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155・価値観の差異
しおりを挟む衛兵が空に向けて放った魔法は乾いた音と共に弾けた。チラリと空を見上げれば、バランスボール程の大きさの光が赤く点滅しながら風に流される事無くアドバルーンみたいにフヨフヨと滞空している。
(ーー何かの合図……増援要請かな?)
衛兵なのに通信魔道具を持っていないのか……騎士団とは違い随分とアナログな方法だとも思ったが、路地の様な複雑な地形では口で説明するより目で見た方が早いのかもしれないーー単純に予算の問題かもしれないけど。
「おい、そこの男……俺達が誰か分かってるんだろうな!」
まだ若い衛兵と先輩風の衛兵ーー問い掛けて来たのは若い衛兵の方だ。少し堅いその声には僅かな怯えが見える。現場経験が浅いのか、それとも先程の魔法を潰された事が余程脅威に映ったのかもしれない。
それでも語気を強めた上からの物言いからはまだ此方を下に見ているのが分かる。
「お前が庇っているそいつはまだ餓鬼だが貴族の財布を奪った立派な犯罪者だ。妨害した事には目を瞑ってやるからこれ以上関わるな!」
その点、先輩風の衛兵は何かを感じたのか、遠回しに戦闘の意思は無いと告げる。
「う~ん、そう言われてもなぁ」
シェリーの友達をーーそうで無くとも、怪我した子供を見捨てるなんて選択肢は俺に無い。助けるのは決定事項なのだが…………相手が衛兵ってのが少し問題だ。
衛兵ってのは街の治安を守る者だーーそれを短い期間とはいえ国を守る騎士団にお世話になっていた俺がぶっ飛ばすのは何だか違う気がするし、それによって恩人であるビエルさん達に迷惑が掛かるのは避けたい。
(ーーそれにティズさんからも「極力衛兵とは揉めないでね」って言われてるしな……)
ティズさんってのは、俺が今お世話になっている教会のシスターだ。これがまた妙齢の美人なお姉さんで、艶があるのに何処か抜けた感じがまた…………いや、そうじゃなくて、無一文の俺を快く迎えてくれたとても優しい人だ。
教会には孤児院も併設されており、ティズさんはたった一人で両方の管理している。孤児院の子供達は皆わんぱくで、しょっちゅう衛兵の世話になっているとティズさんは嘆いていた。
ここで良い大人である俺まで衛兵のお世話になっては申し訳がない。
うん、ここはやはり穏便に交渉で解決するしかないな。試験官の時は上手くいかなかったけれど、俺は大人の話し合いは得意な方なんだ。
(ルーナちゃんの話を聞くに、犯人は別に居るみたいだし……野良犬って奴を捕まえるのを協力してやるって条件で何とかならないかな?)
恐らく犯人は既に貧民街に逃げ込んでいるだろう、そうなれば例え衛兵でも迂闊に手は出せないーーいや、衛兵だからこそ手が出せない。
何故なら貧民街の住人は衛兵に対して強い嫌悪感と敵対心を持っているからだ。
獣人、犯罪者、逃亡者、訳アリの者が集まる貧民街の住民達は普段から衛兵の目の敵にされている。
そんな彼等は衛兵などには決して協力などしない。寧ろ犯人を庇い、隠し、嘘の情報を与えるなど、ありとあらゆる妨害する筈だ、恐らくまともな捜索など出来ないだろう。
そこで俺が貧民街に潜む犯人を代わりにパパっと捕まえてきてやればと、俺の中で交渉の目処が立ち始めたその時ーーいつまでも退かない俺の態度にいい加減痺れを切らしたのか、衛兵は再び魔法を放ってきた。
それもこの軌道……狙いは俺では無く、怪我をしているルーナちゃんだ!
「ーーえ? ちょっ、待っ!? このッ!! 」
ーーバシンッ!
股下を潜り抜け、マントから僅かに覗くルーナの足を貫こうとする石礫を咄嗟に両手で叩き落とす!
宇宙最強である戦闘民族の王子が両手を組んでやるあの技だ。勢い良く地面に叩きつけられた石礫はバラバラと砕け周囲に散弾の様に飛び散った。
「きゃっ!!」
破片が当たったのか、マントが一瞬ビクッと震える。
「ルーナちゃん、大丈夫か!?」
「う、うんーー大丈夫、びっくりしただけです」
良かった……カイルが高級品だと言い切ったマントなだけある! 付随した防御機能は伊達じゃない、そうでなければ今頃ルーナちゃんは無事では済まなかっただろうーーと、壁にめり込んだ破片を見て思う。
「コ、コイツーーまたっ!」
「おい、警告した筈だぞ! 犯罪者を庇いだてするとお前も引っ捕えると!」
二度も妨害された事で敵対対象と見做されたのか、衛兵達は俺へと片手を向け牽制しながらジワリジワリと二手に別れて行く。
それなりの範囲魔法でも使えない限り距離の開いた相手を同時に対処するのは難しい、そして通常範囲魔法は詠唱に時間が掛かる。
相手を追い詰める際、一塊にならず一定の間隔で包囲してゆくのは衛兵として正攻法だ。
こうなっては大人の話し合いはもう無理だろう。
ーーだが、話し合いが無理なのはこちらも同じだ。
「ーー犯罪者だあ? 悪いけど、俺の国じゃ子供に暴力振るうヤツも犯罪者なんだよ!」
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