神殺しの花嫁

海花

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「──今戻った」

背後から突然、耳触りの良い愛しい声が聞こえ、幸成は我に返った様に後ろの勝手口へ振り返った。

「…………琥珀……」

「どうした?そんな幽霊でも見た様な顔して…」

銀の髪を後ろで纏め、小脇に抱えるように持った籠には山で採ってきたのだろう、茸や山菜が山のように入れられている。
そしてその一番上には、淡い黄色の花が一輪乗っている。
長い指が幸成の頬に掛かる髪を優しく耳に掛け、慈しむ様にその温かい頬を撫でた。

「疲れているか?」

「───え…………あ……いえ……そういう訳じゃ……」

頬に触れる指が心地好く感じ、その上から手で覆うと幸成は瞼を閉じた。
何故か胸の中を占める焦燥感と不安が、湿気を含んだ黒い靄の様に渦巻いていく。

「……どうした?何かあったか?」

心配そうな声が酷く愛おしく思えて、幸成は目を開けると、声だけではなく自分を気遣うように見つめる琥珀へ微笑んだ。
身体の中に渦巻く不安がなんなのか、自分でも解らない。
酷く嫌な夢を見た後の様に、どうしようもない不安に本当はすぐにでも琥珀に抱きしめて欲しかった。
しかし、そんな事を言えば琥珀まで不安にしてしまうかもしれない。

「何もありません」

感情を隠すことには慣れている。
幼い頃からそうして生きてきた。

「………今の時期は……水仙が綺麗に咲くんだ。お前に見せてやりたかった……」

「…………え……」

温かい腕が不意に背中に回され、幸成の身体を抱き寄せた。

「……帰りが遅くなってすまなかった」

口付けするように髪に埋められた口から囁かれた言葉に、胸が締め付けられる様に痛んだ。
隠していても琥珀には分かってしまう。
いつもならそれが嬉しくて、胸が熱くなる。
それが今は何故か苦しくて、身体に渦巻いている靄を一層色濃くした。
抱きしめる腕の強さが、その温もりさえも苦しい。

「……謝らないでください……俺は…大丈夫です」

「………そうか?」

「……はい………」

それでも離そうとしない琥珀に、僅かに躊躇いながら幸成はもう一度口を開いた。

「あの……本当に俺…大丈夫ですから……」

「ああ。そうだな」

そう言いながら籠の持っていない腕が離される気配すらなく、幸成も温かい背中に腕を回した。
不安の正体が解らない。それでも琥珀はそれに気付き抱きしめ安心させようとしてくれている。
抱きしめる胸から琥珀の匂いがする。

「………琥珀……?」

「ん?」

「……愛してます…」

何度言っても言い慣れない言葉に顔が熱くなる。

「ああ……」

抱きしめる腕の力が痛い程強くなり、不意に甘ったるい香りが鼻についた。

───この……匂いは…………

鼓動が一気に早くなる………。

───琥珀………

「……俺も愛してる──幸成」

無意識に見上げた瞳に、見慣れた顔が映った。
自分を蔑むように見つめる眼差し…………。

「…………兄上……」



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