えふえむ三人娘の物語

えふえむ

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第1章

第1章 第7話

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 綾宮市役所の庁舎の前で三人は立ち止まった。数年前に建て替えられたという庁舎のビルは、市役所というよりもオフィス街に並ぶ立派な商業ビルのようだった。エントランス付近では、職員や市民たちが忙しそうに行き交う中、アンナ、チエ、サキの三人は少し身を縮めるようにして立ち止まった。

「み、みんな、忙しそう……」

 チエが小さく呟く。

「うん、思ったより大きいね」

 チエの独り言にアンナが返事を返す。その声にもわずかな緊張がこもっていた。

 サキは二人を見渡し、「行こう」と一歩前に出ると、三人は総合案内と書かれたカウンターに向かって歩き始めた。やはり、役所の雰囲気は少し堅苦しく、どこか圧迫感を感じさせる。

 「すみません。地域振興課に行きたいのですが」と、サキが総合案内に声をかけると、受付の職員は事務的な笑顔で「九階にあります」と三人を案内した。

 エレベーターを待っている間、サキは手に持ったメモをじっと見つめ、チエは不安そうにあたりを見回していた。アンナは少し力が入っているようで入った手をぎゅっと握り締めていた。三人とも、ただの訪問者ではないという気負いを抱えながら、これからの話がうまくいくかどうか、心の中で葛藤していた。

 数日前、アンナは配達の途中で、町内の一軒家に住む年配の男性と話していた。玄関先で立ち話をしていると、彼がポツリと漏らした言葉が胸に刺さる。

「この町も昔は賑やかだったんだけどねぇ。今じゃ、ほとんどの店が閉まってるよ。」

 その言葉を、アンナは無意識に心に留めていた。自分の配達先もどこもかしこも静まり返り、シャッターの閉まった店が並ぶ町並みには、かつての活気が感じられなかった。

 本屋で働くチエも、日々売れない本を整理しながら感じていた。足を運ぶ人は少なく、すっかり閑散としてしまった店内に、ため息をつくことが増えた。

「どうすれば、もっとみんながここに来てくれるんだろう」

 サキもまた呉服屋で同じ感情を抱いていた。店主が口にした「若い人はもう和服なんて着ないよね」という言葉が、胸に痛く響く。昔から続く店を守りたいと思っているものの、年々顧客は減り続け、寂しい雰囲気が漂っていた。

 三人は、こんな状況を変えたいと思った。しかし、どうしていいかわからずにいた。そこで彼女たちは一つの決意を固めた。何もしていないと、この町は何も変わらない。だから、少なくとも誰かに今の状況を伝えてみようと。

「とにかく、市役所に行ってみようよ」

 アンナが提案すると、チエもサキもその考えに賛成した。アイデアは何もない。ただ、現状を知ってもらうことから始めなければならないと三人は市役所へやってきたのだった。

   2

 三人は、地域振興課に向かいながら、何度も心の中でシミュレーションを繰り返していた。商店街を活気づけ、地域の人々をもっと巻き込むためには、市役所の協力が必要だと思い込んでいた。だが、どこかで不安を感じていた。アイデアも具体的なプランも持っていない彼女たちが、どうして市役所の職員に協力をお願いすることができるのか。

 エントランスの忙しさが嘘のように、九階のフロアは静かだった。部屋の中は無機質で、机の上には見積書や行政の資料が山積みになっている。職員はほとんど出掛けているようで、人の数よりもデスクの方が圧倒的に多かった。

 地域振興課の窓口にやってくると、近くにいた男性職員に声を掛ける。職員は三人の元へやってこようとするが、一番奥に座っていた男性が立ち上がると男性職員を制止した。その職員は怪訝な表情を浮かべると三人の近くまでやってきて、窓口にあった椅子に座るように促した。

「こんにちは」

職員は淡々とした口調で挨拶をし、座っている三人に向かって一礼した。

「今日はどういったご用件でしょう?」

 三人に向かって座った男性の胸には『地域振興課 課長 田所』という名札がぶら下がっていた。

 サキが代表して口を開く。「私たちは、桑咲町商店街や若葉住宅の活性化について相談に来ました。どうにかして、この地域をもっと盛り上げたいんです」

「なるほど」職員は眉をひそめながらも、淡々とメモを取り始めた。

「では、何か具体的にご提案がありますか?」

「実は、私たちにもアイデアはなくて……」

 サキが少し困った表情を浮かべて言った。

「でも、何かできる方法を教えてもらえれば、私たちも頑張ってみたいと思ってきました」

 職員は腕を組み、少しの間黙って考え込みながら言った。

「実際、商店街を活性化させるには、大きな予算が必要です。それに現在、綾宮市は駅前の再開発に力を入れています。綾宮駅が発展すれば、市全体が発展します。もちろん、桑咲町も同じ市内ですから」

