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第二部 第二章
どうしたら信じてくれる?ーユーエン視点ー
しおりを挟む最初は愛し合う二人を見て腸が煮えくり返りそうだった。幸せそうに笑い、自分にはないものを持っていて。僕が裏切るなんて思いもせずに親身に接する二人を馬鹿なんじゃないかって思った。
でも、そんなことを思っている僕にひたすらに優しくて、ただただ僕を心配してくれた。足のことだって、ここまで回復するなんて思わなかった。
真っ直ぐな温かさがとても心地よくて、そして自分の穢さを浮き彫りにされるようで苦しかった。誰を恨むべきなのかを見失い、僕の淡い望みを叶えるためにティーロとアルベルトさんを犠牲にして。
結果何が残ったんだろう。
いつか救われるんじゃないかって思ってた。
この状況が改善して、ウルリヒと二人で幸せになれるんじゃないかって夢見てた。
でもここにいる限りそれは無理だ思い知らされた。
「ごめんね……」
ティーロはとても眩しくて、絶対にここにいてはいけない人。こんなところで命を落としてはいけない人。
アルベルトさんのところに帰さないと。
「願いは成就した!」
ウルリヒが王殿のバルコニーから声を張り上げた。里の皆は歓声を上げて喜んでいる。これで王の子供が生まれ、天使によって竜の子達は救われると希望に満ちていた。
僕は目を伏せて、踵を返す。
約束は一つとして守られることはなく、ウルリヒにはまだ忌まわしい首輪が付いている。それにティーロも……。
あの香が焚かれ続ける部屋に閉じ込められ、ウルリヒをアルベルトさんだと思い込まされ行為をさせられている。あんな部屋にいれば、精神がいつ壊れてしまってもおかしくないのに。
しかもティーロに種を飲ませてウルリヒとの子供を作らせようとした。混ざりものの血で王の血筋を汚さないために。
ウルリヒも天使もここにいる竜たちにとっては道具でしかない。
竜の純血に何の価値があるのか。
こんな里滅んでしまえばいいのに。
「ティーロ、聞こえる?」
ティーロの部屋の窓という窓を開け放ち、香の煙を追い出す。目を開いてはいるけれど、全く焦点は定まっていない。
体を支えて薄く開いた口に水をそっと流し込めば、ごくっと喉がなった。彷徨うようにゆらゆらと動いていた瞳がゆっくりと僕の方を向く。
「服着せるね」
電池の切れた人形のような体を起こして、服を羽織らせて袖に腕を通す。
「……ぁ、……る?」
「ティーロ、ここから出るよ。しんどいけど我慢してね」
種を使えば百パーセント子供ができる。ティーロが身籠っていると信じて疑わない里の竜たちはお祭り気分で大騒ぎしている。
だから抜け出すなら今しかない。
ティーロの腕を担いで腰に支える。ルーファさんからもらった杖があるから、何とかティーロの体重にも耐えられる。ただ、バランスを崩せば二人とも転倒してしまうから、一歩一歩をしっかり踏みしめて前に進んだ。
どんちゃん騒ぎを背中に聞きつつ、寝殿の裏手から森の木々の中に身を潜める。
「……ゆ、えん……?」
「ティーロ、少し歩くよ。きっとアルベルトさんも近くまで来てくれてるから、そこまで頑張ろう」
アルベルトさんは王族。元とはいえ、竜が王族に連なる天使を攫ったとなれば国が動くに違いないし、アルベルトさんならティーロを見つけてくれるはず。
僕には番というものにどれだけの深い繋がりがあるのかわからないけど、二人なら、という思いがどこかにあった。
「……お、れ」
僕に引き摺られる形ではあるもののティーロも力の入らない足をなんとか踏みしめて一緒に歩いてくれる。
「ゆー、えん……どうし、て……」
「恨んでくれていいから。全部、全部……」
「……おど、されてる?」
ティーロの言葉に驚いて僕は足を止めた。するとティーロは僕を振り切るようにして突き放し、木の根元に屈んだ。そのまま嗚咽を漏らしてもどしてしまった。
