイモンドは口角を上げ、杖を振った――――。









「――――うちの妹を傷つけるなんて、あんた死にたいん?」








 風が吹き、凛とした声とともに、現れたのはナアマとうり二つの少女。
 ナアマの前に立った彼女は紅桔梗の髪を二つに束ねたツインテールを揺らし、光彩を放つ紅藤の瞳でレイモンドを捕えていた。

 小さな顔で見た目こそ可愛いが、見た目だけ。
 これ、化け物ってレベルじゃない。
 厄災級の覇気だ――――。

 少女の手元を見れば、両手にはめた輝くゴールドのナックル。魔法展開の予感はないが、機器の警鐘がレイモンドの胸で鳴り響いていた。

「一発やったる――――」

 攻撃が来ると分かっていた。分かっていたはずなのに、彼の反応する隙はなく、彼女の拳が彼の脇腹に入った。

「っゔ!!」

 なんて馬鹿力………………ッ!!

 パンチは鉛のごとく重い。森羅万象の全てをぶつけられたような重さだった。レイモンドが固めていた結界を壊され、内臓が1つ壊れる。そして、体は吹き飛び、壁に打ち付けられた。

 ナアマに圧勝していたレイモンドを、一発でK.O.送りにした少女。彼女の顔に感情はなく、淡々と仕事をこなしたように息をふぅと小さくつく。

 だが、ナアマの方へ振り返った瞬間、少女の真顔は瞬間解凍、別人のように花が咲きそうな笑顔になっていた。

「ナアマー、遅れてごめんなー」
「いいえ。とても助かりました。ありがとうございます、姉様」
「礼なんてええよん。だって、うち姉ちゃんやもーん。妹の大大ピンチに参上するのが姉ちゃんの仕事やからなー」

 あのまま誰も来なければ、ナアマは死んでいた。助けてくれた姉の存在に、夢でないことを確かめ、ナアマは胸をなでおろす。

「でも、姉様がこちらにいらっしゃるとは。こちらには絶対にいらっしゃらない約束だったのでは?」
「うーん、そうやったんやけどな…………ちょいとコイツに興を削がれてまうなとお思ってん。うち、邪魔するやつは神より嫌いなんよ」

 レイモンドの背中がぞくりと立つ、ナアマ以上に魔力を感じるその女。ナアマと同じ背丈、同じ髪型のツインテール。胸はナアマよりもたわわなだが、少女のような幼さがあった。

 ナアマが姉と呼ぶ少女は、やはりナアマの姉妹なのだろう。警戒心むき出しでレイモンドを睨み、アメジストの瞳を鋭く光らせていた。

 妹と違うのは、彼女は息一つするのも苦しいほどの覇気。

 殴られたせいで、軽く脳震盪を起こしていたレイモンドは、よろめきながらも立ち上がる。

「………………何者なんだ、お前?」

 冷静さをも吹き飛ばす段違いな覇気に、彼は困惑の声を漏らしていた。
 その問いに、ナアマ姉は艶やかな唇で弧を描く。

「うち? うちはこの子の姉やけど?」
「………………そうじゃない」

 考え込み視線を空に上げるナアマ姉。
 一時して彼女は「あー、そういうこと」と気だるげな声を漏らした。

「うちがクソエルフなんかに名乗るわけないやろ。バカか、あんたは……ぺっぺっ」

 嫌悪を込めた唾だった。ナアマ姉はこれでもかとぺっぺっと吐きだしていた。よほどエルフ嫌いなのだろう。
 
 ポロリと名前をこぼしてくれないかと期待したレイモンド。だが、真の目的はゲームマスターを倒すこと。どんな人物であれ、どんな物であれ、倒す以外に道はない。
 
「『プレイヤーあんたはさっさと定位置に戻り』と言ったところで戻らへんもんね――――」

 刹那、風が吹く――――。
 0.1秒以下の瞬きの間に気づけば、レイモンドの目の前にいたのは淡い紫の瞳。邪悪に怪しく光っていた。

「戻れんのやったら、力づくで戻したる」

 反応することもできず、吹き飛ぶレイモンドの体。モニターを突き破り、窓ガラス全てが割れ、外へと放り投げ出される。

「ああ…………」

 その瞬間、レイモンドは思い出した。戦争で目撃したあの瞳。前線には出てくることがなかった彼女だが、裏で動いていたレイモンドは確かに知っていた。

 ――――――あのアメジストの瞳の持ち主の名前を。

「くそっ、怪物め。なんであんたがこんな所にいるんだよ――――」

 遠くなっていく管制室の端で立つ、瓜二つの少女たち。
 落ちていくレイモンドを見つめ、大きな胸を揺らしてにひっと笑うナアマ姉。

「うちのお仕事はお終い。あとは任せたで、アドヴィナ」

 そんな楽し気な呟きが聞こえた気がした。



 ★★★★★★★★



 空から落ちてくるピンク髪の少年。外から丸見え状態のビルの1室には、2人の少女。

「ありがとう!! おねえさま!!」
「まだうちはあんたの姉様じゃねぇわッ!!」

 私は手を振り、少女たちに全力の感謝を伝えた。反論する姉様だが、彼女の顔には笑みがあった。ナアマちゃんを助けてくれて、ありがとう………師匠姉様

 ナアマちゃんも頑張ってくれてありがとう。

 ナアマちゃんは右腕をやられたようだが、シスコンな姉様のこと。回復魔法なりなんなりで治してくれるはずだ。

 うーん……………師匠の手も借りてしまったし、これは私、頑張らないと!

 砂ぼこりが起こり彼の姿は見えない。直感的に炎の玉を投げるが、跳ね返ってきた。

 なるほど、跳ね返すのね。
 やはり彼の得意魔法は――――。

「久しぶりね、レイモンド」

 サラサラとしたピンク髪。琥珀の宝石のように煌めくアンバーの瞳。人間のものとは大きくなる、横に伸びた長い耳。その片耳にはレトロな花の形のイヤリングがつけられていた。

「結局あんたか………」

 どこか嫌そうに、小さく呟くレイモンド。

「1つ聞いてもいいかしら?」
「………聞くだけなら、お好きに」
「ねぇ、なんであなたは、エイダンからハンナを奪わなかったの? あなたなら、エイダンと張り合えたでしょうに」
「彼と張り合うなんて、まさか…………」

 あはは、とお得意の笑顔を浮かべるレイモンド。だが、その笑みは偽物で、自分がエイダンと同等もしくはそれ以上にあると自覚がある。間違いない。

 レイモンドのルートを攻略済みだったから、エルフであることは分かっていた。

 隣国に位置するエルフの国ジェイドマイン出身であり、私たちの国の転覆、支配を企むスパイであることも知っていた。まぁ、ゲームの紹介PVではレイモンドは一般家庭からの出自であることになっているけど。

「いいえ、できたはずよ。あなたなら」

 でも、本当は――――――――。

 転落で弱まったのだろう、レイモンドの両目にかけられていた魔法の気配が消失する。そして、現れたのは瞳孔中央に描かれた1つの十字架。

「ねぇ、ジェイドマイン国の次期国王様?」

 それはエルフの王族である証だった――――。
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