 彼は子どもを納得させる大人のような口ぶりだった。

 実際、綾宮駅周辺は活気づいている。しかし、駅から離れてしまうとその活気は嘘のように静まってしまう。鉄道やバスも全て駅から放射線状に伸びている。全てが駅前に集まるように設計された、地方都市の典型的な例である。

「それじゃ何も変わらない!」

今まで黙っていたアンナが声を荒げる。

「商店街が活気づかない限り、私たちが住む場所も変わらないし、町全体が元気をなくすよ!」

「それはわかりますよ」

 職員はアンナの目をしっかりと見ながら答える。

「しかし、行政には予算というものがあり、優先順位というものがあります。綾宮市は駅周辺の開発が今は最優先で、そこにリソースを割くのが現実的です」

 アンナは淡々とした職員の説明に言葉を失ってしまう。

「よ、予算……、ゆ、優先順位……」

 チエも職員の言った単語を小さく繰り返すだけだった。

「でも、予算がないからって、何もできないなんて……」

 サキだけが職員になんとか反論する。

「街の未来をどうにかしようって言ってるのに、行政があきらめてどうするんですか?」

 職員はふぅと息をついた。

「理想と現実は違うんです。どんなに意気込んでも、できることには限界がある。それに、行政主導で街を動かすには時間がかかります」

 冷静に返事をする。その一言が、三人をさらに落胆させた。具体的な提案もなく、ただ否定的な現実を突きつけられたことで、彼女たちの胸の中にあった希望が一気にしぼんでいくのを感じた。

「わ、私たちが来ても、何も変わらないね……」

 チエがぽつりと呟き、うつむいた。

「……もう帰ろう」

 サキが静かに言った。

 アンナは言葉を発せず、無言で席を立つ。三人は肩を落とし、地域振興課を後にした。その足取りは重く、気持ちがどんどん萎んでいくようだった。事務所の廊下を歩く三人の顔に、もはや希望の光は見当たらなかった。

 だが、廊下を歩きながらも、頭の中では色々なことが交錯していた。何とかしなければならないという焦りと、どこかで自分たちの力ではどうにもできないのではないかという現実。そんな心の葛藤に、どこかで疲れ果てていた。

「わ、私たち……どうしたらいいんだろう……」と、チエの小さな声が漏れる。

 エントランスへ降りるエレベーターを待っていると、ふと背後駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「ちょっと待ってください」

振り向くと、そこには先ほどの話を後ろで聞いていた男性、槙原直樹が立っていた。

   3

 槙原直樹は少し慌てた様子で三人に近寄ってきた。

「すみません、先ほどはお話を聞けなくて」

 槙原は息を整えながら、三人に向けて微笑んだ。

「お話を聞いていて、少し気になることがあったので。」

 三人は驚きながらも、槙原の顔を見つめる。先ほどの課長に比べ、彼はとても若くて、どこか親しみやすい雰囲気を持っていた。

「気になること?」

 三人を代表してサキが質問する。諦めムードが漂っている三人の目は、来るときの期待に満ちた輝きは失っていた。

「実は、僕も桑咲町の商店街の活性化には興味があります」

 槙原は三人を順番に見回しながら続けた。

「でも、先ほど課長が言われた通り、正直、行政としてできることには限りがあります。予算を割いて大規模な地域振興を行うとなると、それこそ何ヶ月、もしくは何年も準備が必要になります。それに、市の予算を回すのは厳しいのが本音です」

「じゃあ、私たちがどうすれば……?」

 サキがしょんぼりと尋ねる。

「わ、私たち……ど、どうしていいのか、わからなくて」

 チエも諦めた表情で答える。

「何か、私たちにできることがあれば教えてよ!」

 アンナが声を上げた。

「もちろんです」

 槙原はそう答えると、少し考え込み、そしてゆっくりと言葉を続けた。

「市役所の職員の僕がこんなこと言うのは恥ずかしいですが、行政に期待しないでください。少し違った視点から考えてみるのもいいかもしれません。最近、SNSを使って地域の魅力を発信することで活性化した自治体の事例がいくつかあります。たとえば、地元の特産品や文化的なイベントを紹介することで、意外と注目を集めたりするんです」

「え、SNS……ですか……?」

 チエが少し戸惑いながら質問する。

「はい。あなた方もやっていませんか? 若者に人気のSNSで情報を発信することで、若い世代や観光客の目に留まることがあります。例えば、地元の特色や、伝統的な商店街の風景を写真や動画でシェアするだけでも、十分に魅力を伝えられます。」

