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149・獣人

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 あっという間に裏路地へと散って行く子供達ーーその姿を見てルーナは目を大きく見開いた。

「もうあんな高い所に……」
「凄~い!」

 石壁を素早く登る小さな姿は、まるで食糧庫を駆け回る鼠の群れだ。

「あんた達、獣人を見るのは初めてかい? アタシ達にとっちゃこれくらいは朝飯前なのさ」

 ギラっと鋭い爪を見せ、楽し気に髪から覗く耳をぴょこぴょこ動かす少女は得意気に胸を張った。
 
(…………やっぱり獣人なんだ)

 獣人の多くの外見は人と殆ど変わらないが、頭に飛び出た耳があったり、尻尾が生えていたりと種族特有の身体的特徴が見られる。

 ルーナの村には獣人は居なかったし、二人が通う学校でも見る事は無い。宿屋のお客さんの中にはそれらしき人もいたが、じっくり見る機会は無かったーーそういうお客さんは皆、決まって無口で近寄り難い雰囲気を持っていたからだ。

 これは、獣人に解放的と言われているサーシゥ王国でさえ、表沙汰にならないだけで未だ根強く続く獣人差別が残っているからだ。

 そういう意味では、地位や種族関係無く、幅広く団員を募集していた第三騎士団はかなり特殊と言えるだろう。その第三騎士団でさえ獣人との半獣人ハーフは居れど、純粋な獣人は居ない。

ーーちなみに純粋な獣人に比べ、半獣人ハーフへの差別意識は低い。

 それはこの差別の中、人族と婚姻関係を結べる獣人はそれなりの地位や功績を持っているからだ。

 その身体的特技を活かし深海に眠る宝石珊瑚を売り捌く事で豪を得た者、翼を持ち空を自由に駆ける事で陸路より速く文書を届ける者ーーそして上位冒険者達。

 獣人は自信が持つ魔力を魔法として放出する事は苦手としているが、己の身体能力を魔力で高める事が出来る。魔物や害獣との近距離戦闘や、大きな魔法が使えない室内や洞窟内での戦いは獣人の右に出る種族は無いと言えよう。

 現に一級冒険者を名乗るパーティーには獣人が多く所属しており、王都で一番有名なパーティー勇者の牙ブレイブ・ファングのメンバーも半数以上が獣人で構成されている。

 獣人でも成功者には人族のつがいを持つ事が許される。よって、何かしら功績がある親を持つ半獣人ハーフへの差別意識は低いのだ。

 しかし、成功しなかったその他の獣人はどうだろう? この貧民街に住むのはそんな地位も金も無い獣人達とその子供達という訳だ。


「ねぇ、猫のおねぇちゃんは高い所が怖いの?」
「ちょっと、マルリ!」

 空気を読まないマルリの発言にルーナは手が汗ばむのを感じるーー子供ではあるが彼女は獣人でありカーポレギアなのだ。不機嫌になればあの鋭い爪で何をされるか分かったものじゃない。

 しかし、そんなルーナの心配を他所に少女は豪快に笑って言った。

「アタシはあんた達雇い主の見張りさ! 折角取り戻したって、あんた達が居なくなっちまったら意味が無いだろう? あと、アタシは猫じゃなくて虎だから、そこ間違えんなよな!」
「そんな……私、逃げたりなんてしないのに……」

 少し俯きながら呟くルーナに少女は肩を竦める。

「ーー居なくなるってのはそう言う意味じゃない。あのな……あんた達だけをこの場に残していけばどうなると思う?」
「???」 

「この裏路地を縄張りにしてるのはさっきの男だけじゃないんだ。もう一銭も持って無いあんた達が次に取られるのは銭袋の入ったカゴじゃない……分かるだろう?」   

 言葉の意味を理解したルーナは、まるで背骨の根元から頭のてっぺんまで氷が登って来たかの様にブルリと身震いする。

 ケインの言葉は正しかった、裏路地になんて入るべきではなかったのだ……。

 ルーナは意味が分からずキョトンとするマルリを抱き寄せると、何処か近くで得体の知れない恐ろしい者達が此方を見ているのでは無いかとオロオロと辺りをしきりに見回し始めた。

「悪い悪い、そんなにビビるなってーーここは裏路地って言っても街道に近いからそう滅多な事は無いんだけどさーー念の為ってヤツ?」

 それでも怯えているルーナの青白い顔を見て、少女は少し脅かし過ぎたかと頭を掻いた。

「大丈夫だって、ここいらを縄張りにしてる様なヤツは小物ばかりさ。あんたの荷物だって直ぐに見つかるさね」
「本当? 良かったねおねぇちゃん! 猫のおねぇちゃん達は凄いんだねぇ~」

 マルリは目をキラキラさせてシェリーを見つめる。マルリにとってシェリー達は今まで見た事無いタイプの子供達だ。行動的でどこか大人びた彼女達はおっとりした性格のマルリから見ると物凄くカッコ良く見えた。

「だーかーら、猫じゃ無いって! 虎! ト~~~ラッ! 猫なんかよりもっと大きくて強いーー」

 獣人自体を見た事が無いマルリにとって、猫獣人も虎獣人も同じ様なものだ。近種族であるから見た目は大して変わりが無いのだが、そこは譲れない何かがあるらしい。

「一緒じゃないの~?」
「ーー全ッ然違うだろッ!」

 少女が虎と猫の違いを力説しようとしたその時、不意に頭の上から声が聞こえた。見上げれば先程散っていった子供達の一人だ。

「ーー姉貴! 居たぜ、相手は野良犬ストレイ・ドッグの野郎だ。今、ガウル達が四番通りにある空き地に追い込んでる」

 報告を聞いた少女はニヤリと二人を見ると、したり顔で胸を張る。

「ーーほら言ったろう? 直ぐ見つかるってさ!」
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