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第二部 第一章
友達
しおりを挟む「よし、これで大丈夫かな」
湿布を貼った後、足首を固定するように布で縛る。これから炎症が引くまで毎日のことになるけど、そこまで来てしまえは、あとはユーエンの頑張り次第。
「ありがとう、ティーロ」
「どういたしまして」
不要な部分を切った布切れや軟膏を片付けながら、窓の外に目を向ける。作業を始めた時には夕日が差していたのに、外は既に暗くなっていた。
「もうこんな時間!」
まだ夕食の準備を全くしてない。アルはユーエンの杖の調整をした後すぐに応接間で騎士団の人と打ち合わせに入ったけれど、まだ姿を見ないということは終わってないってこと。
「ご、ごめん……」
「ユーエンの所為じゃないって! 俺の手際が悪かっただけだし。もう遅いし、良かったら今日は夕飯食べていかない? 準備は今からだけど」
「えっ、でも」
「いいからいいから。本が読めるなら、そこの本棚の本読んでてくれていいから。じゃあ、俺は準備あるから行くね!」
有無を言わせずに俺は部屋を出た。
その時に見えたユーエンの眉は八の字のように下がっていたけど、このぐらい強引にいかないとルーファさんのところでやった押し問答をここでもすることになってしまう。
俺はユーエンの困った顔を思い出しつつ、早速野菜の皮を剥き始めた。
「ティーロ! 置いてかないでよ!」
文字が読めなかったらしいユーエンがキッチンに来たのは、下拵えが済んで火を入れ始めた時だった。泣きそうな顔をしてキッチンに入ってきて俺に詰め寄った。
「ここよくわかったね」
「わかってないよ! お屋敷広くてたくさん迷ったんだから!」
キッチンを見つけるのにぐるぐると屋敷の中を回ったのかもしれない。
でも、ルーファさんからもらった杖がしっかりと合っていたようで、足に負担をかけないように歩いてこれたみたいだ。ユーエンは痛みに歪んでいた時とは程遠い、ぷりぷりと元気に怒った顔をしていて、俺は堪らず吹き出してしまった。
「っふふ」
「ティーロ!?」
「ごめんね、ユーエンが可愛くて」
「もう!」
待っていてもらうつもりが無理に歩かせてしまったのは予定外で、すぐにスツールに座るよう勧めた。だからといって、ぶりがえすような笑いは治まらなくて、顔を赤くしたユーエンにじっとりとした目で見られることになった。
出会った時は服も着古したもので、長い髪も伸ばしっぱなしだったけれど、今日は身なりを気にしたのか少し小綺麗になっていて、亜麻色の髪も梳かれ一つにまとめられている。もともと素材が良いのだから当然のことなんだけど、可愛いなぁと素直に思う。
それにこうして砕けた表情をするのは、俺の前だけのような気がして、なんだか嬉しかった。アルに対してはずっとかしこまっているから、俺が同じ子供だと思われているってことなんだろうけど、それでも嬉しことに変わりない。
「ユーエンはここに来るまではどこに住んでいたの?」
鍋の中身をかき混ぜながら質問を投げかければ、ユーエンは少し考え込むようにしてからこちらを向いた。
「……生まれた時はここからずっと東にある山脈の麓にある小さな村にいたんだ。それから何箇所か渡り歩いてきたから沢山ありすぎてどこのって言えないんだけど……」
「へえ、なんだか行商してるみたいだね」
「うん……だから本当はここにもそんなに長くいる予定はなくて」
「え、そうなの?」
驚いて俺が手を止めると、ユーエンは頷いて「残念だけど」と肩を落とした。
武具屋というからには店を構えて、ヴァリスさんの細工屋のように固定客をもっているのかと思っていたけど、そうじゃないみたいだ。土地で仕入れたものを移動しては売り捌いて、という本当に行商に近いものなのかもしれない。
「ティーロと仲良くなれそうで嬉しかったんだけど、僕は父さんに付いて行くしかないから。今までもこんなのばっかりで、なかなか親しくできる人がいなくて……」
「なら、ここにいる間は俺と仲良くしよう? 友達って言うとなんだか恥ずかしいけど。一周回ってこの街に戻ってくるかもしれない。そうしたら、また会えるかもしれないし」
俺にしたら普通のことだったんだけど、ユーエンにはなにか違ったようだ。どこか呆然とした顔で俺を見たかと思えば、膝にのせた手をギュッと握って俯いた。
「……ティーロ、ありがとう」
「ううん、お礼言われるようなことじゃないよ」
そう返事したものの、思いつめた様子のまま一言も発さなくなってしまったユーエンに首を傾げつつ、見守ることしかできなかった。
少し気まずい空気が流れていたけど、どうしようもできなくて、空いた手で洗い物を片付けていく。
「ティーロ、ごめん! 食事の用意まだだったね」
そこにタイミングよく現れたのはアル。戸口から顔を出した男前の顔は少し憔悴しているように見えた。
「後は俺がするから。ティーロはお皿出してくれる?」
早足で当然のように一直線に俺の元に向かってくる。いつものアルにホッとしながら微笑みかけた。
「お疲れ様。いいよ、俺がやるから大丈夫。思ったよりも長かったんじゃない?」
「そうなんだ。家にまで押しかけてこなくてもいいのに」
ちょっと補充させて、とアルは俺を抱き寄せて、ぎゅっとこれ以上引っ付けないというぐらいのハグをしてくる。そこまではいいとして、勢いのまま軽く唇にキスされて、俺は真っ赤になるしかなかった。
「アル! ユーエンがいるから!」
全く気付いてなかったようで、「えっ」とアルは慌てて振り返った。
「あ……ごめんね、ユーエン」
一部始終を見ていたのか、さっきとは打って変わって顔を真っ赤に染めたユーエンに、アルはいたずらっぽい笑みを浮かべながら謝った。俺を抱きしめたまま全く腕を緩めもしなかったため、その謝罪に全く気持ちが籠もっていないことがよくわかった。
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