 黙って聞いている三人の目を見ながら、槙原は続けた。

「特に、桑咲町は宿場町としての歴史がある。古い建物が残っているというのは大きなアピールポイントです。」

 サキの目が輝いた。

「古い建物……確かに、うちの呉服屋も歴史ある店だし、それを活かせたらいいかも」

「呉服屋にお勤めなんですね」

 槙原は頷きながら、さらにアイデアを加えた。

「古い町並みをバックに、伝統的な和服を着て撮影して、その写真をSNSで発信する。これなら、今の若い人たちにも響くかもしれません。加えて、商店街全体が協力して、小さなイベントを開いてみるのも一つの方法です。みんなで協力して、インスタ映えするようなスポットを作って、写真を撮って発信する。きっと、注目されると思いますよ。」

「なるほどね~」

 アンナが目を輝かせながら言った。

「それなら、私たちでもできるかも!」

「でも、やってみても、すぐには結果は出ません」

 槙原は少し真剣な顔つきで続けた。

「SNSを活用して広めるには、まず地道にやることが大切です。それに、SNSに投稿する内容もただの宣伝ではなく、地域の魅力をどう見せるかが重要です。見た目が良く、みんながシェアしたくなるような内容を心掛けてください」

「確かに、みんなに興味を持ってもらうのが大切ですね。」

 サキが小さく頷きながら言った。

「そうです」

 槙原は微笑んだ。

「最初は小さなことから始めて、だんだん広がっていきますから」

「ありがとう、槙原さん」

 サキが感謝の気持ちを込めて言った。

「私たちにも、少し希望が見えてきた気がします」

「いや、僕はあくまでアイデアを提供しただけですから」

 槙原は頭をかきながら言った。

「でも、頑張ってください。僕もできる限り応援します」

「市役所として、何か手伝ってもらえることは……?」

 サキが尋ねた。槙原は少し悩み、そして答えた。

「正直、僕の立場では限界がありますが、もし何かアドバイスが必要であれば、また気軽に声をかけてください。直接的な支援はできませんが、少なくともアイデアを出して、皆さんの活動を見守ることはできますから」

「それでも十分だよね!」

 アンナが元気よく言った。

「私たちのできることやってみるよ!」

「応援してますよ」

 槙原はにっこりと笑って言った。

「何か困ったことがあれば、ここに電話をください」

 槇原はそう言うと三人に一枚ずつ名刺を差し出した。

   4

 線路を進むガタンゴトンという音が響く電車の中。三人は窓の外に流れる景色を見つめていた。桑咲駅に向かう道のりは、いつもと変わらぬ風景が続いているが、心の中で何かが変わったような気がしていた。

「槙原さん、言っていたこと、どう思う?」

 サキがゆっくりと口を開いた。

「うん、やる気が出てきた」

 アンナが進行方向を見ながら答える。

「SNSで発信するっていうの、私はあまり詳しくないけど、やってみたら面白いかも」

「わ、私も……」

 チエが小さく頷いた。

「しゃ、写真を撮るのって、意外と楽しいかも……。い、いろんな場所で、い、いろんなものを撮って、それを発信……」

「でも、槙原さんも言ってたけど、最初はうまくいかないかもしれない」

 サキは少し真剣な表情で続けた。

「SNSを使ったからって、すぐに商店街が活気づくわけじゃないし」

「でも、何もやらなかったら、何も変わらないよ」

 アンナが力強く言った。

「何もしなければ、ずっとこのままなんだし、試してみる価値はあると思う」

「う、うん……そ、それに、いろんな人に、協力してもらえたら、いいよね」

 チエが少し顔を明るくして言う。

「商店街の人たちと一緒に写真を撮ったり、イベントを開いたりして。もっともっと、みんなの力を合わせたら、きっと何か変わると思う……」

 サキはスマホを握り締めながら、少し考え込む。

「うん、確かに。まだ先が見えないけど、少なくとも今までやったことのないことをやってみる。もしうまくいかなかったとしても、少なくとも挑戦したことには意味があるよね。」

「サキ。もう失敗すること考えてるの?」

 アンナが茶化すように言う。

「サキは心配性なんだよ。絶対、上手くいくって」

「アンナは何でも楽観的すぎるのよ」

 アンナとサキの言い合いが始まった。実行力のあるアンナと、慎重に判断するサキ。この二人が言い合いを始めるといつも勢いが出る。チエは二人の言い合いを嬉しそうに見守っていた。

 少しずつでも私たちの住む町が変わるかもしれない。小さな一歩かもしれないけど、誰かが行動しなければ、何も始まらない。

 電車は、綾宮駅から桑咲駅へ向かうレールの上を走り続けていた。三人の気持ちも、少しずつ前に進み始めた。

「さあ、忙しくなるね~!」

 アンナが力強く言った。サキとチエも大きく頷いた。
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