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皇帝陛下は○○厨
始まりは黒
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※残酷描写、流血表現あります。苦手な方はご注意ください。
――――『神対応』という言葉をご存知だろうか。
それは、接客やクレーム対応の際に配慮に満ちた、相手にとって素晴らしい対応をすることをいう。
特にアイドル業界なんかは、ファンやスタッフに対しどれだけ優れた対応が出来るかで、今後が運命が変わってくるほどの重要なスキルなのだ。
勿論、ただ優しさを振り撒くだけではダメで。
ファンやスタッフ、そしてその場の状況にあった対応が求められる。
そして私は、そういった状況を読むことが幼い頃から大変得意だった。
末っ子故の能力か、とにかく相手が何を求めているのか……なんとなく分かってしまうのだ。人に言わせると、「空気を読むのが天才的に上手い」らしい。
求められるとおりに振舞うのは疲れてしまうこともあったけれど、嬉しそうな顔をされるとまぁ……悪くはないかな、と私は思っていた。
人には色々と役割がある。私は偶々、そういった役割をこなすことが得意だったのだろう。
そしてもう一つ。
この能力、アイドル業にとっても役立った。顔はそこそこの地下アイドルが、お茶の間を賑わすトップアイドルまで伸し上がったのは全てこのスキルを駆使してファンやスタッフへ対応してきたからだ。
お陰様で、私は神対応アイドルとして大変世間様から可愛がっていただいた。
――――あの日。スタジオ収録中に起こった爆発事故に巻き込まれ、死んでしまったその瞬間まで。
ちなみに、死んだ自覚はない。
自覚はないのだけれど……目を覚ますと、体が縮んでいた。とっても、めちゃくちゃ。小学生どころか、ようやく首が座った頃合いの赤ん坊まで。
夢かとも思ったが、それにしてはいつまでも覚めないしとにかくリアルだった。
私に呼びかける人々の姿も、きちんと意識のある人のそれであるし……見たこともない豪奢で大きな部屋、その一目で高価と分かる細やかな装飾の施された家具の一つ一つは、夢にしてはあまりにも精巧な作りをしていた。
過ぎていく時間の中で、私は認めざるを得なかったのだ。
ここは夢じゃない―――――現実なんだって。
受け入れると、私は己を取り巻く恐ろしい状況に気付いた。
まず第一にここは私の知る世界ではない。
地球生まれ、日本育ちの純日本人だったはずなのに、侍女の皆さん曰く私の生きるこの国は「スターリア帝国」というらしい。
地歴公民は私の得意分野。まず、そんな国名聞いたことがなかった。
それだけならば、まあ……輪廻転生するくらいだもの。未来なのかも、と思った。
でも違ったのだ。
第二に、魔法があるのだ。この世界。
私の魔力を検査するためにやってきた、黒いローブ姿の怪しい集団は手から火や雷を出していたし……アニメでしか見たことがないような、円の中に星のような紋様が複雑に描かれたもの……多分魔法陣というやつが空中に出現したかと思うと、私の周囲に透明な水色の膜を展開したり。(これはシールドという、暗殺防止のためのモノだとか)
そうそう、今まさに私の目の前で壊れてしまったけれど、ね。
「ベネ、トナーシュ……」
切れ切れに私の名前を呼ぶ、掠れた女性の声。
暗闇の中でもはっきりと分かるほど鮮やかな赤い色に染まった傷一つない白い指先は、私へ届くことなく床へと力なく沈んでいった。
あぁ……お母様!
今すぐ駆け寄りたい。けれど、最近漸くお座りができるようになったこの体では、せいぜい手足をばたつかせ、寝返りを打つのが精いっぱいで。
「……これが帝国7番目の子か?」
「この銀髪、間違いないだろう。あの美しい魔物そっくりだぜ。お前に恨みはないが……あの残虐皇帝の子として生まれたのが悪いんだ」
ベビーベッドを覗き込む、二つの黒い影。
落ち窪み、生気のない淀んだ眼差しにぞわりと背筋が栗立った。
これだ。私を取り巻く最大の恐ろしい状況。
何の冗談か、元日本人だった私は……スターリア帝国の末の皇女、ベネトナーシュ・アステリ・スターリアに生まれ変わっていたのだ!
