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1巻【二】

7 書道部と放送部

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「爆笑した山宮に言われたくない。クラスで全然喋んないくせに」
「俺は話しかけられればちゃんと話す。笑わせたのは折原だろ。あと俺、チビじゃねえから。女子の平均身長くらい超してるわ」
「それ、何センチの話」
「一六五くらいあるし。なんだよお前のガリバー旅行記みたいな身長は」
「へええ、それ一六四センチ以下の人が言う台詞に聞こえるなあ。おれ、そんな巨人じゃないから。通常人間サイズだから! 四月時点で一八一センチしかないから‼」
「お前の具体的な数字なんか聞いてねえわ。なんだよ『しか』って。嫌味か」
「普通にしろって言ったから普通に言っただけ。ついでに普通に聞くと、なんでいつもマスクしてんの? 身長よりそっちのほうが気になるんだけど」

 すると山宮が苦笑いした。

「理由はいくつかあるけど、単純に一つは喉を痛めないため。放送部は声が命。喉痛めてたら、部活できねえわ」

 そう言われて朔也は当初の目的を思い出した。居ずまいを正して尋ねる。

「この間も聞いたけど、放送部ってどんな部活なの? 他の部員はもう帰ったの?」

 すると山宮が困ったように室内をくるりと見回した。ふうと小さく聞こえたため息が部屋に消える。

「まず、部員は俺だけで他にはいない。一人でも楽しいからいいんだけど」

 え、と驚く朔也に構わず山宮が続ける。

「活動内容は本当に雑多。今日は、学校の近所にあるデイサービスの施設でクリスマスパーティーの手伝いに行ってきた。音楽の操作とアナウンスが主だけど、飾りつけなんかも手伝ったわ。お前が今持ってるのはその台本な」

 改めて手元の冊子をパラパラと捲ると、「クリスマスソングを流す」「台詞:皆さんメリークリスマス! 今日は十二月二十五日です。」「(拍手)」等、まるで劇の台本のように文が並んでいる。

「今日みたいに放送関係のボランティアに行くこともあれば、学校内でやることもたくさんある。夏にある大会のために練習もするな」

 言葉は抽象的だったが、そこでふと思い出したように山宮が鞄から同じような冊子を取り出す。

「これ、年明けに使う書道部の台本。甲子園の予選に向けて体育館でパフォーマンス映像を撮るんだろ? つっても俺は喋んねえけど、どこで音楽を流すのかとか、誰が動くのが合図なのかとか、全部まとめてあるぜ。音楽関連、放送部の仕事だから」

 ひょいと簡単に山宮がそれを差し出してきたので、朔也はまっさらな表紙を捲った。

 中を見、目が見開くのが分かった。そこには箇条書きで書道部の動作や台詞が書かれており、その間に太字で「音楽を流す」等放送部の作業が記されていた。

 書道部の顧問に聞いたのだろうか、挨拶の位置や誰が最初に動くのか等、部員しか知らないようなことまでメモが書き込まれている。たった数分の書道部の演技について、放送部がどう連動しているのかが事細かに書かれてあった。

 それは、放送部抜きでは、いや、山宮抜きでは書道パフォーマンスが成り立たないことを証明していた。

「折原、ここ、こっそり見てみ」

 山宮が校庭とは反対側についたカーテンの部分を指さした。幅六十センチほどしかない小さなカーテンを下からくぐってそこを覗く。するとはめ殺しの窓越しに練習に励むバドミントン部の姿が目に飛び込んできた。スマッシュを決めた生徒のガッツポーズをとる笑顔が見える。

「放送室の裏側、第二体育館なんだわ。ここから中の様子が見れるってわけ」

 ふと気づくと、隣に同じように中を覗く山宮がいた。

 朔也は窓からそちらへと目線を移した。体育館内が明るいからか、山宮の目より上の部分だけが明るく照らされている。嬉しそうに目を細めている様子は、かくれんぼをして鬼が見つけに来るのをわくわくして待っている子どものようだ。

「書道部も第二体育館で撮影するだろ。俺はここで合図を待って音楽を流す。これはそのための小窓ってこと」

 それだけ言うと、山宮はすぐにカーテンからくぐり抜け、壁を背にしてすとんと座った。朔也もそれに倣う。今度は真正面に引かれた灰色のカーテンを見て山宮が顎をしゃくる。

「こっちのでかい窓は校庭全体を見るためで、役割は同じ。例えば体育祭で校庭に音楽を流すときはここから様子を見て流してる。校庭に音流すときって、音量にすげえ気遣うんだわ。近所は住宅街だし、煩えなんて苦情が来たら放送部の責任だろ。フェーダーを上下させて調節すんだけど、場所によって聞こえ方が違うから、あっちこっちで先生たちが音上げろだの下げろだの指示してくるからマジ怖えんだわ。次の競技のアナウンスもここからな。顧問の先生と手分けするけど、出番を控えてるのに自分でアナウンスしなきゃいけねえときは焦ったわ。気抜くと声が大きくなったり早口になったりするし」

 そこまで言うと、先ほど楽器のように操った機械を指さす。

「これと似た機械、テレビで音源の収録風景とかで見たことあるんじゃね。ミキサーっつうんだけど、音響関係には必須なんだぜ」

 山宮が腰を浮かせて、台のつまみなどを指先でちょんちょんと触れた。

「ここらへんは本校舎関連、こっちは別棟関連。この列になると地下とか第二体育館とかな。第一体育館は体育館内で操作することが多いな。校庭はここのスイッチをオンにする。これで校内殆どの施設の放送音響管理ができるってすごくね?」

 機械を前に、先ほどと同じようにその目がきらきらと輝き出した。声のトーンがあがり、華やいだ声が空気の色を変える。

「行事の手伝いなんて使いっ走りみたいに聞こえるかもしんねえけど、この小さな部屋から学校にいる全員にいろんなことが伝えられるんだぜ。きっと、誰も俺が操作してることを知らねえし、先生たちだって知らねえこともある。でも、誰かの役には立ってる。そう考えたら他のことなんてどうでもよくなるわ。な、放送部って最高だろ!」

 泣きぼくろのある目元が嬉しさを堪えきれないといったように笑う。朔也の心に深い感動が湧き起こった。

 放送部がどれだけ学校生活に関わっているのか、山宮がどれだけ学校生活に貢献してきたのか、全く知らなかった。自分がどれだけ助けられてきたのかも。

 そして、自分を堂々と言えることがこんなにも人を輝かせるのだということも知らなかった。

――俺のことなんかなんも知らねえ。

 改めて山宮の言葉が蘇る。
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