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150・野良犬【ストレイ・ドッグ】
しおりを挟む「見つけたッ! あそこ!」
「ーーあそこ!」
兎獣人で双子のアルニーとミルニーは長めの耳をピンと立てながら揃って指を差した。
「何だよ、野良犬じゃん」
小高い屋根から下を眺めると、ボロボロの布切れを身に纏った小柄な男が、ゴソゴソと戦利品であろう荷物を漁っているのが見えた。
「うん、あのカゴで間違い無いーーよし、俺は姉貴に報告してくるから、お前らヤツを適当に空き地へ追い込んでおけ!」
野良犬はこの路地裏を縄張りに窃盗を生業としている男である。その手口は街道で女性や子供などの荷物を引ったくり、追って来れない裏路地の奥へと逃げ込むという物だ。この界隈ではカーポレギアの子供達にも馬鹿にされる様なちんけな小物である。
「へっ、楽勝!楽勝!」
「ガウルってば、油断するとダメなんだからね!」
「ーーなんだからね!」
早くも報酬の黒パンを想像しているのか、その犬歯が覗く口からダラダラと涎を垂らすガウルにアルニーとミルニーが口を揃えて注意する。
ガウルは両隣でほぼ同時に発せられるそのキンキンした声に耳をペタンと頭に伏せて顔を顰めた。
「あ“ぁーうっせー! うっせー!」
「おい、お前ら! ヘマしたら報酬は貰え無いんだから真面目にやれよな!」
犬獣人のグルルカはそう言うと、三人を残し元来た方へと屋根伝いに駆けて行った。
(ったく、兄貴面すんじゃねーよ!)
ガウルは心の中で舌打ちをする。表立ってするとアルニーとミルニーが煩いからだ。
グルルカはガウルより歳上なのだが、ガウルは種族的に高位である狼獣人の自分の方が上だと思っている。その為、事ある毎にグルルカに対して反抗を繰り返していた。
しかし、当のグルルカはそんなガウルの行動をさして気にする事は無く、それが余計にガウルの心を苛立たせていた。
(そうだ! 俺が一人で取り返せば、俺の方がデキる奴だって事が理解出来んだろ!)
「なぁ、お前らは見てろよ。あんな小物、俺一人で十分なんだからよ!」
「アッ、ちょっとー!」
「ーーちょっとー!」
ガウルはそう言い残し、アルニーとミルニーを置いて躊躇無く屋根を飛び降りる。2階程の高さから軽やかに地面へと着地すると、野良犬の前へと立ち塞がった。
「おい、野良犬!」
急に目の前に立ち塞がったガウルに野良犬は一瞬怯んだが、相手がまだ子供だと分かるとその顔を歪ませる。
「おわっ!! っと…………なんだ、孤児院のガキじゃねぇか。脅かしやがってーーほら、あっち行けシッシッ」
抜け目なく漂う臭いで辺りを探る野良犬、彼はカーポレギアの子供達が一人で行動しない事を良く知っていた。
目の前で粋がる子供一人なら大した事は無いが、彼の背後には沢山の仲間が居るーー此方を舐めきった態度は腹立だしいが、慎重にならざる得ない。
そんな野良犬の慎重さをつゆ知らず、調子に乗ったガウルは唸る様に更に脅す。
「その手に持ってるカゴをこっちに寄越せよ、素直に渡せば虐めないでやるからよ!」
「ほぉ? そりゃお優しいこってーーほらよッ」
少しの未練無く野良犬の手から放り出されたカゴが宙を舞うーーカゴは呆気に取られたガウルの横を抜け背後の石壁にぶつかりバサリと落ちた。
「ーー俺のおこぼれを狙うなんて、まるでハイエナだな? 立派な犬歯が泣くぜ? おっかない狼さんよ!」
「ーーはっ!? な、何だと!」
いくら小物の野良犬でも、これ程素直に獲物を渡すとは思ってはいなかったガウル。逃げる野良犬を呆然と見送りながら首を傾げる。