ただのお姫様だったら、柄ではないけれど悪くはないと思っただろう。
だがしかし。運命の神様って残酷なのだ。
スターリア帝国、とんでもない国だった。
他国の追随を許さない、比類なき軍事力を誇る帝国はその圧倒的な力をもって、大陸全土の国々を従える超大国。
それだけでも他国から妬まれるというのに……スターリア帝国の皇族はとにかく悪逆非道な性格をしていた。
皇帝陛下は気分で他国に攻め込んでみたり、第一皇子は新しい魔法の威力を試すためにと他所の国を焦土と化してみたり、まだ幼いだろう私より8つ上の皇女(つまり8歳よ……)は欲しいモノを寄越さないからとどっかの貴族令嬢の首を跳ねてみたり。
侍女達の噂を拾っただけでもこれだけの悪行を重ねているのだ。実際はもっと酷いことを仕出かしているのだろう。
そんな訳で周囲は恨みを募らせた敵だらけ。
無力な末っ子皇女……つまり私にヘイトが集中するのは必然と言えば必然だった。
つまり、暗殺対象として狙われまくっているのである。
皇女宮付きの護衛や、自身も魔法使いであり皇帝一家では唯一の常識人なお母様が守ってくれていたから、辛うじて私は生き残っていたのだ。
でもそれも……今日で最後なのかもしれない。
今日は随分と暗殺者の数が多かったし、一人一人の技術も高かった。加えて、お母様が体調を崩していたことも悪手だった。
「あう……」
ベビーベッド周辺に倒れ伏す、見慣れた人たちの姿に泣きそうになる。
短い間ではあったけれど、お世話をしてくれた大切な人達。
むせかえるような鉄臭いにおいが辺りに充満していることを考えると……きっと、あの人たちはもう。
「死ね! 魔物の子め……ッ」
なんとかの仇と言ったお兄さんに、抵抗する術もない無力な私はただ振り下ろされる凶刃を見つめることしかできなかった。
さらば……我が短い人生よ。
次こそは白髪になって、半分ボケつつ縁側でお茶をしばくくらいの人生を送らせてください、なんて。
案外のんびりと思っていた―――――時だった。
「魔物の子? こんな貧弱な赤子は我が血を引く者ではない。これは失敗作よ」
不意にお兄さんの背後にさした大柄な影。
しなやかに見えて傷だらけの節くれだった白い手が、お兄さんの首を鷲掴みにしていた。
「が、皇帝の子をむざむざと殺されては我が国の威信に関わるのでな」
死ね、と短く宣言する低い……けれど驚くほど甘さのある声。
次の瞬間にはベキッ! と何かが折れる音とともに、お兄さんは部屋の片隅へと投げ捨てられたのだ。
きっと首の骨折ったんだ……多分、身体強化魔法とか一切していない素手だけで。
「ッ、化け物め! 死んで――――」
「威勢が良いな。悪くはない、先ほどのはすぐに死んでしまったからな……無様な悲鳴を上げて私を楽しませろ」
もう一人のお兄さんが武器を片手に男へ襲いかかるけれど、勝敗なんて初めから決まっている。
虫を相手にするような雑な手つきで払われて、それでおしまい。
壁にぶち当たったお兄さんは苦悶の声を上げた後、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
「……つまらん。寝ぼけて加減を誤ったか」
月明かりに照らされた白皙の美貌が不快気に歪む。
スッと通った鼻筋に、目元に影を落とすほど長い睫毛で縁どられた夜空のような紺碧の瞳。
細身ではあるけれどがっしりとし体躯を包む、装飾が一切ない異様なほど真っ黒な軍服。星の煌めきをまとう乱雑に切られた短髪の色は……スターリア皇族の証であるプラチナ。
美しい魔物とあだ名される絶世の美貌、圧倒的な力。
「生きているのか、末子よ」
そして私を見降ろす、感情のないガラス玉のような双眼。甘いのに起伏のない、機械的な声。
「あい……」
間違いない。
この男こそ……スターリア帝国の皇帝陛下、アルクトゥルス・アステリ・スターリアだろう。
ついでに言うと、お母様の夫であり、私の父親。
この短い時間に(それも初対面!)なにやら色々と失礼なことを言われたけれど……私だって声を大にして言いたい。
こんな冷血漢と血が繋がっているとか……嘘だよね!
こわい、こわいぞ。
サイボーグか何かだよ多分、この人!!
――――『神対応』という言葉をご存知だろうか。
それは、接客やクレーム対応の際に配慮に満ちた、相手にとって素晴らしい対応をすることをいう。
特にアイドル業界なんかは、ファンやスタッフに対しどれだけ優れた対応が出来るかで、今後が運命が変わってくるほどの重要なスキルなのだ。
勿論、ただ優しさを振り撒くだけではダメで。
ファンやスタッフ、そしてその場の状況にあった対応が求められる。
そして私は、そういった状況を読むことが幼い頃から大変得意だった。
末っ子故の能力か、とにかく相手が何を求めているのか……なんとなく分かってしまうのだ。人に言わせると、「空気を読むのが天才的に上手い」らしい。
求められるとおりに振舞うのは疲れてしまうこともあったけれど、嬉しそうな顔をされるとまぁ……悪くはないかな、と私は思っていた。
人には色々と役割がある。私は偶々、そういった役割をこなすことが得意だったのだろう。
そしてもう一つ。
この能力、アイドル業にとっても役立った。顔はそこそこの地下アイドルが、お茶の間を賑わすトップアイドルまで伸し上がったのは全てこのスキルを駆使してファンやスタッフへ対応してきたからだ。
お陰様で、私は神対応アイドルとして大変世間様から可愛がっていただいた。
――――あの日。スタジオ収録中に起こった爆発事故に巻き込まれ、死んでしまったその瞬間まで。
ちなみに、死んだ自覚はない。
自覚はないのだけれど……目を覚ますと、体が縮んでいた。とっても、めちゃくちゃ。小学生どころか、ようやく首が座った頃合いの赤ん坊まで。
夢かとも思ったが、それにしてはいつまでも覚めないしとにかくリアルだった。
私に呼びかける人々の姿も、きちんと意識のある人のそれであるし……見たこともない豪奢で大きな部屋、その一目で高価と分かる細やかな装飾の施された家具の一つ一つは、夢にしてはあまりにも精巧な作りをしていた。
過ぎていく時間の中で、私は認めざるを得なかったのだ。
ここは夢じゃない―――――現実なんだって。
受け入れると、私は己を取り巻く恐ろしい状況に気付いた。
まず第一にここは私の知る世界ではない。
地球生まれ、日本育ちの純日本人だったはずなのに、侍女の皆さん曰く私の生きるこの国は「スターリア帝国」というらしい。
地歴公民は私の得意分野。まず、そんな国名聞いたことがなかった。
それだけならば、まあ……輪廻転生するくらいだもの。未来なのかも、と思った。
でも違ったのだ。
第二に、魔法があるのだ。この世界。
私の魔力を検査するためにやってきた、黒いローブ姿の怪しい集団は手から火や雷を出していたし……アニメでしか見たことがないような、円の中に星のような紋様が複雑に描かれたもの……多分魔法陣というやつが空中に出現したかと思うと、私の周囲に透明な水色の膜を展開したり。(これはシールドという、暗殺防止のためのモノだとか)
そうそう、今まさに私の目の前で壊れてしまったけれど、ね。
「ベネ、トナーシュ……」
切れ切れに私の名前を呼ぶ、掠れた女性の声。
暗闇の中でもはっきりと分かるほど鮮やかな赤い色に染まった傷一つない白い指先は、私へ届くことなく床へと力なく沈んでいった。
あぁ……お母様!
今すぐ駆け寄りたい。けれど、最近漸くお座りができるようになったこの体では、せいぜい手足をばたつかせ、寝返りを打つのが精いっぱいで。
「……これが帝国7番目の子か?」
「この銀髪、間違いないだろう。あの美しい魔物そっくりだぜ。お前に恨みはないが……あの残虐皇帝の子として生まれたのが悪いんだ」
ベビーベッドを覗き込む、二つの黒い影。
落ち窪み、生気のない淀んだ眼差しにぞわりと背筋が栗立った。
これだ。私を取り巻く最大の恐ろしい状況。
何の冗談か、元日本人だった私は……スターリア帝国の末の皇女、ベネトナーシュ・アステリ・スターリアに生まれ変わっていたのだ!
ただのお姫様だったら、柄ではないけれど悪くはないと思っただろう。
だがしかし。運命の神様って残酷なのだ。
スターリア帝国、とんでもない国だった。
他国の追随を許さない、比類なき軍事力を誇る帝国はその圧倒的な力をもって、大陸全土の国々を従える超大国。
それだけでも他国から妬まれるというのに……スターリア帝国の皇族はとにかく悪逆非道な性格をしていた。
皇帝陛下は気分で他国に攻め込んでみたり、第一皇子は新しい魔法の威力を試すためにと他所の国を焦土と化してみたり、まだ幼いだろう私より8つ上の皇女(つまり8歳よ……)は欲しいモノを寄越さないからとどっかの貴族令嬢の首を跳ねてみたり。
侍女達の噂を拾っただけでもこれだけの悪行を重ねているのだ。実際はもっと酷いことを仕出かしているのだろう。
そんな訳で周囲は恨みを募らせた敵だらけ。
無力な末っ子皇女……つまり私にヘイトが集中するのは必然と言えば必然だった。
つまり、暗殺対象として狙われまくっているのである。
皇女宮付きの護衛や、自身も魔法使いであり皇帝一家では唯一の常識人なお母様が守ってくれていたから、辛うじて私は生き残っていたのだ。
でもそれも……今日で最後なのかもしれない。
今日は随分と暗殺者の数が多かったし、一人一人の技術も高かった。加えて、お母様が体調を崩していたことも悪手だった。
「あう……」
ベビーベッド周辺に倒れ伏す、見慣れた人たちの姿に泣きそうになる。
短い間ではあったけれど、お世話をしてくれた大切な人達。
むせかえるような鉄臭いにおいが辺りに充満していることを考えると……きっと、あの人たちはもう。
「死ね! 魔物の子め……ッ」
なんとかの仇と言ったお兄さんに、抵抗する術もない無力な私はただ振り下ろされる凶刃を見つめることしかできなかった。
さらば……我が短い人生よ。
次こそは白髪になって、半分ボケつつ縁側でお茶をしばくくらいの人生を送らせてください、なんて。
案外のんびりと思っていた―――――時だった。
「魔物の子? こんな貧弱な赤子は我が血を引く者ではない。これは失敗作よ」
不意にお兄さんの背後にさした大柄な影。
しなやかに見えて傷だらけの節くれだった白い手が、お兄さんの首を鷲掴みにしていた。
「が、皇帝の子をむざむざと殺されては我が国の威信に関わるのでな」
死ね、と短く宣言する低い……けれど驚くほど甘さのある声。
次の瞬間にはベキッ! と何かが折れる音とともに、お兄さんは部屋の片隅へと投げ捨てられたのだ。
きっと首の骨折ったんだ……多分、身体強化魔法とか一切していない素手だけで。
「ッ、化け物め! 死んで――――」
「威勢が良いな。悪くはない、先ほどのはすぐに死んでしまったからな……無様な悲鳴を上げて私を楽しませろ」
もう一人のお兄さんが武器を片手に男へ襲いかかるけれど、勝敗なんて初めから決まっている。
虫を相手にするような雑な手つきで払われて、それでおしまい。
壁にぶち当たったお兄さんは苦悶の声を上げた後、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
「……つまらん。寝ぼけて加減を誤ったか」
月明かりに照らされた白皙の美貌が不快気に歪む。
スッと通った鼻筋に、目元に影を落とすほど長い睫毛で縁どられた夜空のような紺碧の瞳。
細身ではあるけれどがっしりとし体躯を包む、装飾が一切ない異様なほど真っ黒な軍服。星の煌めきをまとう乱雑に切られた短髪の色は……スターリア皇族の証であるプラチナ。
美しい魔物とあだ名される絶世の美貌、圧倒的な力。
「生きているのか、末子よ」
そして私を見降ろす、感情のないガラス玉のような双眼。甘いのに起伏のない、機械的な声。
「あい……」
間違いない。
この男こそ……スターリア帝国の皇帝陛下、アルクトゥルス・アステリ・スターリアだろう。
ついでに言うと、お母様の夫であり、私の父親。
この短い時間に(それも初対面!)なにやら色々と失礼なことを言われたけれど……私だって声を大にして言いたい。
こんな冷血漢と血が繋がっているとか……嘘だよね!
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