「ティーロ……」
すぐに傍によって背中を擦る。同じような状態に陥ったことがあるから、ティーロの辛さが手に取るようにわかる。
「近くに小川があるから、そこで口をゆすごう」
「……ごめ……」
「気にしないで」
またティーロに肩を貸して歩く。まだ里の竜達の行動範囲内だけど、無理をさせられない。それに木の根が張った道を杖を引っかけずに歩くのが難しくてどうしても足が遅くなってしまう。
何度も躓きながらも小川について、二人して川辺に倒れ込んだ。
おしりを引き摺って岩に座り、ティーロは川の水を掬う。随分喉が渇いていたみたいで、何度も口に運んでいた。
少しでも気持ち悪さが取れるように、ポシェットに入っている瓶から飴を一粒取り出してティーロの目の前に差し出す。
「レモン味だから少し楽になると思うよ」
「……レモン? ありがと……」
ティーロはやっぱり疑いもせず手に取って口に放り込んだ。
「どうして? 毒かもしれないのに」
「……ふふ、俺が、……今死んでないから……かな」
「死んでないって」
「それに、酷い扱い、受けてるのわかってた、から」
息を整えつつ僕の足を指差した。それから僕の顔を見て眉を寄せる。口元と目の横に痣があるから少し醜かったかもしれない。
「酷い痣……殴られたの?」
「平気。ほとんど痛くないから」
ティーロは拳を作って地面を軽く叩くと、「行こう」と木で体を支えつつ立ち上がる。僕は慌ててティーロに肩を貸した。
「アルがこっちに、向かってる」
「わかるの?」
「森が話してる。アルの紋章の力、なんだ。俺もその力を少し、使える」
「紋章の力……?」
僕にそんな力なんてない。ウルリヒが何かの力を持っているなんて聞いたこともなかった。
「どこかで根が繋がっていたら、植物たちがアルに、届けてくれるんだ」
「そんな力が……。でも安心した。アルベルトさんが来てくれるなら」
「……ユーエン、このまま一緒にここから出てしまわない?」
出たい。
出たいに決まってる。
でもウルリヒを置いて逃げることなんて僕にはできない。
「僕の番には奴隷の首輪が嵌められてるんだ」
「え……どうして!?」
「王の血筋なんだ。途絶えさせてはいけないから、死なせないように自由を奪ってる」
「そんな……」
ティーロは悲壮な声を上げた。まるで首輪の残酷さを知っているみたいに。
「だから戻らないといけない」
「……でもそんなの何の解決にもならない……。俺を攫ってきたのは、落ち人だからだよね。どうして落ち人が?」
「子供を産ませるためだよ。天使は竜の血を穢さないから。純血しか必要ないんだ、王の血筋には」
「……穢さない、そういうことか。俺が竜の子を産めばユーエンは……でも、子供を犠牲になんてできるわけない……」
ティーロは何とか打開策を考えてくれているみたいだけど、ウルリヒがあそこにいる限りあの里と生死を共にすることになると思う。
「ティーロは異世界から来たんだよね? アルベルトさんはどうして信じてくれたの?」
「えっ、あ……」
聞いちゃいけないことだったのか、ティーロが珍しく戸惑っていた。
「詳しくは言えないけど、その、消えかけたらしいんだ。アルの前で」
「消えかけた?」
「うん、透き通って、光の粒みたいに……」
「そうなんだ……」
消滅してしまいそうだったのをアルベルトさんが助けたのかもしれない。確かに僕が読んだ本にも天使は忽然と姿を消すって書かれていた。
「……僕も消えかけたら信じてもらえるのかな」
「ユーエン……?」
「もし僕が『ニホン』から来たって言ったら信じてくれる?」
ティーロが零れ落ちそうなぐらい大きく目を見開いたのを見て、僕は堪らず笑ってしまった。
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