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第十章

426:ロビーは変わった

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「あぶねぇっ! 俺より右に出るなっ!」
 男の鋭い声が飛んだ。
 その声に後ろに続いていた全員がさっと左に飛んだ。
 その直後、男の右二メートルほどの所に大穴があいた。吹き溜まりのようだ。
「タカミ隊長、もう少しルートを北側にとりませんか? 我々は良いかもしれませんが、今後のことを考えるとこのルートは少し難しいかと思います」
 列の一番後ろから先頭に向けて発せられた声は落ち着いたものであった。
 その声に先頭の大柄な青年が振り返った。
 大柄な青年-━━ロビー・タカミは何かを言いかけたが、すぐに口をつぐんだ。

 (サバイバルに関しては、ホンゴウさんの方がよく知っているからな……)
 声をかけたホンゴウと声をかけられたロビーとは、かつて互いに敵対する陣営に属していたことがある。
 「タブーなきエンジニア集団」側にロビー、OP社側にホンゴウ、という組み合わせである。
 お互いが直接敵として対峙したことはない。両者のそれぞれの陣営における地位に差がありすぎたし、主な活動場所も異なっていた。
 OP社の幹部であったホンゴウに対し、ロビーは「タブーなきエンジニア集団」の中でも下っ端に近い存在でしかなかった。
 この二つの集団は一方の狙いをもう一方が阻止するという形で争っていた。
 この争いは一方のトップが行方知れずになることで、一応の決着をみた。
 ほどなくして、もう一方のトップもこの世を去り、今はそれぞれの後継者がその遺志を継いでいるが、双方が争う気配はない。
 ロビーを先頭とした七名の集団のうちホンゴウを除いた六名は、程度の差はあれどすべて「タブーなきエンジニア集団」陣営に属していた。
 しかし、このことでホンゴウの地位が脅かされることはなかった。
 彼ら七人は未踏の地であるサブマリン島東部を目指して、島北部のドガン山脈越えに挑んでいた。
 ホンゴウはOP社のパトロール・チームの元リーダーであり、悪路の行軍に対していくらかの経験と知識があった。
 これらの経験と知識を買われて、ロビー率いる「東部探索隊」の副隊長を務めている。
 副隊長として短気なロビーを根気強く支え、そして専門家としての適切なアドバイスを提供していた。
 隊の誰もがこのことを理解していたから、ホンゴウも問題なく受け入れられていた。
 これには、ホンゴウの控えめで粘り強い性格も寄与していたかもしれない。

「……わかった。拠点まで引き返し、第二候補のルートを当たろう」
 不本意ながら、とロビーの顔には書いてあったが、年長で経験豊富なホンゴウの意見は重視すべきだ。ロビーも、このことは理解しているつもりである。

「ロビーは変わった」
 かつての彼を知る者は口々にそう言う。
「東部探索隊」に、以前の彼を知る者が何人かいる。
 自称「とぉえんてぃ? ず」の女性三人組━━名前に反して三〇代が一名含まれているが━━もそうである。

「落ち着いて風格がでてきたじゃないの?」
 列の真ん中を歩いている女性が、すぐ前を歩いている女性に耳打ちした。
 耳打ちしたのは「とぉえんてぃ? ず」の看板が偽りとなる原因となっている人物、すなわちアケミ・カネサキである。
「なぁんだ、カネサキ。セス君から乗り換えるの?」
「それとこれとは話が違うわよ。アンタと違って仲間を邪魔する趣味は私にはないからね。オオイダ、アンタも邪魔しちゃダメよ。」
 カネサキ、オオイダの二人の会話には、緊張感の欠片も見受けられない。
 二人とて、緊張感を持っていないわけではない。
 しかし、根っからの話好きが災いして、周辺の緊張感を含んだ重い空気を吹き飛ばしてしまっているようだ。
「とぉえんてぃ? ず」の残りの一人、サユリ・コナカはというと、先頭から二番目を静かに歩いている。
 最近、コナカがロビーのすぐ後ろを歩くことが多くなったので、カネサキとオオイダの二人がこれをからかっているのである。
 当のコナカはそれには反論せず、ただ静かに笑って聞き流しているのであった。

「気を抜くな! 一歩間違えれば命に関わる場所にいるってことを忘れるなよ!」
 カネサキとオオイダの二人の会話が聞こえたのか、ロビーから叱責の声が飛んだ。
 カネサキとオオイダの二人は、お互いに「アンタのせいよ」という視線を飛ばしながらも、しぶしぶとロビーの指示に従った。
 これでも、二人とも今の状況が危険であることくらいは承知しているのである。
 二人ともロビーの叱責を受け入れられないほど精神的に未熟という訳ではない。
 それに二人はロビーよりも年長である。年長者としてロビーの邪魔になる愚は避けたいところだった。
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