「へっ、俺様がハイエナだとーーふざけやがって! それにしても随分素直に置いてったな…………そうか! きっと俺様にビビったんだな!」
確かに、先程喉の奥から出した唸り声は自分史上3本指に入る脅し方だったかもしれない。忘れぬ内に先程の唸り声をガウルは一人繰り返す。
「馬鹿ガウル! 中身だけ抜き取られたんだよ!」
「ーー取られたんだよ!」
遅れて屋根から降りてきたアルニーとミルニーは、未だ転がったままのカゴを拾い上げ、一人唸る練習をするガウルの顔を呆れ見つめた。
◇
「ーーで、入れ物だけ持ってきたってワケ?」
仁王立ちで凄むシェリーの前で尻尾を丸め耳を伏せたガウルがシュンと肩を落とす。
あの後直ぐに野良犬の後を追ったガウル達だったが、結局逃げられてしまった。
「……………でも、一応……カゴは取り返したし……」
「あ? 金が入ってなきゃ意味無いだろうがっ!」
「姉貴…………俺がちゃんと見てなかったからだ、すまねぇ」
隣で一緒に頭を下げるグルルカの声に、ガウルは自分の耳が熱くなるのを感じ奥歯をグッと噛み締める。
(クッソー、俺様を子供扱いしやがって!)
ガウルは野良犬に騙された事よりも、今回の失態に関係の無いグルルカが「自分の所為だ」と一緒になって頭を下げている事が嫌だった。グルルカがまだガウルを、責任すら取れない子供と見ている事が分かるからだ。
自分に対してか、グルルカに対してか、はたまた騙した野良犬に対してなのかーーやり場の無い怒りにプルプルと震えているガウルをジロリと睨んだ後、シェリーは大きな溜息を吐きながら依頼主である姉妹を振り返った。
「ーー悪い…………でもアンタのカゴはこの通りーーちゃんと取り返したからさ?」
シェリーは頭を掻きながら、気まずそうにルーナにカゴを差し出す。渡されたカゴの中を怪訝な顔で何度も確認するルーナにシェリーは慌てて付け加えた。
「し、心配すんなって、相手は分かってる。野良犬って小物さ、後で金もちゃんと取り返してやるって!」
依頼は失敗したが、このままでは引き下がれない。黒パンがーーそれもゴミ箱の中の焦げたパンじゃなく、焼き立ての美味しい黒パンが手に入る折角の機会なのだ。これを逃せば次がいつ来るかわからない。
「ーーそれで……な、なぁ? 報酬は…………その、半分でーー」
「………………う~ん?」
目も合わせずに考え込むルーナの様子にシェリーは焦る。目的は達成出来なかったがこっちはそれなりに労力を費やしているのだ、全くの無報酬は困る。
ここでなんらかの成果を出さなければ、手下の子供達はシェリーの言う事を聞かなくなるだろうーーこれはカーポレギアを率いる姉貴としての面子にも関わる事なのだ。
「いや、待て! そう、そうだよな、肝心の金が無いからな…………只、そのカゴに入ってた財布だって高価なもんだろう? 三個! 取り敢えず三個でどうだ? で、金を取り戻したら残りをーー」
ルーナはカゴから財布を取り出すと、シェリーに向かって差し出した。
「えっと、そうじゃ無くて……この財布、私達のじゃないかなぁーー」
「いや、ここは譲れないーーって、はっ!? あんた達のじゃ……無い?」
「カゴの中には銭袋だけだったもん。わたし持ってたからちゃんと覚えてる~」
姉妹の言葉に、目の前に差し出された財布をまじまじと眺める。
あちらこちらに煌びやかな金細工が施された美しい光沢の革財布。高価な品など見た事が無いシェリーでも一目で高級品だと分かる財布だ。
たかがお使いで子供に持たせる様な代物では無いと理解したシェリーは呟いた。
「じゃあ、これは一体誰の財布だよ?」
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