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第二部 第一章
人からの好意
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チリンと鈴がなると、扉の隙間から店の中を窺ってくるお客さん。
「待ってたよ」
俺が扉を引いて迎えると、ユーエンはホッと緊張を解いた。店番が終わるころに店に来てもらい、アルと一緒に馬車で屋敷に向かうことにしていたけど、有数の細工師の店が待ち合わせ場所となると入りづらいのはわかる。
店の棚や壁に飾られた商品を見てユーエンはわぁと声を上げた。
「ティーロはここで働いてるの? すごい……」
「うん期間限定だけどね。もちろん俺は作ってないよ。店番だけ。あ、ユーエン、アルが来るまでここに座ってて」
入口横のベンチを指すとユーエンはコクリと頷き、杖を支えにしてゆっくりと腰を下ろす。その際に一瞬だけ眉が寄せられる。隠しているみたいだけど、やっぱり痛むみたいだ。
「ユーエンのご両親、何の仕事してるか聞いてもいい?」
一人でアルの屋敷に来ようとしたり、お金を出してもらえなかったり、ユーエンは虐待のようなものを受けているんじゃないかって思っていた。
治療するにあたって協力が得られればいいけど、反対されてユーエンの扱いがもっと酷くなったらと思うって心配が尽きない。
「え、っと、父さんは武具商人をしてる。鍛冶屋から武器とか防具とかを仕入れて売ってるんだ。忙しい仕事でなかなか会えなくて。母さんは……いないかな」
「あっ、ごめん! あんまり話したくないことだったよね」
「ううん、僕が物心ついた頃にはいなかったから、実感がなくて。気にしないで、ティーロ」
ユーエンとの会話する声が聞こえていたのか、俺と交代するために奥の部屋から出てきたルーファさんが首を傾げた。
「ティーロ? ——あ、朝言ってたのその子?」
「うん、ユーエンって言うんだ。この人がルーファさん。もうすぐ赤ちゃんが生まれるから、俺が代わりに店番してるんだ」
「……ルーファさん……赤ちゃんいるんですか?」
ユーエンは興味深そうにルーファさんの少し膨らんだお腹を観察している。
俺と同じぐらいの年齢に見えるけど、年下なのかもしれない。仕草が少し幼く見える。
「はじめまして、ユーエン」
「あっ! はじめまして、僕ユーエンといいます」
慌てて立ち上がろうとするユーエンを「いいから」とルーファさんが肩を押して止める。
「この棒ってもしかして杖?」
「……はい、これしかなくて」
「うーん、これじゃ足の負担は軽減されてなさそう。ちょっと待ってて」
そういうと、ルーファさんはカウンターの奥にある倉庫に入っていった。
ユーエンと顔を見合わせていると、ルーファさんはすぐに戻ってきて、「これ使ってみて」としっかりとした作りの杖を差し出した。
普通の杖よりも長く、腕を固定するところがついている。体重をしっかりと掛けれるような杖だった。
「え、あ、僕、お金が」
「それ、俺の祖父が使ってたんだけど、もう使わなくなって埃かぶってたんだ。良かったらもらって帰って。高さも調節できるから、アルベルトにやってもらって」
「……で、でも」
「いいからいいから」
二人が「あげる」「もらえない」と押し問答をしているのを苦笑いしながら見ていると、また入り口の鈴がなった。
振り向けばアルがいて、俺は「お疲れさま」と笑顔で迎え入れた。その途端、アルに抱き寄せられる。
「ティーロもお疲れさま」
ギューッとしながら俺の髪に顔を埋めて、気持ちを落ち着けるように深呼吸して。なんだか甘えてるみたいで、俺は笑いながら回した手でポンポンと背中を撫でた。
ひと目を憚らずにこういうことをするのはやっぱり恥ずかしいけれど、それよりもアルが愛しかった。
「そこ! 人の店の中でいちゃつかない!」
「取り込み中だったから、邪魔したらいけないと思って」
ぷりぷりと怒るルーファさんにアルはおどけて見せて、フフと笑った。
「もう終わったから!」
「それは良かった。ルーファ、ティーロをありがとう。ユーエンも行こうか」
ユーエンは杖を受け取るつもりはなかったみたいだけど、ルーファさんの終了の一言で決定してしまった。無理矢理杖を持たされたまま店を出ることになり困り果てていたけど、好意に甘えることは悪いことじゃない。
むしろ、傷ついたり不安になったりした時に心を支えてくれるのは周りの人たちの温かい心。人の顔色を窺ってばかりのユーエンにもその温かさを知ることで明るく笑えるようになって欲しかった。
