161 / 173
・・・
しおりを挟む
上弦の月が西の空に傾き始め、琥珀は一人手酌で酒を酌んだ。
毎夜歌われる数え歌が、少し前から耳を撫でるのに身を任せ、ぼんやりと庭を眺めている。
記憶が無くなった幸成に、あの数え唄だけはすっかり覚えていた翡翠達が口移しで教えたのだ。
何度目かの旋律が繰り返され、少しの切れ間の後、不意に今までと少し違う響きに変わった。
以前はよく聞いていた。
「なんの唄か」と聞いた時、少し困ったように「子守唄」だと……「昔唄ってもらっていたのを思い出した」と言っていた。
あの唄を幸成の声が、少したどたどしく唄っているのだ。
琥珀の瞳が揺れ、無意識に声のする方へ視線を向けた。
この唄を聞いたのは“あの日”以降初めてだった。
自分が知る限り、翡翠達が幸成に教えていたのは“数え唄”だけだ。
そしてあの日より前の記憶は無い筈…………。
それなのに何故幸成は知らない筈の“子守唄”を口ずさんでいるのか解らない。
もしかしたら知らない間に子供達の誰かが教えたのかもしれない……。
そう思いながらも、耳触りの良い柔らかい声に締め付けられる胸をそのままに、琥珀は静かに瞼を閉じた。
三人の穏やかな寝息が耳に届き、いつもならホッとするその音が、今日は自棄に幸成を落ち着かなくさせた。
あの後翡翠を何とか風呂に連れ戻し、それでも琥珀への怒りで不機嫌だったのを、玻璃の笑顔がやっと翡翠にも笑顔を戻した。
翡翠達を寝かせたら来てほしいと言われていたが、やはり怖い……。
幸成は身体を起こし小さく溜息を吐くと、もう一度三人の寝顔を眺めた。
「いくらお前でも……幸成はやれねぇ……」
自分の聞き間違えでなければ、確かに琥珀はそう言った。
しかし……その意味は…………
この半年、琥珀がどれほど優しいか、愛情深いか、ずっと見てきた。
自分にも、触れることも傍に呼ぶことすら無かったが、常に気にかけ気遣ってくれていた。
───もし…………俺を気遣い……言ってくれた言葉だとしたら…………
幸成は枕元に置いてある櫛を胸元に忍ばせると、大きく息を吸った。
───けど……逃げていても仕方ない。
意を決したように立ち上がると、穏やかな寝顔を振り返ることなく、静かに部屋の襖を閉めた。
毎夜歌われる数え歌が、少し前から耳を撫でるのに身を任せ、ぼんやりと庭を眺めている。
記憶が無くなった幸成に、あの数え唄だけはすっかり覚えていた翡翠達が口移しで教えたのだ。
何度目かの旋律が繰り返され、少しの切れ間の後、不意に今までと少し違う響きに変わった。
以前はよく聞いていた。
「なんの唄か」と聞いた時、少し困ったように「子守唄」だと……「昔唄ってもらっていたのを思い出した」と言っていた。
あの唄を幸成の声が、少したどたどしく唄っているのだ。
琥珀の瞳が揺れ、無意識に声のする方へ視線を向けた。
この唄を聞いたのは“あの日”以降初めてだった。
自分が知る限り、翡翠達が幸成に教えていたのは“数え唄”だけだ。
そしてあの日より前の記憶は無い筈…………。
それなのに何故幸成は知らない筈の“子守唄”を口ずさんでいるのか解らない。
もしかしたら知らない間に子供達の誰かが教えたのかもしれない……。
そう思いながらも、耳触りの良い柔らかい声に締め付けられる胸をそのままに、琥珀は静かに瞼を閉じた。
三人の穏やかな寝息が耳に届き、いつもならホッとするその音が、今日は自棄に幸成を落ち着かなくさせた。
あの後翡翠を何とか風呂に連れ戻し、それでも琥珀への怒りで不機嫌だったのを、玻璃の笑顔がやっと翡翠にも笑顔を戻した。
翡翠達を寝かせたら来てほしいと言われていたが、やはり怖い……。
幸成は身体を起こし小さく溜息を吐くと、もう一度三人の寝顔を眺めた。
「いくらお前でも……幸成はやれねぇ……」
自分の聞き間違えでなければ、確かに琥珀はそう言った。
しかし……その意味は…………
この半年、琥珀がどれほど優しいか、愛情深いか、ずっと見てきた。
自分にも、触れることも傍に呼ぶことすら無かったが、常に気にかけ気遣ってくれていた。
───もし…………俺を気遣い……言ってくれた言葉だとしたら…………
幸成は枕元に置いてある櫛を胸元に忍ばせると、大きく息を吸った。
───けど……逃げていても仕方ない。
意を決したように立ち上がると、穏やかな寝顔を振り返ることなく、静かに部屋の襖を閉めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる