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第十章

427:受け継がれる意志と見守る者

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「ふむ、落ち着きが出てきたものだ。それに……」
 もう一人、かつてのロビーを知る人物もロビーの変化を感じとっていた。
 彼は隊の最年長者として、血気盛んな若者の暴走を止める役割を担うと密かに決意していた。
 だが、いまのところその役割を意識する機会はほとんどなかった。

 医師の職を捨て「東部探索隊」への参加を志願したヴィリー・アイネスは、あることを願って止まない。
(何とか持ってくれると良いのだが……)
 アイネスがその身を案じているのは、ロビーの親友であるセス・クルスであった。
 セスは循環器系に原因不明の障害を抱えており、余命は長くないであろうとされていた。
 アイネス自身もセスを診察したことがあり、状況の悪さはよく理解している。
 実際のところ、こうして道なき道を進んでいる間にもセスの生命の灯は消えてしまうのではないかと思われる。いや既に消えてしまっていても不思議ではない。
 それでもセスに持ちこたえて欲しいと願うのは、この「東部探索隊」自体がセスの思いを受け継いだものだからである。
「東部探索隊」。それは、今、この場に居ない人々の思いのタスキを受け継いだリレーである。
 島の東がどうなっているかを知りたい……
 この探索行のきっかけとなる発言はオイゲン・イナという青年の口から出たものであった。
 発言の主であるオイゲンは、この地における最大の企業であったOP社社長、エイチ・ハドリとともに未だ行方知れずとなっている。
 オイゲンの意志は「タブーなきエンジニア集団」のトップ、ウォーリー・トワに引き継がれた。
 これは半ば偶然のなせる業で、必ずしも各々が意図した結果ではなかった。
 各々に意図がある、と指摘されれば程度の差こそあれ、互いにそれを否定したであろう。
 このことこそが互いに多かれ少なかれ意識していたことを裏付けているのだが。
 ウォーリーに引き継がれた意志は彼の死とともに実弟であるセス・クルスに引き継がれた。
 一方で、セスはオイゲンからも同じ意志を引き継いでいる。
 オイゲンのふとした発言で彼の島東部に対する意志をセスは知ったのである。
 オイゲンは二本の思いのタスキを用意し、一方をウォーリーに、もう一方をセスに託した、とも考えられる。
 二本の思いのタスキは、セスのところで一本にまとめられた。
 そして、思いのタスキを肩にかけ走ることのできなくなったセスから、今度はロビーがタスキを受け継いだのだ。
 このタスキはセス・クルスという一人の青年を取り巻く人々の間を駆け巡っていた。
 セスはその中心にいるべき人物であり、だからこそ、その行く末を知って欲しい、それがロビーの思いであるはずだ。アイネスも同じである。

「待っていろよ……すぐに戻るからな」
 ロビーが後ろを振り返ることなく、今まで歩んでいた道を戻りながらつぶやいた。
 戻ると決めたなら、後ろを振り返る時間はないはずだ。

 アイネスは無言でロビーの姿を見守っている。
 彼はロビーについてセスの兄である故ウォーリー・トワと同じような危なっかしさを感じていた。
 セスなどもロビーとウォーリーは性質がよく似ていると口にしており、アイネスも同じように考えていた。
 だが、「東部探索隊」での活動を経て、アイネスは次第に考えを変えるようになってきた。
 ロビーは自身が「東部探索隊」の中で年少であるという自覚があるためか、周囲の者との合意を重んじているようにアイネスには思われたのだ。
 独断専行の性質が強いウォーリーとはその点において異なるとアイネスは考えている。
 ウォーリーほどのスケールはないかもしれないが、その分安定感はあるように思われる。
 「タブーなきエンジニア集団」のような大きな組織を立ち上げ、OP社による支配と戦う場面ではウォーリーの方が適任だろう。
 だが、「東部探索隊」は異なる。
 一つのミスが即隊員の生命の危機につながる任務だ。そのため、慎重さが求められる場面が多い。
 セスの生命というタイムリミットがあるため、慎重さの他に迅速さも同時に求められる。この両立が鍵となるはずだ。
 生命の危機、という意味では「タブーなきエンジニア集団」も似たようなところがあったが、こちらは慎重さよりも大胆さが求められる性質のようにアイネスには思われた。
 その意味では「東部探索隊」のリーダーとしてロビーは適任だとアイネスは考えている。経験不足は経験者と年長者が補えばよい。

 (何とか間に合うように「はじまりの丘」に戻りたいものだ。隊の規律が乱れないよう、注意するとしよう。彼にも力を十分に発揮してもらおう)
 アイネスはすぐ後ろを歩くホンゴウの方を振り返った。
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