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第二部 第一章
平穏な日常
しおりを挟む「ティーロ君、お疲れ様。もう店番終わりでいいよ」
「ルーファさん。大丈夫なんですか?」
「ゆっくり休んだしもう平気。それにそろそろアルベルトがくるだろ?」
「もうそんな時間なんですね」
「一日早いもんだよ」
よっこいしょ、と椅子に腰かけたルーファさんはその掛け声を俺に聞かれたことに気付いて「つい出ちゃうんだよな」と頬を掻いた。
俺は最近ヴァリスさんの細工屋で店の手伝いを始めた。ルーファさんが身重で体調が優れないからだ。
この世界では神殿で種のようなものを貰い、それを飲んで行為を行うと子供ができるらしい。そして、卵で産まれてくる。一通り子作りの方法を教えてもらったけれど、俺たちには今の所子供を作る予定はない。のんびりと二人の時間を楽しみたいというアルの意向だ。
「ほら、噂をすれば」
チリンと扉に付けた鈴がなって、戸を開けて入ってきたのは俺の伴侶のアルベルト。もうすぐ夏季が終わるけれど、外はまだ日差しが強いようで、靡く銀色の髪が光を浴びて煌めていた。その品が滲み出ている姿を見ると、やっぱり身分の高さは隠せないんだなとしみじみ思ってしまう。
「ティーロ、お疲れ様」
「うん。アルもお疲れ様」
堂々と人前で抱擁するのもここでは当たり前で、俺もその慣習に染まってしまった。ただ、伏し目がちに見下ろされ脳天にキスをされるのはまだまだ慣れない。アルからの愛情が俺に流れ込んでくる気がして照れくさくなってしまうのだ。
「ルーファ、どうだ調子は」
「おかげさまで昼間はゆっくりさせてもらってるから、順調だよ」
そう言って少し膨らんでいるお腹を擦る彼の表情はとても穏やかで、その様子にアルと顔を見合わせてフフと二人で微笑んだ。
「来週だったか、予定日は」
「そうだよ。その日は店も閉じるし、来なくていいからな。ってか、ぜーったいに来るなよ!」
「わかってるよ。邪魔するわけないだろ。ヴァリスから許可が出てから祝いに来るさ」
「そうしてくれ。ティーロは成卵を見るのは初めてだろ? 楽しみにするといいよ」
成卵。
卵で産まれてくるということ自体信じがたい。実際目にできるって不思議な気分だ。そこから雛みたいに卵を割って出てくるという話だし……。
「じゃ、また明日な」
「おう。明日もよろしくな」
アルが戸を引いて、俺を外にエスコートする。このさりげなさが頼もしい。決して当たり前だと思ってはいけないことだと心して、「ありがとう」という言葉を忘れずに伝えると、アルは本当に嬉しそうに微笑んでくれる。
こんな幸せな日常が送れるなんて思ってもみなかった。あんなに苦しんだ過去の方が夢だったんじゃないかと思うぐらい、満ち足りた毎日を過ごせているのだ。
「あれ、あそこに人が」
大通りに出て馬車に乗り、高台にある屋敷へと戻る道中だった。道の端に蹲っている人物を見つけ、アルが馬車を止めさせた。この道を上った先にはアルの屋敷しかないから、目的が薬の可能性が高いのだ。
剣の柄に手を掛けつつ護衛のドレイクがその青年に声を掛けた。
「何事だ。フードを取って顔を見せろ」
「は、はい」
慌てた様子で被っていたフードを脱ぐと、赤みがかった金髪が露わになった。埃をかぶっているものの、色白で美しいと言える容姿の青年だった。
「ユーエンと言います。ブラーシュ様にお薬をもらいたくてここまで……でも……足が動かなくなってしまって……」
青年は自らの足首をぐっと握った。杖とは言い難いけれど、ささくれた棒を片手に持っているのを見ると、きっと足が不自由なのだろう。
「どうされますか、アルベルト様」
「屋敷に」
アルはそう即答して、ユーエンを馬車に乗せ屋敷に招いた。
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