蝶と共に

珈琲きの子

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第一部 第一章

幻想と現実

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 いつものベッドの上で目が醒めた。
 ほのかにアルの香りがする。

 あれは夢だったんだろうか。

「ティ!」

 その声と同時に抱きしめられる。

 俺ちゃんとアルの所にいるんだ。
 
「………アル」

 アルの耳の横でそう呟くと、アルはバッと体を離し、俺の顔を目を見開き、見つめた。それから泣きそうになりながら顔を綻ばせた。

 名前を呼ばないことでアルを傷つけていたのだろうか。こんな風に喜んでくれるなんて。


 でも、もう声を出せるとも耳が聞こえるともばれてしまった。どうしたらいいんだろう。

 違う世界から来たなんて知られたら、どうなるんだろう。どこか連れていかれたりするかもしれない。

 いやだ。
 いやだ、アルと離れたくない。
 離れたくない、一緒にいたい。

 ――ああ、そうか。
 俺、アルを好きになってしまったんだ。

「……アル、…っ…アル…」

 アルの名を呼ぶたびに涙がこぼれる。
 アルは慌てふためいて、俺を抱きしめながら涙をぬぐってくれる。

 それでも涙は止まらなくて。

 不意にアルの顔が近づいてきて、唇に何か触れた瞬間、驚きに涙は止まってしまった。

 キス、してる?

 離れて行ったアルは俺の涙が止まった事を確認して、微笑みを浮かべた。

 どうして?

 キスしたこと、今まであっただろうか。
 思い出してみれば、タカシともしたことがなかった。

 俺初めてキスしたかもしれない。

 そう思うと、顔がじんわりと熱くなってきて、アルとキスしたという事実に喜びが溢れた。

 アルが力強く抱きしめてきた。
 体勢を変えた時にふと膝に硬いものが当たる。それが何かなんて考えなくてもわかった。

 セックスしたいのかもしれない。俺とばかりいるから遊びにも行けず、溜まっているのかもしれない。
 アルと、と考えると全く抵抗がない。でも、俺みたいな奴とするなんてアルが嫌なんじゃないだろうか。

 口で抜くだけなら大丈夫かもしれない、と思い立って、俺はアルのズボンの紐の結び目を緩めた。
 
 すると、目を見開いたアルは俺の手首を掴んで、それを止めた。俺は自分の口を指さしてから、アルの性器がある場所を指さした。
 アルは怒ったように眉尻を上げ、首を振った。俺がアルの性欲の処理をしたいだけなのに、アルはそれを許してくれなかった。

 アルは困った顔をして何か言い聞かせるように俺の頭を撫でると、部屋を出て行った。

 どうしてそんな困った顔するの?
 俺じゃダメだった?
 俺は何の役にも立てない?

 それとも、俺に……。

 そうだ…。
 そんなの当たり前だ。
 数えきれないぐらい咥えてきたんだから、汚いに決まってる。
  

 アルに拒否された絶望に、地の底まで沈んで行くような気がした。
 
 何のためにここにいるんだろう。

 自分の体が急に汚くて、悍ましいものに思えてきて、消えてしまいたい衝動に駆られる。
 体が震えて止まらない。

 汚い汚い汚い。
 
 こんなことなら、あの盗賊の所にいる方がましだった。

 こんな、こんな、思いをするなら。
 
 こんな体、要らない。必要ない。
 

 アルに愛される体でいたかった。
 綺麗な体でいたかった。



 アルに愛されたかった。






「――!」




「―ィ!」


「ティ!」

 身体を揺さぶられる。
 
「ティ!」

 何度も呼び声がして、暗くなりかけていた意識が徐々に戻ってくる。

 目を開くと、苦しそうな表情をしたアルの顔があって、俺はその頬にまだ震えの治まらない手を伸ばした。

 アルはその手を握りしめて、ずっと同じ言葉を繰り返していた。前も同じことがあった気がする。
 そんなことを考えて、ぼんやりとアルを見上げていると、アルが何度も何度もキスをしてきた。

「…アル…?」

 俺の襟元にあるボタンに手をかけて、上から順番に外していく。
 
 なにしてるの?