ユーエンの迷いを断つように、俺は小さく丸まっている背中を押して、馬車へと促した。
「待ってたよ」
俺が扉を引いて迎えると、ユーエンはホッと緊張を解いた。店番が終わるころに店に来てもらい、アルと一緒に馬車で屋敷に向かうことにしていたけど、有数の細工師の店が待ち合わせ場所となると入りづらいのはわかる。
店の棚や壁に飾られた商品を見てユーエンはわぁと声を上げた。
「ティーロはここで働いてるの? すごい……」
「うん期間限定だけどね。もちろん俺は作ってないよ。店番だけ。あ、ユーエン、アルが来るまでここに座ってて」
入口横のベンチを指すとユーエンはコクリと頷き、杖を支えにしてゆっくりと腰を下ろす。その際に一瞬だけ眉が寄せられる。隠しているみたいだけど、やっぱり痛むみたいだ。
「ユーエンのご両親、何の仕事してるか聞いてもいい?」
一人でアルの屋敷に来ようとしたり、お金を出してもらえなかったり、ユーエンは虐待のようなものを受けているんじゃないかって思っていた。
治療するにあたって協力が得られればいいけど、反対されてユーエンの扱いがもっと酷くなったらと思うって心配が尽きない。
「え、っと、父さんは武具商人をしてる。鍛冶屋から武器とか防具とかを仕入れて売ってるんだ。忙しい仕事でなかなか会えなくて。母さんは……いないかな」
「あっ、ごめん! あんまり話したくないことだったよね」
「ううん、僕が物心ついた頃にはいなかったから、実感がなくて。気にしないで、ティーロ」
ユーエンとの会話する声が聞こえていたのか、俺と交代するために奥の部屋から出てきたルーファさんが首を傾げた。
「ティーロ? ——あ、朝言ってたのその子?」
「うん、ユーエンって言うんだ。この人がルーファさん。もうすぐ赤ちゃんが生まれるから、俺が代わりに店番してるんだ」
「……ルーファさん……赤ちゃんいるんですか?」
ユーエンは興味深そうにルーファさんの少し膨らんだお腹を観察している。
俺と同じぐらいの年齢に見えるけど、年下なのかもしれない。仕草が少し幼く見える。
「はじめまして、ユーエン」
「あっ! はじめまして、僕ユーエンといいます」
慌てて立ち上がろうとするユーエンを「いいから」とルーファさんが肩を押して止める。
「この棒ってもしかして杖?」
「……はい、これしかなくて」
「うーん、これじゃ足の負担は軽減されてなさそう。ちょっと待ってて」
そういうと、ルーファさんはカウンターの奥にある倉庫に入っていった。
ユーエンと顔を見合わせていると、ルーファさんはすぐに戻ってきて、「これ使ってみて」としっかりとした作りの杖を差し出した。
普通の杖よりも長く、腕を固定するところがついている。体重をしっかりと掛けれるような杖だった。
「え、あ、僕、お金が」
「それ、俺の祖父が使ってたんだけど、もう使わなくなって埃かぶってたんだ。良かったらもらって帰って。高さも調節できるから、アルベルトにやってもらって」
「……で、でも」
「いいからいいから」
二人が「あげる」「もらえない」と押し問答をしているのを苦笑いしながら見ていると、また入り口の鈴がなった。
振り向けばアルがいて、俺は「お疲れさま」と笑顔で迎え入れた。その途端、アルに抱き寄せられる。
「ティーロもお疲れさま」
ギューッとしながら俺の髪に顔を埋めて、気持ちを落ち着けるように深呼吸して。なんだか甘えてるみたいで、俺は笑いながら回した手でポンポンと背中を撫でた。
ひと目を憚らずにこういうことをするのはやっぱり恥ずかしいけれど、それよりもアルが愛しかった。
「そこ! 人の店の中でいちゃつかない!」
「取り込み中だったから、邪魔したらいけないと思って」
ぷりぷりと怒るルーファさんにアルはおどけて見せて、フフと笑った。
「もう終わったから!」
「それは良かった。ルーファ、ティーロをありがとう。ユーエンも行こうか」
ユーエンは杖を受け取るつもりはなかったみたいだけど、ルーファさんの終了の一言で決定してしまった。無理矢理杖を持たされたまま店を出ることになり困り果てていたけど、好意に甘えることは悪いことじゃない。
むしろ、傷ついたり不安になったりした時に心を支えてくれるのは周りの人たちの温かい心。人の顔色を窺ってばかりのユーエンにもその温かさを知ることで明るく笑えるようになって欲しかった。
ユーエンの迷いを断つように、俺は小さく丸まっている背中を押して、馬車へと促した。
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