神殺しの花嫁

海花

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「やっと……腹ぁ括る気になったか?」

口の端を上げ、馬鹿にしたように笑うと、紫黒は盃の中の酒を一息で喉の奥へ流し込んだ。
夕方の雨が嘘のように、暗くなり始めた庭を照らす灯りが月の色に代わり初めている。
昼間の湿気を帯びた風とはまた違う、僅かにその後来る夏を思わせる風が琥珀の髪を揺らした。

「……ああ。───オレが逃げている間……幸成に、辛い想いばかりさせてきた……。あん時オレは……幸成が生きていてくれりゃそれでいいと思った。そのくせ……」

幸成に血を分け、成一郎を手に掛けたあの日から、心から笑う幸成の顔を一度も見ていなかった。
それがどういう意味なのか、眷属にした自分が一番よく解っている。

───守ると……言っときながら…………

「……本当の心根が…………胸の内が解らねぇと、駄々をこねる餓鬼みてぇに幸成を突き放した……。手前ぇで離れられなくさせてからだ……」

僅かに残った酒を、盃の中で遊ばせるように回していた手が止まり、やがて自分を戒めるように笑った。

「それでこのザマだ…………翡翠にまで怒られなきゃ……動くことすら儘ならねぇ……」

「いい男に育ったじゃねぇか…………翡翠にしろ……黒曜にしろよぉ……」

冗談交じりにそう言って笑った紫黒の、黒く穏やかな瞳が琥珀を見つめた。

雪乃といた頃とも、まして血塗れで大御神に楯突いた頃とも違う。
自分の道に迷い、戸惑い、それでも歩き出そうとする姿が、ひどく愛しく思える。
瑠璃への想いとも、主への想いともまた違う。

「まぁ……大事なもんが出来るってのは、そういうことだろ。意気地もなくなりゃ、在りてぇ自分ばっかじゃいられねぇ。だから余計大事に想える。自分を曲げてでも……選んだ証だ」

盃に酒を満たしながらそう言った紫黒の顔が得意げにニヤリと笑い

「相変わらず……俺ぁいい事言うなぁ」

そのまま琥珀の盃にも酒を満たした。



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