 アルの唇が首を撫でて、ピクリと電流が通ったように体が跳ねた。
 首から唇を離して、俺の目を強い眼差しで見つめてくる。

「ティ、―――、―――」

 そして何度も口づけ、また俺の服を開けさせて、そこに唇を這わせた。
 アルが触れるところから、何か味わった事のない感覚が広がってくる。
 腰にぞくぞくした痺れのようなものが走り、勝手に口から吐息と共に声が漏れた。

 アルは俺の胸の突起を口に含み、舌で転がす。同時に性器を触り出し、上下に扱くように手を動かし始めると、ピリピリとした刺激が全身に走った。
 
「……っ……んっ、……ぅぅん…」

 久しくしていない自慰よりも強烈な快感。
 声が漏れないように唇を噛みしめていると、アルが俺の唇を包み込むような深い口づけをしてきた。
 唇をこじ開けるように舌が口内に入ってきて、驚きながらも、俺の心は浮き立った。

 これはなんていう行為なんだろう。
 アルが俺の事を慰めてくれてるんだろうか。

 ぐりぐりと鈴口を弄ばれ、頭の中が真っ白になるような刺激に精液を放った。
 肩を上下させている俺の髪を労わるように撫で、アルは微笑んだ。

 俺の何人もの男を受け入れてきた穴に触れ、そこに軟膏のようなものを掬った指をゆっくりと挿入してきた。

 やっぱり、これってセックスなんだ。
 アルとするんだ。

 そう思うと、かあっと体中が熱を持ったように火照りだす。
 アルの指が出入りして、入り口と中を解していくことが嬉しくてたまらない。それとは裏腹に、穢れたところを触らせているという罪悪感が募る。

 アルが俺の体中にキスを落とし、何度も軟膏が継ぎ足され解されていくうちに、体の中から得体のしれない感覚がじくじくと湧き出てくる。

「……っ…アル…」

 息が上がり、内腿がヒクつく。
 アルに訴えるように見上げると、熱を宿した赤い目が俺を射た。アルは服を脱ぎ捨てると、ぶつかるかという勢いで口づけてくる。
 抱き合い、アルの少し汗ばんだしっとりとした肌と合わさり、その刺激に声が漏れた。

「ティ」

 かすれた声が耳に入ってくると同時に後ろに猛ったものが押し当てられた。

 アル!

 掻き分けるように中に入ってくる熱の塊。
 俺の顔を探るように見て、抜き差しを繰り返しながらゆっくりと入ってくる。痛みも引き攣れも伴わない挿入にアルの優しさを感じて胸が熱くなった。

 こんな風に表情を見られながらセックスをするなんて初めてで、羞恥心が溢れる。アルから顔を横に向けて逸らしたけれど、まだアルの視線を感じて、ますます恥ずかしくなった。

 軟膏が溶けてくちゅくちゅと卑猥な音を立てて、それをなぜかいやらしいと感じてしまう。こんな音聞きなれているというのに。
 熱い吐息が耳にかかり、その粘着音と相まって、脳まで犯されているような錯覚に陥る。
 
 アルが中を擦るたびに体中にじんわりと何とも言えない痺れが拡がり、その初めての感覚に恐怖を感じてアルにしがみ付いた。

 なに、これ。
 こわいこわい。  

「ティ」

 アルは身体を強張らせた俺の頭を何度も撫で、キスをしてくれる。怖いことではないと安心していいと言われているようで、俺は頷いた。
 アルが与えてくれるもの、それが恐ろしいものであるはずがないのだから。

 体の力を抜くと再開される抽送。またあの感覚が起こってきて、俺を包み込んだ。

「…ぁ…っ……はぁ、……」

 まるで喘ぎ声のような声が口から出て、慌てて口を塞いだけれど、アルはその手を取って、ベッドに縫い付けた。

「…ん……んぁ……あ、ァ……」 

 俺、セックスで感じてるんだ。
 幻想かと思ってたのに。
 
 アルが動くたびに脳天まで突き抜ける快感に身を委ねた。
 


 
   
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